第七十二話「領主の初陣」
早朝。
白金領の兵たちは北街道を進んでいた。
先頭を歩くのは雷堂。
その少し後ろに朔也、宗二、悠真が続く。
兵たちは緊張した表情で周囲を警戒していた。
森へ入ると空気が変わる。
鳥の鳴き声すら聞こえない。
悠真が静かに手を上げた。
「止まれ。」
全員が足を止める。
悠真は地面へしゃがみ込み、足跡を確認する。
「新しい。」
折れた枝。
踏み固められた草。
わずかに残る焚き火の灰。
「見張りが近い。」
その一言で兵たちの表情が引き締まった。
宗二は小さく頷く。
「予定通り動こう。」
雷堂、悠真、剛がそれぞれ兵を率いて持ち場へ散っていく。
朔也も深く息を吸った。
(いよいよだ。)
領主となってから初めての実戦。
胸の鼓動が速くなる。
だが不思議と恐怖だけではなかった。
守りたい。
その想いの方が大きかった。
ーーー
しばらく進むと、林の向こうに二人の盗賊が立っていた。
見張りだった。
「誰だ!」
盗賊が声を上げる。
その瞬間。
雷堂が地面を蹴った。
「遅い!」
一瞬で間合いを詰め、木の幹へ男を叩きつける。
もう一人も剣を抜こうとした瞬間。
悠真が背後へ回り込み、首筋へ木刀を当てた。
「動くな。」
男は顔を青くして武器を落とす。
見張りはあっという間に制圧された。
兵たちから小さなどよめきが起こる。
「これが……。」
白金領最強の武人と、新たに加わった武人。
その実力は想像以上だった。
ーーー
見張りを縛り上げると、一行はさらに奥へ進む。
やがて木々の隙間から廃村が見えた。
壊れた家々。
粗末な柵。
見張り台。
その中央では盗賊たちが奪った穀物を運び込んでいた。
宗二が静かに呟く。
「間違いない。」
「あそこだ。」
朔也は盗賊たちの姿を見つめる。
荷袋には白金領の印。
間違いなく奪われた荷だった。
拳を強く握る。
「あれを取り返そう。」
宗二は周囲を見渡す。
「配置は予定通り。」
「雷堂は正面。」
「悠真は左。」
「剛は右翼。」
「包囲を完成させろ。」
全員が静かに頷いた。
ーーー
その頃。
盗賊の頭領は酒を飲みながら笑っていた。
「次の商隊は三日後だったな。」
部下も笑う。
「白金領はいい獲物ですよ。」
「勝手に荷を運んでくる。」
「護衛も弱い。」
頭領は鼻で笑った。
「領主も腰抜けなんだろう。」
「だから何もしてこねえ。」
その時だった。
見張り台の男が眉をひそめる。
「……おい。」
「見張りが戻らねえ。」
頭領は面倒そうに立ち上がる。
「寝てるんじゃねえのか。」
しかし次の瞬間。
角笛の音が山中へ響き渡る。
「敵襲だ!」
盗賊たちが慌てて武器を掴む。
その直後。
「突撃!」
雷堂の号令と共に白金領の兵たちが一斉に砦へ雪崩れ込んだ。
「白金領の兵だ!」
「迎え撃て!」
盗賊たちも剣や槍を手に飛び出してくる。
激しい金属音が砦へ響いた。
雷堂は先頭で敵陣へ飛び込む。
振り下ろされた斧を槍で弾き返し、その勢いのまま柄で男の胸を打ち据えた。
「ぐはっ!」
盗賊は大きく吹き飛び、その場へ倒れ込む。
「次!」
雷堂は止まらない。
一人。
また一人。
盗賊たちは武器を持っているにもかかわらず、誰一人として雷堂へ近寄れなかった。
次々と敵を打ち倒し、兵たちの道を切り開いていく。
一方。
悠真は林の奥へ逃げようとした盗賊たちの前へ立ちはだかった。
「しまった!」
「逃げ道が!」
盗賊が慌てて斬りかかる。
悠真は半歩だけ身をずらし、木刀の峰で男の手首を打つ。
刀が地面へ落ちた。
続けて腹へ一撃。
男はその場へ崩れ落ちる。
「逃がさん。」
短い一言だった。
剛も兵を率いて包囲を完成させる。
「囲め!」
「一人も逃がすな!」
兵たちは一斉に盗賊たちを追い詰めていった。
その様子を見た朔也は刀を握り直す。
その時だった。
「領主か!」
一人の盗賊が朔也へ斬りかかってきた。
朔也は咄嗟に刀を構える。
ガキン!
重い衝撃が腕へ伝わる。
(重い……!)
本気で向かってくる相手。
だが。
「負けない!」
朔也は一歩踏み込み、相手の剣を受け流す。
体勢が崩れた瞬間。
刀の峰で男の胴を強く打ち抜いた。
「ぐっ!」
盗賊はその場へ倒れ込む。
朔也は大きく息を吐いた。
初めて自分の手で敵を制圧した。
その時。
砦の奥から低い笑い声が聞こえる。
「なるほど。」
「ただの腰抜け領主じゃねぇらしい。」
男たちが左右へ道を開く。
その奥から、一人の大男が姿を現した。
肩には大太刀。
顔には古い傷跡。
鋭い眼光が朔也を射抜く。
「俺の縄張りへ乗り込んでくるとはいい度胸だ。」
頭領だった。
雷堂と悠真が静かに朔也の前へ半歩出る。
だが。
朔也は二人を制した。
「俺が話す。」
頭領は不敵に笑う。
「面白ぇ。」
「なら、領主の器ってやつを見せてもらおうじゃねぇか。」
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