第三話 第二の人生
蓮が死んでから、二年が経った。
佐藤家では、少しずつ以前の生活が戻っていた。
父も母も、蓮のことを忘れたわけではない。
ただ、毎日の生活を続けていれば、人は少しずつ前を向いていく。
そして、蓮が生前に所有していた土地には、思いもよらない変化が起きていた。
周囲の開発が進み、土地の価値が大きく上がったのだ。
「まさか、こんなことになるとはな」
父が窓の外を眺めながら呟く。
「本当ね。これなら老後の心配もしなくてよさそう」
母も笑う。
「蓮がいたら、土地で儲けようとか考えるかもな」
「ふふっ。言いそう」
二人は顔を見合わせて笑った。
そんな穏やかな時間が、佐藤家には戻っていた。
◇
同じ頃。
蓮の大学時代の友人だった高橋にも、三人目の子供が生まれていた。
「名前、どうする?」
夫に聞かれ、高橋は赤ん坊の顔を見ながら少し考えた。
「……蓮二、かな」
「蓮二?」
「うん。なんとなく」
「いいんじゃない?」
夫は特に気にした様子もなく頷いた。
「じゃあ、蓮二で」
高橋は小さく笑って、眠っている赤ん坊を見つめた。
その光景を最後に――
「……夢か」
◇
……いや。
夢じゃない。
そう思ったのは、目を覚ましてからしばらく経ってからだった。
まず、おかしい。
体が動かない。
正確には、動かせる。
だが、思った通りには動かない。
手を動かそうとしても、腕が妙な方向にぷるぷるする。
足を動かしてみても、やっぱり思うように動かない。
そして何より。
「……あぅ」
声が出ない。
出たとしても、意味のある言葉にならない。
これは……。
俺、赤ん坊じゃね?
いや、待て。
落ち着け。
俺は確か、神様と話していた。
その前は――事故。
そうだ。
俺は死んだ。
そして神様から、別の世界に生まれ変わると言われた。
ということは……。
本当に生まれ変わったのか?
その時だった。
「レン、起きたの?」
声が聞こえた。
若い女性の声。
俺の顔を覗き込んでいる。
綺麗な人だった。
長い髪。
整った顔立ち。
そして、まだかなり若い。
「かわいい……」
女性が嬉しそうに笑う。
その横から、さらに若い男が顔を出した。
「起きたか、レン」
こちらもまた、やたらと顔がいい。
……なんだ、この夫婦。
美男美女すぎないか?
女性が赤ん坊の俺を抱き上げる。
「ほら、あなた。笑ってるわ」
「本当だな」
男も嬉しそうに俺を見る。
「レンは俺に似てるかな?」
「どちらかというと私じゃない?」
「いや、俺だろ」
「私よ」
「俺だって」
「ふふっ」
……なんだこれ。
仲良すぎだろ。
そう思った直後。
「あなた」
「ん?」
女性が男の頬にキスをした。
「……おい」
男も笑いながら、女性の額に軽く口づける。
いやいやいや。
子供の前だぞ。
俺、中身三十五歳なんだけど。
赤ん坊だからって油断するな。
「レン、かわいいわね」
「もちろんだ」
また二人で俺を見る。
……まあ。
仲がいいのは悪いことじゃない。
むしろ、いいことだ。
それにしても――。
若い。
この二人、何歳なんだ?
会話を聞いているうちに、少しずつ分かってきた。
父親の名前は、レギオン。
母親は、ミレーユ。
二人とも貴族の家の人間らしい。
そして――。
レギオン、十九歳。
ミレーユ、十七歳。
……。
俺より若い。
いや、それどころじゃない。
会社の後輩の誰より若い!!
前世では三十五歳。
こいつらは十代。
なのに俺の親。
人生って、何が起こるか分からんな。
もっとも、この世界では十六歳から成人として扱われるらしい。
貴族なら家を継ぐことも、結婚することも、子供を持つことも珍しくない。
むしろ家を繋いでいくことは、貴族として大切な役割の一つらしい。
そう考えると、この二人が若いこと自体は、それほど珍しいことではないのだろう。
……まあ。
それにしても若いけどな。
俺がそんなことを考えていると、ミレーユが俺の頬を指でつついた。
「レンはどんな子になるのかしら」
「元気に育ってくれれば、それでいいさ」
「そうね」
二人とも、本当に嬉しそうだった。
そして、俺は改めて思う。
この二人が俺の両親なのか。
名前はレン。
前世の俺は、佐藤蓮。
そして今は――レン。
偶然なのか、それとも神様が何かしたのか。
そこまでは分からない。
だが。
本当に、生まれ変わったんだ。
その実感が、少しずつ湧いてきた。
◇
それから、俺は少しずつこの世界のことを知っていった。
もちろん、赤ん坊なので何もできない。
歩けない。
喋れない。
自分から情報を集めに行くこともできない。
ただ、見て、聞いて、考える。
それだけだ。
でも、それだけでも十分だった。
まず分かったのは――。
この世界は、俺が神様から聞いていた通りだった。
剣がある。
魔法がある。
貴族がいる。
馬車もある。
城や街を囲む壁もある。
見た目だけなら、かなり中世ヨーロッパっぽい。
……ただし。
どうも、俺が知っている中世ヨーロッパとは違う。
「ミレーユ、今日は少し暑いな」
「じゃあ魔道具を弱める?」
「いや、このくらいでいい」
そんな会話が聞こえる。
魔法で温度を調整しているらしい。
夜になると、部屋には魔法による明かりが灯る。
風呂もある。
水回りもかなり便利らしい。
料理にも魔道具を使っている。
……なんだこれ。
見た目は中世。
生活は妙に現代的。
どうやら、この世界では魔法が科学の代わりになっているらしい。
だったら、俺が神様に頼んだ魔法チートも――。
……いや。
そこはまだ分からない。
そもそも、神様との話。
最後はどうなったんだ?
俺は赤ん坊のまま、必死に記憶を辿った。
前世の記憶。
言語理解。
読み書き。
アイテムボックス。
鑑定。
魔力。
全属性魔法。
身体能力。
剣術。
魔法の才能。
病気になりにくい身体。
長生き。
容姿。
金。
それから――。
女性にモテるように。
……。
我ながら欲張ったな。
営業マンとして交渉しているうちに、だんだん楽しくなってきたんだよな。
神様も途中から明らかに疲れていた。
『おぬし、本当に営業マンか?』
『法人営業です』
『聞いておらん』
……あれは面白かった。
しかし。
あの神様、結局どこまで認めてくれたんだ?
全部通ったとは思えない。
いや、思いたくない。
もし全部通っていたら、俺は――。
赤ん坊の身体では確認できない。
だが、確認する方法ならある。
神様が最後に何か言っていた気がする。
そうだ。
あれだ。
異世界ものの定番。
俺は両親が部屋から出ていくのを待った。
しばらくして、二人の気配が遠ざかる。
……よし。
今なら誰もいない。
俺は心の中で、ゆっくりと言った。
「ステータスオープン」
その瞬間見慣れない文字が浮かび上がった。
そして




