第六十四話「武人のあり方」
翌朝。
城下町は朝から活気に包まれていた。
市場では商人が店を広げ、農民たちは収穫した野菜を並べている。
朔也は宗二と共に城下を歩いていた。
「移住希望者も落ち着いてきたね」
「ああ。まだ課題は多いが、少しずつ形になってきている」
宗二が穏やかに答える。
その時だった。
「領主様!」
兵士が駆け寄ってきた。
「例の旅の武人が城門前におります」
朔也は思わず顔を上げた。
「昨日の?」
「はい」
宗二と視線を交わす。
「……通そう」
兵士は深く頭を下げた。
ーーー
しばらくして。
評定の間へ一人の男が通された。
昨日市場で見かけた旅の男だった。
男は静かに一礼する。
「突然の訪問、失礼する」
「昨日は助けてくれてありがとう」
朔也も頭を下げる。
男は小さく笑った。
「礼を言われるほどのことではない」
部屋には宗二、雷堂、陣内、舞、剛の姿もある。
雷堂は男をじっと見つめた。
「……良い目をしているな」
男も雷堂を見る。
「あなたも」
一瞬だけ空気が張り詰める。
宗二が苦笑した。
「おい、雷堂。睨み合うな」
「すまん」
雷堂は笑った。
朔也は男へ尋ねた。
「まだ名前を聞いてなかったね」
男は静かに答える。
「俺は悠真」
「諸国を旅している武人だ」
「どこかへ仕えているわけじゃないの?」
「いや」
悠真は首を振る。
「俺は強い者ではなく、志ある者に仕えると決めている」
その一言で部屋が静かになった。
「だから各地を旅している」
「領主を見て」
「民を見て」
「この国を任せられる人物か、自分の目で確かめている」
舞は思わず息を呑む。
そんな理由で旅を続ける者がいるとは思わなかった。
「それで白金領へ?」
朔也が尋ねる。
悠真は頷いた。
「異形の領主」
「流民を受け入れる領地」
「そんな噂を聞いた」
「最初は半信半疑だった」
「だが昨日、この町を歩いて少し考えが変わった」
市場で見た光景を思い返す。
笑う子どもたち。
流民と領民が共に働く姿。
そして領主自ら町を歩く姿。
「噂は本当だったようだ」
朔也は少し照れくさそうに笑う。
「まだまだだけどね」
「俺は失敗ばかりだし」
「知らないことも多い」
悠真はその言葉を聞いて目を細めた。
「なるほど」
「面白い」
しばらく沈黙が流れる。
やがて悠真が口を開いた。
「だが、まだ足りない」
その一言に部屋の空気が変わる。
「え?」
「町は確かに変わり始めている。だが本当にこの白金領全体を変えられるかはまだ分からない」
「俺はもう少し、この領地を見届けたい」
雷堂が豪快に笑った。
「ははは!」
「正直な男だ!」
「気に入った!」
朔也も笑う。
「それなら好きなだけ見ていってよ」
「その代わり、暇なら少し手伝ってくれると助かるけど」
悠真は少しだけ驚いた。
普通なら仕官を勧める場面だ。
それなのに、この若い領主は何も押し付けない。
「……考えておこう」
小さくそう答えた。
ーーー
城を後にした悠真は、振り返って白金城を見上げる。
ふと、昔の記憶が蘇る。
まだ十代の頃。
悠真には仕えていた主君がいた。
剣の腕は誰よりも優れ、多くの戦で勝利を重ねた名将。
領民からも恐れられるほど強かった。
悠真も心から尊敬していた。
だが。
ある年、隣国との争いが起こる。
主君は勝利だけを求めた。
村を焼き。
食料を奪い。
民を見捨てた。
「勝つためには仕方ない」
その一言で全てが片付けられた。
戦には勝った。
しかし領地は荒れ果て、多くの民が去っていった。
悠真は初めて思った。
剣だけでは国は守れない。
本当に国を強くするのは。
民を守ろうとする志なのだと。
だから悠真は城を去った。
それ以来。
各地を旅しながら。
志ある領主を探し続けている。
「志ある者、か」
自分が探し続けてきたもの。
それがこの地にあるのか。
答えはまだ出ない。
だが。
「もう少しだけ付き合ってみるか」
悠真は城下町へ戻ることを決めた。
宿を借り、しばらくこの領地を見届ける。
それが今の結論だった。
志を探し続けた旅は。
気づかぬうちに、その終わりへと近づいていた。
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