第十七話 名探偵〇〇〇
「この三つなら、他より可能性が高そうです」
俺が地図を指差す。
ギルス様が頷いた。
「よし。では、この三か所を重点的に調べる」
「俺も行きます」
「いや」
即答だった。
「レンは帰りなさい」
「え?」
「子供を危険な場所へ連れていくわけにはいかん」
「でも――」
「レン」
父さんが俺を見る。
「今回の相手は、普通の犯罪者とは限らない。危険だ」
「……うん」
確かに、その通りだ。
俺が強いからといって、三歳児を捜査に連れていく理由にはならない。
「じゃあ、父さんが行くの?」
「ああ。ギルス様からも指示を受けている」
「そっか」
俺は渋々頷いた。
「レンを家まで送ったら、そのまま俺は現場へ向かう」
「分かった」
こうして俺は、父さんと一緒に屋敷へ戻ることになった。
*
馬車の中。
俺は窓の外を眺めていた。
「父さん」
「なんだ?」
「候補の一つって、あのあたりだよね」
「ああ」
俺は少し身を乗り出す。
遠くに、古びた建物が見えた。
「ちょっと前を通ってみてもいい?」
「見るだけならな」
父さんが御者に声をかける。
馬車が少しだけ進路を変えた。
建物の近くを通り過ぎる。
そのときだった。
「……」
何か聞こえた。
俺は顔を上げた。
「父さん」
「どうした?」
「今、何か聞こえなかった?」
「……いや」
父さんが耳を澄ます。
俺も集中する。
「女の子の声……だと思う」
「悲鳴か?」
「たぶん」
小さい。
普通なら聞き逃す程度の声。
けれど俺には聞こえた。
「戻って」
「レン?」
「あそこ」
俺は建物を指差した。
「もう一回、近くを通りたい」
父さんは少し考えた。
「……分かった」
馬車が止まる。
「俺が確認する」
「うん」
父さんが立ち上がる。
俺も降りようとした。
「レンはここにいろ」
「えー」
「危険かもしれん」
「……はい」
仕方ない。
俺は馬車の中で待つ。
父さんが建物へ近づいていく。
すると――。
裏口が開いた。
一人の男が出てきた。
*
「何か?」
男が父さんを見る。
「この建物は、現在使われていないはずだが?」
「ええ。そうですよ」
男は笑った。
「ちょっと荷物を取りに来ただけでして」
……怪しい。
俺は馬車の中から男を見る。
父さんも同じことを思ったのか、警戒している。
そのとき。
俺は少し汗をかいていることに気づいた。
六月とはいえ、歩いた後だから暑い。
「ふぅ……」
俺はポケットからハンカチを取り出した。
汗を拭く。
そして――。
わざと男の近くに落とした。
「あ」
俺はハンカチを見る。
それから男を見る。
「おじさん」
「なんだ?」
「これ、落としましたよ」
俺はハンカチを指差した。
男が足元を見る。
「ああ、それは俺の――」
男が反射的に答えかける。
そして、口を閉じた。
「……」
男の顔が引きつる。
「いや……」
少し間を置いて。
「俺の母親の持ち物だった」
「…………」
俺は男を見る。
それからハンカチを見る。
もう一度、男を見る。
「あれれー?」
男の顔が強張る。
「おかしいぞー?」
「……何がだ」
「これ、おじさんが落としたんじゃないの?」
俺は首を傾げる。
「なのに、なんでおじさんの物だと思ったの?」
「それは……」
男が黙る。
父さんが剣に手をかけた。
「レン」
「うん」
俺は男を見たまま言う。
「お母さんの持ち物なんだよね?」
「あ、ああ……」
「じゃあ、なんで最初に『俺の』って言ったの?」
「…………」
男の顔から血の気が引いていく。
(見た目は子供)
(頭脳は大人!!)
……これ、一回やってみたかったんだよな。
前世で何度も見た展開。
まさか自分でやる日が来るとは。
父さんが一歩前へ出る。
「中を確認する」
「待て!」
男が叫んだ。
その声に反応して、建物の中から男たちが飛び出してきた。
「侵入者だ!」
「囲め!」
狭い廊下。
男たちが前後から押し寄せる。
「レン、下がれ!」
父さんが叫ぶ。
でも。
俺は逆に走り出した。
「お、おい!」
父さんの脇をすり抜ける。
男たちの間を、一気に駆け抜けた。
「なんだ、こいつ!」
「速っ!」
手を伸ばされる。
でも、届かない。
俺は狭い廊下を縫うように走った。
(早く見つけないと)
捕まっている人たちがいる。
そう考えると、止まっている暇はなかった。
後ろから剣の音が響く。
「ぐっ!」
「な、なんだこの強さ……!」
父さんだ。
俺は振り返らない。
大丈夫。
父さんなら。
*
「ワルーノさんを呼べ!」
「ワルーノさんがいる!」
「ワルーノさんなら大丈夫だ!」
廊下の奥から、一人の男が現れた。
身体が大きい。
他の連中とは明らかに違う。
構えにも隙がない。
「俺がワルーノだ」
(ワルーノ……)
(これもテンプレだねぇ)
「ガキ。ここから先には行かせねえ」
ワルーノが剣を抜く。
確かに強い。
他の連中とは格が違う。
俺が三歳児だったら、普通なら絶対に勝てない。
でも。
俺には魔力がある。
「ごめん」
「……あ?」
「時間ないから」
俺は手を前に出した。
風が渦巻く。
次の瞬間。
ワルーノの身体が吹き飛んだ。
壁に叩きつけられる。
「…………」
そのまま動かなくなった。
後ろの男たちが固まる。
「ワルーノ……さん?」
「嘘だろ……」
「ワルーノさんが……」
(……テンプレだったな)
*
さらに奥。
そこには鉄格子が並んでいた。
中には、何人もの人がいる。
怯えた顔。
疲れ切った顔。
そして――。
一人の少女がいた。
頭の上には、二つの耳。
後ろには、細い尻尾。
(……猫耳だ)
前世で読んでいた異世界もの。
何度も見た光景。
でも、実際に見るとやっぱり驚く。
父さんが追いついてくる。
「全員、助け出す」
俺は少女の前まで歩いていく。
少女は怯えた目で俺を見る。
首には、魔力の込められた金属製の首輪。
「これ……外れないの?」
少女が小さく首を振る。
「……外れない」
「そっか」
俺は首輪に手を触れた。
魔力が流れている。
俺も魔力を流す。
構造を探る。
絡みついた魔力を、一つずつほどいていく。
少しずつ。
少しずつ。
そして――。
最後の一箇所に魔力を流した。
首輪が淡く光る。
少女が目を見開く。
そして。
――パキンッ。
首輪が音を立てて外れた。




