第十三話 災害級魔獣
風魔法が、うまくいかない。
リカは何度目になるか分からない溜息をついた。
「……どうしてよ」
手のひらを見つめる。
魔力は十分にある。
魔力操作にも自信がある。
それなのに、思ったように風が起こせない。
「火なら、燃えるものがあるから分かりやすいのに」
「水も見えるからな」
「そうなのよ」
リカは腕を組んだ。
「でも風は見えないじゃない」
「空気が動いてるんだから、そこをイメージすればいいんじゃない?」
「それが難しいの!」
リカが少し苛立ったように言う。
レンは苦笑した。
「まあ、確かに」
前世なら、風が空気の流れだということくらい知っている。
けれど、それを魔法として再現するとなると話は別だ。
見えないものを、頭の中で形にする。
リカにとっては、それが思った以上に難しいらしい。
「もう一回やるわ」
「うん」
リカが目を閉じる。
魔力を集める。
空気の流れを想像する。
だが――。
そよ、と。
髪が少し揺れただけだった。
「……駄目ね」
「でも、昨日よりは強いんじゃない?」
「そんな慰めはいらないわ」
「慰めじゃないんだけどな」
そんなやり取りをしながら、二人は庭で魔法の練習を続けていた。
屋敷の中では、使用人たちが慌ただしく動いている。
少し離れた場所では、騎士たちの声も聞こえていた。
けれど、二人は気づかなかった。
そのとき。
遠くから、大きな音が響いた。
「……何?」
リカが顔を上げる。
レンも振り返った。
ドォォォン!!
今度は、はっきりと地面が揺れた。
「なに、この音……」
直後。
空を覆うほどの巨大な影が現れた。
「……え?」
巨大な鳥だった。
全身を炎に包み、翼を広げている。
その大きさだけで、普通の魔獣ではないことが分かる。
フェニックス。
災害級と呼ばれる魔獣だった。
「レン……」
リカの声が震える。
フェニックスが翼を大きく広げた。
次の瞬間。
爆風が二人を襲った。
「きゃあっ!」
「リカ!」
レンが手を伸ばす。
だが、間に合わない。
リカの身体が吹き飛ばされ、地面を転がった。
「リカ!」
レンが駆け寄ろうとした。
しかし、その前にフェニックスが動いた。
巨大な翼が振り下ろされる。
「……っ!」
レンは咄嗟に身を伏せた。
地面が大きくえぐれる。
その衝撃だけで、身体が浮き上がりそうになる。
少し離れた場所で、リカが倒れている。
「リカ!」
「……う、うん……」
返事はある。
意識もある。
けれど、身体が動かない。
「……動けない」
リカが小さく呟いた。
フェニックスが再びこちらを向く。
「……!」
リカの顔が青ざめる。
レンもフェニックスを見上げた。
怖い。
正直、ものすごく怖い。
前世を含めても、こんなものと戦った経験なんてない。
でも。
後ろにはリカがいる。
「……リカ」
「なに……?」
「動かないで」
「レン……逃げて」
「嫌だ」
レンは立ち上がった。
フェニックスが迫ってくる。
その瞬間。
レンは、自分の中にある魔力を感じた。
巨大な魔力。
今まで何度も使ってきた。
火を出した。
水を出した。
身体に流した。
でも――。
今まで、本気で使ったことはなかった。
「……やるしかない」
魔力を一気に解放する。
空気が震えた。
地面の砂が舞い上がる。
風が生まれる。
いや。
ただの風じゃない。
回転している。
レンは頭の中で、その動きをイメージした。
空気が渦を巻く。
中心へ集まり、回り続ける。
「……もっと」
魔力を注ぎ込む。
風が強くなる。
さらに強くなる。
そして――。
巨大な竜巻が生まれた。
「なっ……」
リカが目を見開く。
竜巻は地面の砂や小石を巻き上げながら、フェニックスへ向かっていく。
フェニックスが翼を広げる。
炎が吹き荒れる。
だが、竜巻は止まらない。
巨大な炎の鳥が、渦の中へ飲み込まれた。
「ギャアアアアアッ!」
フェニックスの身体が回る。
一回。
二回。
三回。
グルグルと回り続ける。
レン自身も、ここまでやるつもりはなかった。
けれど、もう止められない。
「うわ……」
竜巻の中心で、フェニックスがさらに回る。
そして――。
ぐらり。
巨大な身体が傾いた。
竜巻が消える。
フェニックスが地面に落ちた。
しばらく動かない。
やがて。
ゆっくりと頭を上げる。
その目が、レンを見る。
そして。
リカを見る。
何かを確かめるように、しばらく二人を見つめていた。
やがてフェニックスは翼を広げる。
炎をまとった巨体が、空へ舞い上がった。
そのまま。
何も言わずに、飛び去っていった。
「……行った」
レンは呟いた。
そして、リカを見る。
「リカ、大丈夫?」
リカは答えなかった。
ただ、俯いている。
「リカ?」
「……怖かった」
「え?」
小さな声だった。
「怖かった……」
リカの肩が震える。
「私……死ぬかと思った……」
「……」
「怖かった……怖かったよ……!」
涙が溢れた。
「うっ……うわぁぁぁん!」
「ちょ、リカ……」
レンは慌てた。
どうすればいいのか分からない。
前世では営業をしていた。
取引先とのトラブルにも対応した。
後輩の相談にも乗った。
でも。
泣いている五歳の女の子をどうすればいいのかなんて、分かるわけがない。
「……もう大丈夫だから」
結局、それしか言えなかった。
「もう、あの魔獣はいないから」
「……うん……」
リカは涙を拭う。
それでも、しばらく泣き続けた。
やがて。
遠くから大勢の足音が聞こえてきた。
「リカ!」
「リカ様!」
ギルスを先頭に、騎士たちが駆けつけてくる。
「お父様……」
リカが顔を上げる。
ギルスは娘の無事を確認すると、大きく息を吐いた。
「無事か……」
「うん」
そして、レンを見る。
「レン」
「はい」
「……助かった」
「リカが無事でよかったです」
レンはそう答えた。
ギルスは一瞬だけレンを見つめ、それからリカを抱き上げる。
「帰るぞ」
「うん……」
リカはギルスの腕の中で頷いた。
そのまま帰ろうとする。
けれど、途中で足を止めた。
「……レン」
「ん?」
リカが振り返る。
少しだけ顔を赤くしていた。
「……ありがとう」
「うん」
レンが笑う。
リカはもう一度だけレンを見て、それから父親と一緒に帰っていった。
レンは、その背中をしばらく見送っていた。
「……あれ?」




