第六十話「新たな一歩」
剛が家臣となってから数日。
白金領は少しずつ変わり始めていた。
新たな畑。
修復された家屋。
賑わいを取り戻しつつある市場。
まだ豊かとは言えない。
だが確実に前へ進んでいる。
その日。
朔也は城下を歩いていた。
市場では流民と領民が共に働いている。
以前なら考えられなかった光景だった。
「領主様!」
子どもたちが駆け寄ってくる。
朔也は苦笑しながら手を振った。
「すっかり人気者だね」
隣を歩く舞が笑う。
「やめてよ」
「事実だよ」
「朔也はすごいね。白金領のみんなをこんな笑顔にしてくれてるんだもん」
市場には笑顔が増えていた。
もちろん問題がなくなったわけではない。
食料不足もある。
反乱の傷跡も残っている。
だが領民たちは前を向き始めていた。
ーーー
城へ戻ると評定が開かれた。
宗二が報告書を閉じる。
「現状報告は以上だ」
「復興は予定通り進んでいる」
「流民たちも戦力になっているな」
陣内が頷く。
「剛の働きも大きい」
「農民たちからの評判も良い」
雷堂は豪快に笑った。
「最初は余所者だなんだと言われていたがな!」
「今じゃ頼られている」
「本人は相変わらず謙虚ですがね」
舞も微笑む。
その時。
扉が叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのは剛だった。
「呼ばれたので参りました」
朔也は立ち上がる。
「ちょうど良かった」
「みんなの前で伝えたいことがある」
剛は首を傾げた。
朔也は剛の前へ立った。
「剛」
「はい」
「改めてお願いしたい」
部屋が静かになる。
「これから正式に白金領の家臣として力を貸してほしい」
剛の目が大きく開いた。
「俺たちはまだ弱い」
「問題も山ほどある」
「でも守りたい人たちがいる」
「だから一緒に歩いてほしい」
剛はしばらく言葉を失っていた。
やがて深く膝をつく。
「この身に余る光栄です」
「必ずお力になります」
その声に迷いはなかった。
雷堂が満足そうに頷く。
宗二も小さく笑う。
新たな家臣。
新たな仲間。
白金領はまた一歩前へ進んだ。
ーーー
評定が終わった後。
朔也は一人で城壁へ向かっていた。
夕日が領地を照らしている。
遠くに見える村々。
畑。
城下町。
守るべき場所。
守るべき人たち。
数か月前の自分では想像もできなかった景色だった。
「変わったな」
自然と呟く。
異形として追われていた日々。
居場所のなかった自分。
だが今は違う。
仲間がいる。
家臣がいる。
領民がいる。
そして守るべき未来がある。
その時だった。
背後から足音が聞こえる。
振り返ると宗二だった。
「考え事か」
「少しね」
宗二は隣へ立つ。
しばらく沈黙が続いた。
やがて宗二が口を開く。
「九条景親」
その名前に朔也の表情が変わる。
「やっぱり気になる?」
「ああ」
宗二は頷いた。
「俺もだ」
「将軍家が絡んでいるなら話は大きい」
「白金領だけの問題では済まなくなるだろう」
風が吹く。
朔也は遠くの空を見つめた。
まだ何も分からない。
だが確信だけはあった。
いずれ相対することになる。
その時が来る。
ーーー
遥か都。
豪華な屋敷の一室。
九条景親は窓の外を眺めていた。
「白金領か」
側近が頭を下げる。
「いかがなさいますか」
景親は微笑んだ。
「今はまだよい」
「好きにさせておけ」
そう言いながら机の上の報告書へ目を落とす。
そこには神谷朔也の名が記されていた。
「だが」
静かな声が響く。
「面白くなりそうだ」
その瞳は獲物を見つけた獣のようだった。
白金領。
そして都。
二つの場所で運命は静かに動き始める。
新たな仲間を得た朔也。
異形を憎む副将軍。
やがて訪れる大きな戦いを。
まだ誰も知らなかった。
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