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異形の領主 ~追放された俺は《決闘領域》で異形国家を築く~  作者: 葵 直虎
第七章 志とは、人を繋ぐ道標
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第六十六話「試される志」

翌朝。

白金領の空は雲ひとつない快晴だった。

悠真は宿を出ると、城下町をゆっくり歩いていた。

市場では今日も領民たちの笑い声が響く。

昨日まで見てきた景色。

流民と領民が肩を並べて働く姿。

朔也が民と共に汗を流す姿。

どれも偽りには見えなかった。

(だが……)

悠真は静かに目を閉じる。

(平時だけでは分からん)

本当に試されるのは。

予想外の出来事が起きた時だ。

その時、領主はどう動くのか。

それを見届ける必要があった。


市場へ着いた悠真は、露店で野菜を並べる年配の農民へ声を掛けた。

「少し聞きたいことがある」

「ん? 旅のお侍さんか」

農民は手を止め、悠真へ向き直る。

「この領地へ来てまだ日が浅くてな」

「神谷朔也という領主は、どんな男なんだ?」

突然の問いに農民は少し驚いたような顔をした。

だが、すぐに笑みを浮かべる。

「変わったお方だよ」

「変わっている?」

「ああ」

「領主なのに畑へ来るんだ」

「最初は鍬の持ち方も分からなくてな」

農民は思い出したように笑う。

「泥だらけになりながら、『教えてください』なんて頭を下げる領主なんて初めて見たわ」

悠真は黙って耳を傾ける。

「もちろん失敗も多い」

「それでも逃げない」

「次の日にはまた畑へ来る」

「だから皆も手伝おうって気になるんだ」

農民はそう言って野菜を籠へ並べ直した。

「強い人かどうかは分からん」

「でも、一緒に頑張りたくなる人だな」

悠真は小さく頷く。

「……そうか」

礼を言い、その場を離れた。

(家臣だけではない)

(民まで同じことを言うか)

昨日、剛も似たようなことを話していた。

偶然ではない。

それだけ、この領主は民と向き合ってきたということなのだろう。

悠真は静かに市場の奥へ歩いていった。


ーーー


昼前。

城門へ一人の兵が駆け込んできた。

「朔也様!」

「北の街道で荷馬車が横転しました!」

「積み荷が道を塞ぎ、商隊も足止めされています!」

朔也はすぐ立ち上がる。

「怪我人は?」

「数名おります!」

「分かった。宗二さん、剛、一緒に行こう!」

「舞は医師を呼んできて!」

「はい!」

慌ただしく全員が動き始めた。


北の街道。

現場へ駆けつけた朔也たちの前には、混乱した光景が広がっていた。

荷馬車は二台とも横転。

積み荷の木箱は街道一面に散らばり、暴れた馬が嘶きを上げている。

商人たちは必死に馬を押さえようとしていた。

「近づくな!」

「危ない!」

さらに、横転した荷車の下敷きになった男が苦しそうにうめいていた。

「誰か……助けてくれ……」


その様子を、悠真は少し離れた場所から見つめていた。

悠真は一歩前へ出ようとして、足を止めた。

(……いや。)

(これは俺が動く場ではない。)

まずは、この領主がどう動くか見届ける。

悠真は静かに腕を組み、その様子を見守った。


朔也は周囲を一目見渡す。

混乱している。

だからこそ、冷静に動かなければならない。

「宗二さん!」

「全体の指揮をお願いします!」

「了解した。」

宗二はすぐに兵たちへ指示を飛ばす。

「怪我人を優先しろ!」

「通行人は街道の外へ誘導!」

「荷物には誰も近づくな!」

兵たちは一斉に動き始めた。

「剛!」

「荷車を持ち上げられる?」

「お任せください!」

剛は横転した荷車へ駆け寄る。

大きく息を吸い込み。

両腕で車体を抱える。

「……ふっ!」

ゆっくりと荷車が持ち上がる。

周囲から驚きの声が上がった。

「今です!」

兵たちは急いで男を引き出した。

「助かった……」

男は安堵の息を漏らす。


一方。

「雷堂さん!」

「馬を!」

「ああ!」

暴れる馬へ近付く雷堂。

兵たちが躊躇する中、一気に手綱を掴む。

力任せではない。

馬の動きを見極めながら、ゆっくりと落ち着かせていく。

「よし……。」

馬も次第に暴れるのをやめた。

その頃。

舞は医師と共に怪我人の手当てを始めていた。

「腕を貸してください。」

「深呼吸しましょう。」

怯える子どもの頭を優しく撫でる。

「もう大丈夫だからね。」

泣き声も少しずつ落ち着いていった。


朔也は倒れていた商人へ水を差し出す。

「飲める?」

「……はい。」

「荷物は後で皆で運ぶから。」

「今は体を休めよう。」

商人は目を見開いた。

「荷物より……私たちを?」

朔也は少し笑う。

「荷物は作り直せる。」

「でも命は一つしかない。」

その言葉を聞いた商人は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます……。」

混乱していた街道は、少しずつ落ち着きを取り戻していく。


離れた場所から、その一部始終を見ていた悠真は静かに息を吐いた。

(誰一人、命令を待っていない。)

(それぞれが、自分の役割を理解して動いている。)

それは一人の優れた領主だけでは作れない。

領主を信じる家臣。

家臣を信じる領主。

その積み重ねがあるからこその動きだった。


その時だった。

街道の端から子どもの泣き声が聞こえた。

「お母さん!」

倒れた荷車の陰。

泣きながら母親へ駆け寄ろうとする幼い少年がいた。

しかし、そのすぐ近くでは暴れた馬が興奮したまま足を踏み鳴らしている。

兵たちも怪我人の救助で手一杯だった。

「危ない!」

誰かが叫ぶ。

その瞬間。

悠真が動いた。

一気に地面を蹴る。

暴れる馬と少年の間へ滑り込み、少年を抱き寄せた。

直後。

馬の前脚が勢いよく振り下ろされる。

悠真は半歩だけ身を引き、その衝撃を紙一重でかわした。

そして静かに馬の首筋へ手を添える。

「……落ち着け。」

低く穏やかな声。

不思議なことに、暴れていた馬は少しずつ興奮を収めていく。

周囲から安堵の息が漏れた。

「すごい……」

兵の一人が思わず呟く。

悠真は何事もなかったように少年を母親へ預けた。

「もう大丈夫だ。」

母親は涙を浮かべながら何度も頭を下げる。

「ありがとうございました……!」

悠真は軽く手を振る。

「礼なら必要ない。」

「目の前で困っている者を助けただけだ。」

そこへ朔也が駆け寄ってきた。

「悠真!」

「助かったよ。」

悠真は少し驚いたような顔をする。

「旅の者まで巻き込んでしまって悪かった。」

朔也はそう言って頭を下げた。

悠真は思わず苦笑する。

「普通は逆だ。」

「領主が旅人へ頭を下げるものではない。」

朔也も苦笑した。

「でも助けてもらったのは事実だから。」

「ありがとう。」

短い言葉だった。

だが、その言葉に打算は感じられなかった。

悠真は朔也を静かに見つめる。

(見返りも。)

(肩書きも気にしないか。)

ほんの少しだけ。

心の中の疑いが薄れていくのを感じていた。


しばらくして騒ぎは収まった。

商人たちは何度も頭を下げる。

「本当に助かりました!」

「他の領地なら荷物を優先されたでしょう……。」

朔也は首を振った。

「荷物はまた運べる。」

「でも命は取り戻せないから。」

商人は言葉を失う。

そのやり取りを見ていた悠真も、小さく目を閉じた。


ーーー


夕方。

丘の上。

悠真は一人、白金領を見下ろしていた。

旅を始めて十年以上。

数え切れない領地を見てきた。

武に優れた領主。

知略に優れた領主。

富を築いた領主。

だが。

民の命を最初に考えた領主は。

ほとんどいなかった。

「……なるほど。」

思わず笑みがこぼれる。

「ようやく見つけたのかもしれんな。」

風が静かに吹き抜ける。

悠真は城へ向かって歩き始めた。

その足取りに、もう迷いはなかった。


悠真は城へ向かって歩き始めた。

確かめたいことは、もう一つだけ。

それを聞けば。

自分の答えは決まる気がしていた。

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