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異形の領主 ~追放された俺は《決闘領域》で異形国家を築く~  作者: 葵 直虎
第七章 志とは、人を繋ぐ道標
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第六十五話「民の声」

翌朝。

城下町の宿で目を覚ました悠真は、静かに外へ出た。

昨日は城を訪れ、朔也とも言葉を交わした。

だが、領主一人を見ただけでは何も分からない。

本当に見るべきは。

その領主のもとで暮らす民だった。

悠真はゆっくりと市場へ向かって歩き始める。

「おはようございます!」

農民たちが元気よく挨拶を交わす。

流民だった者も、その輪の中で笑っていた。

悠真は静かにその様子を見つめる。

(本当に受け入れられているのか)

まだ信じ切れてはいなかった。


ーーー


悠真は市場の隅で足を止めた。

領民たちが笑いながら荷物を運んでいる。

その光景を見ているうちに。

ふと昔の記憶が蘇った。

まだ若かった頃。

悠真はある領主に仕えていた。

ある年。

領内を大雨が襲い、多くの農地が水に沈んだ。

収穫は絶望的だった。

領民たちは助けを求め、城へ押し寄せた。

だが。

主君が返した言葉は冷たかった。

「食えぬ者は去れ。」

「領地に弱者は不要だ。」

悠真は耳を疑った。

飢えた子どもを抱えた母親が、その場で泣き崩れる。

それでも主君の表情は変わらなかった。

あの日。

悠真は初めて思った。

強さとは。

民を切り捨てることではない。

守ることではないのか、と。

その疑問は。

今も胸の奥に残り続けている。


ーーー


その時だった。

「悠真さん!」

後ろから声がする。

振り返ると剛だった。

大きな木材を肩に担いでいる。

「おはようございます」

「手伝いですか?」

「まあな」

剛は笑った。

「でしたら一緒に来ませんか?」

悠真は頷き、剛について行く。

向かった先では、新しく受け入れた移住者たちが家を修繕していた。

柱を運ぶ者。

屋根を直す者。

子どもたちは瓦礫を拾い集めている。

そこには領民も混ざっていた。

「前はこんな雰囲気じゃなかったんです」

剛が静かに言う。

「最初は皆、私たちを警戒していました」

「当然です」

「私も逆の立場なら同じだったでしょう」

悠真は黙って聞いていた。

「でも朔也様は諦めませんでした」

「何度も町を回り、一人ひとりと話をして」

「私たちにも働く場所を与えてくださいました」

「だから今があります」

剛は誇らしげに笑った。

その表情を見て、悠真は少しだけ驚く。

家臣がここまで主君を信頼している姿を、久しく見ていなかった。


ーーー


昼過ぎ。

悠真は開墾地へ足を運ぶ。

そこでは朔也自身が鍬を持ち、農民たちと汗を流していた。

「領主様!」

「その畝はこっちですよ!」

「あ、ありがとう!」

泥だらけになりながら働く朔也。

失敗すれば周囲が笑う。

朔也も照れ笑いを浮かべる。

悠真は思わず足を止めた。

(領主が……自ら畑へ?)

以前仕えていた主君なら考えられない。

領主は命じる側だった。

民と共に汗を流すことなど決してない。

朔也は休憩中の農民へ水を配っていた。

「無理はしないでね」

「皆が倒れたら困るから」

自然な言葉だった。

取り繕った様子はない。

悠真は静かに目を閉じる。

昔の主君の姿と。

目の前の若き領主。

二つの姿が重なることはなかった。


ーーー


夕暮れ。

市場の店じまいを手伝っていた老人が、悠真へ声を掛けた。

「旅のお侍さんか?」

「ああ」

悠真は軽く頷く。

「この領地はどう思った?」

老人は笑いながら尋ねた。

「俺が聞きたいくらいだ」

悠真がそう返すと、老人は少し驚き、それから穏やかに笑った。

「前の領主様の頃はな」

「明日を生きるだけで精一杯だった」

「税を納めても暮らしは苦しくなる一方で、誰も笑わなかった」

老人は市場を見渡す。

荷物を片付ける流民。

元気よく走り回る子どもたち。

店じまいを手伝う若者たち。

「今も楽じゃない」

「腹いっぱい食える日ばかりじゃない」

「それでもな」

老人は空を見上げた。

「明日は今日より良くなるって思えるんだ」

「それだけで、人は頑張れる」

悠真は静かにその言葉を聞いていた。

「そうか……」

小さく呟く。

領主の言葉ではない。

家臣の言葉でもない。

民自身の言葉だった。

それが何よりも。

悠真の胸に深く響いていた。


宿に戻り悠真は振り返る。

「志だけでは国は守れない」

それは旅の中で何度も見てきた。

理想だけを語る領主もいた。

民を思うと言いながら、何も変えられなかった者もいた。

だが朔也は違う。

理想を語るだけではなく、自ら動いている。

まだ未熟だ。

失敗も多い。

それでも。

民は笑っていた。

「なるほど……」

小さく呟く。

「だから人が集まるのか……」


悠真は静かに目を閉じる。

まだ答えは出ない。

だが、この領地なら。

もう少し見届ける価値がある。

そう思えたのは。

長い旅を続けてきて、初めてのことだった。

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