第十六話 闇奴隷商人
暗い。
狭い。
そして、寒い。
ミカフィーヌは小さな身体を丸めていた。
まだ五歳。
けれど、自分が置かれている状況について、何も分からないわけではなかった。
ミカフィーヌは、猫獣人の国の王女だった。
王族として、諸国連合のことも知っている。
奴隷制度をなくそうという決まりが作られたことも。
けれど、それがすべての国で守られているわけではないことも知っていた。
そして――。
自分の国が滅びたこと。
家族が散り散りになったこと。
父がどうなったのか。
母がどうなったのか。
兄や姉がどこにいるのか。
何も分からない。
「…………」
ミカフィーヌは膝を抱えた。
怖かった。
寂しかった。
もう、自分は王女ではない。
今はただの五歳の少女だ。
「……お父さん」
小さな声が漏れる。
「……お母さん」
涙が頬を伝った。
「会いたい……」
それだけは、忘れられなかった。
「お父さんに……会いたいよ……」
「お母さんに……会いたい……」
返事はない。
暗闇の中。
ミカフィーヌは、ただ静かに泣いていた。
*
「レン。準備しろ」
「ん?」
朝。
父さんから突然声をかけられた。
「これから辺境伯様のところへ行く」
「僕も?」
「ああ。ギルス様がお前も呼んでいる」
珍しい。
辺境伯様が、俺まで呼ぶなんて。
「何かあったの?」
「詳しい話は、向こうで聞く」
父さんはそう言って、少しだけ表情を引き締めた。
*
「よく来たな、レギオン。それにレン」
辺境伯邸。
ギルス様は俺たちを迎えると、すぐに本題へ入った。
「最近、この領内で闇奴隷商人が動いている」
「……奴隷商人?」
思わず聞き返す。
「この国に奴隷なんているんですか?」
「本来なら、いるはずがない。この国では奴隷売買は違法だからな」
「じゃあ、闇奴隷商人っていうのは……」
「違法に奴隷を売買している者たちだ」
ギルス様が机の上に資料を広げた。
「まだ確証はない。だが、複数の目撃情報がある」
怪しい馬車。
不審な男たち。
夜間に街道を移動する荷馬車。
どれも決定的な証拠にはならない。
「現在、いくつかの場所を候補にして調べている」
父さんが資料を見る。
「倉庫や廃屋など、人を一時的に隠しておけそうな場所ですね」
「ああ。ただ、候補が多すぎる」
ギルス様が地図を広げる。
「この領内だけでも相当数ある。すべてを調べるのは難しい」
俺も地図を覗き込んだ。
……なるほど。
大人たちは、すでにそこまで考えている。
だったら。
「ギルス様」
「なんだ?」
「奴隷を運ぶなら、たぶん夜ですよね?」
「……そう考えている」
「だったら、もう少し絞れませんか?」
ギルス様と父さんが俺を見る。
「夜、人目につかない」
地図を見る。
「それでいて、馬車を入れられる場所」
「…………」
「さらに、外から見られにくくて、人をしばらく置いておける」
前世の営業時代。
客先の倉庫や工場を回っていたときの感覚が蘇る。
人がどこから入って、どこから出るのか。
車をどこに停めるのか。
搬入口はどこか。
そういうものを見る癖がついていた。
「この条件なら、かなり減るんじゃないですか?」
父さんが地図を覗き込む。
「……確かに」
ギルス様も考え込む。
「夜間に馬車を入れられ、人目につきにくく、人を収容できる場所……」
俺は地図の上を指で追った。
「ここ」
街道から少し外れた、古い倉庫。
「ここも」
領都から離れた、使われていない牧場。
「それと……ここ」
街道沿いにある古い施設。
「この三つなら、他より可能性が高そうです」
ギルス様が三つの場所を見比べる。
「……悪くない」
その声には、さっきまでとは違うものが混じっていた。
「レギオン」
「はい」
「この三か所を重点的に調べる」
「承知しました」
俺は地図を見つめた。
闇奴隷商人。
この国では違法な犯罪。
そして、その被害に遭っている人間がいる。
……早く見つけたほうがいい。
俺はそう思った。




