第二話 神様との面談
――白い。
目を開けても、目を閉じても白い。
床も壁も天井も見えない。
ただ、どこまでも白い空間が広がっている。
「ここ……どこだ?」
佐藤蓮は周囲を見回した。
最後に覚えているのは、横断歩道だった。
車のブレーキ音。
クラクション。
そして、身体に走った強い衝撃。
「起きたかの」
背後から声がした。
振り返る。
そこにいたのは、一人の老人だった。
白い髭を長く伸ばし、白い衣をまとっている。
見た目だけなら、昔話に出てくる仙人のようだった。
「……どちら様ですか?」
「わしか? 神様じゃ」
「……」
蓮は老人を見る。
「神様?」
「そうじゃ」
「なるほど」
意外なほど、あっさり納得した。
「もう少し驚いてもよいと思うんじゃが」
「いや、ここがどこなのかも分からないですし。神様だと言われても、否定する材料がないので」
「三十五歳というのに、妙に冷静じゃのう」
「会社員ですから」
「それは関係あるのか?」
「たぶんないです」
神様は少し笑った。
「まあよい。では説明するぞ」
「お願いします」
「おぬしは死んだ」
「……やっぱり」
蓮は横断歩道での出来事を思い出した。
「交通事故ですか?」
「そうじゃ」
「そうですか」
「そしてじゃな」
神様が少し言いにくそうに口を開いた。
「その事故、おぬしを死なせる必要はなかった」
「……はい?」
「わしの管理ミスじゃ」
「……」
蓮は老人を見た。
「つまり?」
「死ぬ予定ではなかった」
「神様のミスで?」
「うむ」
「俺、まだ三十五ですよ?」
「うむ」
「結婚もしてないんですけど」
「うむ」
「……」
「すまん」
神様が頭を下げた。
「まあ……それなら仕方ないですね」
「仕方ないで済ませるのか?」
「済ませるしかないでしょう」
蓮は小さく息を吐いた。
「それで、俺はどうなるんです?」
「転生じゃ」
「異世界に?」
「そうじゃ」
「なるほど」
神様は頷いた。
「では、まず一つだけ聞こう。おぬし、何か望みはあるか?」
蓮は少し考えた。
「あります」
「ほう」
「父さんと母さんを、幸せにしてください」
神様が黙った。
「それから、実家の猫も」
「猫まで?」
「家族ですから」
「……そうか」
神様は静かに頷いた。
「それは約束しよう」
「本当ですか?」
「うむ。おぬしの両親と、その猫がこれから先、穏やかに幸せに暮らせるようにしよう」
「ありがとうございます」
蓮は頭を下げた。
少しだけ間を置いてから、口を開く。
「あの、もう一人いいですか?」
「誰じゃ?」
「高橋です」
「高橋?」
「大学時代からの友人です。女性で、もう結婚しています」
「……その者もか?」
「はい」
「なぜじゃ?」
「昔、俺のことを好きだったんですけど、結局別の人と結婚したんです」
「ほう」
「今さらどうこうという話じゃないですけど……」
蓮は少しだけ笑った。
「高橋にも幸せになってほしいなと」
「……おぬし」
「はい?」
「案外、いい奴じゃの」
「そうですかね」
「自覚がないのか?」
「家族が不幸なままだと、俺が心残りですから」
「なるほどのう」
神様はしばらく蓮を眺めていた。
「高橋という者についても、できる範囲で見ておこう」
「ありがとうございます」
「さて」
神様が手を叩く。
「では、次の人生について説明するぞ」
「はい」
「先に言っておくが――」
神様が少し得意げに胸を張った。
「いわゆる、なろう系のテンプレじゃ」
「……はい?」
「剣と魔法がある」
「はい」
「魔物がおる」
「はい」
「人間以外の種族もいる」
「はい」
「王国があり、貴族がおり、冒険者もいる」
「なるほど」
「勇者と呼ばれる者もおる」
「やっぱりいるんですね」
「魔王もおる」
「いるんだ……」
「そういう世界じゃ」
「ずいぶん分かりやすいですね」
「わざわざ難しくする必要もなかろう」
神様は満足そうに頷いた。
「細かい知識については、転生したときにある程度身につくようにしておく」
「それは助かります」
「では、何か質問はあるか?」
「あります」
「何じゃ?」
「前世の記憶は残りますか?」
「残すことができる」
「じゃあ、それはお願いします」
「よかろう」
神様は即答した。
「それから、言葉」
「異世界の言語か?」
「はい。会話だけじゃなくて、文字も最初から理解できるように」
「よかろう」
「収納できる魔法も欲しいです」
「収納魔法じゃな。よかろう」
「鑑定も」
「それも可能じゃ」
「魔力は多めで」
「まあ、多少なら」
「かなり多めで」
「多少じゃ」
「全属性魔法は?」
「……欲張るのう」
「できます?」
「才能を与えるくらいなら」
「身体能力も高く」
「人間として優秀な程度なら」
「剣も使えて」
「努力すればな」
「魔法の才能も」
「さっき全属性と言ったじゃろ」
「健康な身体」
「それくらいなら」
「病気になりにくく」
「程度による」
「寿命も長めに」
「おぬし」
「はい」
「どんどん増えておらんか?」
「そうですか?」
「そうじゃ」
「じゃあ、容姿も……」
「待て」
「お金にも困らないように」
「待てと言っておる」
「女性にもモテるように」
「……」
神様が額を押さえた。
「おぬし、欲張りすぎじゃ」
「せっかくの第二の人生ですから」
「だからといって何でも詰め込めばよいというものではない」
「でも、神様のミスで死んだわけですよね?」
「うっ」
「それなら、多少はサービスしてもらっても」
「……多少じゃぞ」
「じゃあ魔力は――」
「駄目じゃ」
「では身体能力を――」
「駄目」
「鑑定の性能を――」
「それ以上は交渉にならん」
「じゃあ――」
「おぬし、本当に営業マンか?」
「法人営業です」
「聞いておらん」
神様は深くため息をついた。
「もうよい。時間がない」
「時間?」
神様が後ろを振り返る。
いつの間にか、白い空間の一角に大きな扉が現れていた。
「転生の時間じゃ」
「え?」
「急げ」
「いや、まだ決まってない能力が――」
「向こうで確認せい!」
「いや、それじゃ困るんですけど!」
「前世の記憶は残す。言語も文字も分かる。収納も鑑定もつける。魔力も多め。全属性も使える。身体能力も高め。あとは――」
神様が指を折る。
「……まあ、できる範囲でじゃ!」
「できる範囲ってどこまでですか!」
「もう時間じゃ!」
「神様!」
「次の人生、楽しんでこい!」
「ちょっと待っ――」
身体が白い光に包まれる。
最後に見えたのは、豪快に笑う老人の顔だった。
「……本当に、時間切れで決めたのかよ」
その言葉を最後に。
佐藤蓮の意識は、再び途切れた。




