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怪異事務管理所  作者: channel
第二告前
22/24

二十二話 一時停止

 心地の良い朝というのは、好きだ。

 同じように怪異も好きだ。

 というか、朝が好きという前に怪異が好きなのだ。

 何故か。朝は怪異に遭うというイメージがあまりないからだ。

 逆を言えば夜はそういうイメージがあるから嫌いだ。

 好きだが遭いたくない。


 心地の良い朝と言ったがそうでもないかもしれない。

 今、僕は塾へ遅れそうで全力で自転車を漕いでいるところだ。

 だから、なるべく平坦な道を選んでいる。

 そうすると平地に突入するわけで、周りに見える景色は全て田んぼになる。

 田んぼの中にポツンと一人だけ僕がいる。

 そう考えると何か───哀愁とでもいうのだろうか。どこか心細い気持ちになる。


 「はあ」とため息を漏らす。なんせ昨日は夜、友達と遅くまで通話をしていたもので、寝るのが遅くなってしまったのだ。いや、寝たのは昨日ではなく今日なんだけれど。

 そういうわけで、疲れが取れてない。

 

「ん……」


 田んぼ道に十字路。

 そこには一時停止の標識が見えた。

 そこで迷った。だけれどもすぐに結論は出た。

 

「まあ、人いないし……いいだろ」


 漕ぐ。

 ペダルを回す。

 チェーンが鳴る。

 車輪が回る。

 

 そのまま通り過ぎた。

 

「もう少しで塾だ……」


 既に一日分の体力を消費してしまったかのように思える。

 欠席してもいいんじゃないか?

 たまには休息をとることも重要だ。

 ────そんなこと言ってる暇あったら勉強しろって親は言うだろうな……。


 

 標識はなくなった。

 景色は、向日葵に戻った。

 そう、戻ったのだ。

 場所的怪異から抜け出せたのだろうか。分からない。

 ただ、ナズナさんに出会い、空間移動のようなものをしたときの感覚に似たものが私を襲ってきた。というか、ほぼ同系統のものだろう。

 あの歩行者専用の標識に変わってから、止まっていたらいつの間にか戻っていた。

 なぜだろう。

 いや、考えるのは後にして、とりあえずは報告をしないと。

 ……そういえば携帯は家にあるんだった。

 

 軽いランニングのペースで走る。  

 とはいっても体力があるわけではないので、結構すぐバテる。

 こんなことになるんだったら散歩を何かほかのことに充てるんだった。

 


「はぁはぁはぁ……」


 息遣いが徐々に荒くなっていく。

 確かに息をしているのに肺に入らない。

 そのせいで体が段々鈍くなっていっている。


「ケホッ……ッ」 


 咳に血が混じっている。

 場所的怪異のせいだろうか。それ以外に思いつかない。

 いったん走るのをやめた。

 家まであと少しというところなのだから、早く向かいたいところであるが、流石に血を出してまで急ぐ必要はないだろう。


 めまいがしてきた。

 視界がぐわんぐわんと歪む。


 耳がおかしい。

 カラスの鳴き声が反響している。


 頭が、痛い。死にそうなくらいに。


 こんなにも異常が体に発生しているのに、足だけは歩き続ける。一歩一歩確かに踏み込んで前に進む。

 一人、朝に足音を響かせる。

 

 タッタッタ──と。


 響いた足音がまた、耳で響く。

 響いたのが響いて、また頭に響いていく。


 タッタッタ──


 足音はやがて、前方からも聞こえるようになった。


 タッタッタ──

  タッ タッ タ ──


 少しずれている。

 ほんの少しのズレが、大きなズレを作り出している。


 その音の正体を見たかったから、顔を上げた。


 白いワンピースを着ている。

 濡れている。おそらく水で。


 顔が見えない。歪んでいる。

 鼻を中心に螺旋状になっている。

 

 分からない。怪異なのか。

 普段より頭が働かない。

 全く分からない。七告なのか。

 耳が聞こえない。


 聞こえない────。

 いつの間にか聞こえなくなっていた。

 カラスの鳴き声も、足音も。

 響かないどころか、何も聞こえない。

 謎の静けさ。

 朝の静けさとはまったく違う。

 そう、何もかもが。

 

 もう少しですれ違う。

 すれ違えば、もう私には関係なくなる。考えなくて済む。

 

 そんなことなかった。

 

 すれ違う瞬間。

 こけたように地面に跪く。

 頭で色々な音が鳴る。

 会話、電話、エンジン、ラッパ、水滴、風、鼓動。

 無限の空間に無限に響くような。

  

 今まで以上の音。

 私が逃げたかった以上の音。

 

 逃げるように目を瞑る。

 だけど、変わらない。変わるわけがない。

 

 痛みがあるわけじゃない。

 だけれども、確かな不快感が、小さいながらも積みあがる。 


 ────やっと収まってきた。

 振り返って確認する。




 居る。




 相変わらずめまいは続いており、認識するのに少々手間取った。

 だけれども、幻覚でなければそこに、確かに居るのだ。

 ずっと歩いている。

 ただ前を向いて、こちらを見ずに歩いている。

 離れていくごとに音も収まっていく。


 二告目だ。

 確実性はないが確信した。

 

 なんとか立って家に向かう。


 「これ以上の音は耐えられない」と、思わず呟いた。

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