第十二話 無詠唱
「もっと指先まで魔力が巡ってる感覚!! 流す量は均等にしないと安定しない!!」
「だから、その感覚が分からないんだって!」
「分かりなさい!!」
「無茶言わないでよ!」
リカの魔力操作の指導は、初日から厳しかった。
レンは目を閉じ、自分の身体の中を意識する。
魔力を使うことはできる。
だが、魔力そのものを細かく動かすことは、今までほとんど意識していなかった。
「腕から手のひら!」
「うん!」
「そこから指先!」
「うん!」
「途中で止めない!」
「はい!」
何度も繰り返す。
最初は何を言われているのかすら分からなかった。
それでも、毎日少しずつ練習しているうちに、魔力が身体の中を流れている感覚が、ほんの少しだけ分かるようになってきた。
*
「水には、三つの状態があるんだ」
「気体、液体、固体ね」
数日後。
今度はレンが、リカに水について説明していた。
「そう」
「液体が、普段の水」
「うん」
「固体が氷」
「それも分かるわ」
「じゃあ、気体は?」
「……空気?」
「その中に水もある」
「水が?」
「うん」
リカが首を傾げる。
「どうして分かるの?」
「お風呂に入ったとき、湯気が出るでしょ?」
「出るわね」
「あれも水だよ」
「……あれが?」
「うん」
レンは頷いた。
「水が熱くなると、空気の中に広がっていく」
「見えなくなるの?」
「見えない水もある」
「……」
「だから、空気の中にも水がある」
リカは少し考えた。
「じゃあ、水って」
「うん?」
「姿が変わるのね」
「そう」
「冷やせば氷」
「うん」
「温めれば、空気の中に広がる」
「そういうこと」
リカは何度も頷いた。
「ふむふむ」
それまで当たり前だと思っていた水が、少し違って見えているらしい。
*
「じゃあ、水魔法は?」
別の日。
リカが尋ねた。
「周りにある水を集めてるんじゃない?」
「空気の中の?」
「うん」
「気体の水を?」
「それを液体にする」
「……」
リカは手のひらを見つめた。
「やってみる」
目を閉じる。
身体の中に魔力を巡らせる。
リカがいつも教えているように。
魔力を均等に。
手のひらへ。
そして。
空気の中にある、見えない水を意識する。
集める。
気体から液体へ。
「……」
小さな水滴が、手のひらに落ちた。
「できた」
「うん」
「……本当にできた」
リカは嬉しそうに水滴を見る。
「でも、まだ一滴だけね」
「分かってるわよ」
*
「火って、何だと思う?」
「燃えるもの」
「正解」
「前に教えてもらったから」
今度は庭に置かれたランプを見ながら、レンが説明していた。
「じゃあ、あのランプは?」
「油が燃えてる」
「そう」
「でも、油がそのまま燃えてるわけじゃない」
「え?」
「油は熱くなると、気体になって上に行く」
「気体に?」
「うん」
リカはランプをじっと見る。
「その気体になった油が、空気と混ざって燃える」
「……じゃあ」
リカが火を見る。
「今、燃えているのは油そのものじゃないの?」
「液体の油じゃない」
「気体になった油」
「そう」
「ふむ……」
リカはしばらく火を見つめていた。
「じゃあ、火って」
「うん?」
「燃えるものと、空気と、高い温度が必要なのね」
「そう」
「魔法なら?」
「魔力を、燃えるものとして考えてみる」
「魔力を?」
「うん」
「油みたいに?」
「そんな感じ」
「それを燃えやすいものとしてイメージして、熱くする」
「そうすると火になる」
リカは目を閉じる。
「……」
「どう?」
「まだ分からない」
「そっか」
「でも、前よりは分かる」
リカは再びランプを見る。
*
さらに数日。
「もっと少ない魔力で」
「これくらい?」
「まだ多い!」
「難しいな」
「魔力が多いからって、全部使う必要はないの!」
「はい」
「必要な分だけ流すの!」
「はい」
「返事だけはいいわね」
「ありがとうございます」
「褒めてない!」
レンの魔力操作は、少しずつ上達していた。
以前なら一気に流していた魔力を、少量ずつ扱えるようになっている。
まだリカには及ばない。
それでも。
「……最初よりは、ずっといいわ」
リカがそう言ってくれた。
レンにとっては、それだけで十分だった。
*
「もう一度」
リカが手を前に出す。
詠唱はしない。
身体の中に魔力を巡らせる。
胸から。
腕へ。
手のひらへ。
指先まで。
均等に。
そして。
空気の中にある水を意識する。
見えない。
けれど、そこにある。
それを集める。
気体から。
液体へ。
「……」
手のひらに、水が集まっていく。
一滴。
二滴。
やがて、小さな水の玉になった。
「……」
レンが目を見開く。
「リカ」
「……」
「できてる」
「……」
リカは水の玉を見つめる。
そして。
「できたー!!」
突然、声を上げた。
「無詠唱!!」
リカが両手を上げる。
「できた! できたわ!」
「うん」
「本当にできた!」
「うん」
「私、無詠唱できた!」
嬉しそうに何度も繰り返す。
普段は少し大人びているリカが、珍しく年相応にはしゃいでいた。
レンも思わず笑う。
「おめでとう」
「……」
リカがぴたりと止まる。
「……当然よ」
「え?」
「これくらい、できて当然なの」
「さっきまで喜んでなかった?」
「喜んでないわ」
「喜んでたよ」
「喜んでない!」
「そっか」
レンは笑った。
リカは少しだけ顔を赤くして、もう一度手を前に出す。
「もう一回やる」
「うん」
「今度は、もっと大きくする」
リカは目を閉じた。
魔力を身体に巡らせる。
指先まで。
均等に。
そして。
空気の中にある水を集める。
気体から液体へ。
その手のひらに。
今度は、さっきより大きな水の玉が浮かんだ。
「……」
レンは、それを見ながら思った。
二週間前。
リカは、無詠唱なんて嘘だと言っていた。
今では。
自分の力で、それを使っている。
魔法とは何なのか。
自然現象とは何なのか。
二人で考え続けた二週間は。
確かに、リカの魔法を変えていた。
こんにちは、初めて物語を書いて投稿してます。ぜんぜん面白くないかもしれませんが見てくださった方はありがとうございます。単純な作者はページビューが少しでもあるととてもやる気が出ます。よければ続きも見ていただければと思います。




