第五十九話「一枚の書状」
剛が家臣となってから数日。
白金領の復興は順調に進んでいた。
開墾地では新しい畑が増え始め、街道の整備も進んでいる。
流民たちも領民と共に働き、少しずつ城下に馴染み始めていた。
その日。
朔也は評定の間に呼ばれていた。
部屋には宗二、雷堂、陣内、舞の姿がある。
だが空気はいつもより重かった。
「何かあったの?」
朔也が尋ねる。
陣内は机の上に積まれた書状へ視線を向けた。
「各地の商人から届いた情報だ」
「最近少し妙な話が増えていてな」
「妙な話?」
陣内は一枚の紙を手に取った。
「東の領地で異形の村が焼かれた」
次の紙を開く。
「南では異能持ちが捕らえられた」
さらに別の紙。
「西では異形を匿った農民が処罰された」
部屋が静まり返る。
朔也の表情も険しくなった。
「全部最近の話なの?」
「そうだ」
陣内は頷く。
「ここ一年ほどで急激に増えている」
「しかも領地はバラバラだ」
雷堂が腕を組んだ。
「偶然とは思えないが、領主同士でつるむにしては領地のばらつきが多いな」
「俺もそう思う」
宗二が答える。
「まるで誰かが意図的に異形排斥を広めているみたいだ」
その言葉を聞いた瞬間。
朔也の脳裏に時貞の最期の言葉が蘇った。
――忠範様は変わられた。
――ある御方と会うまではな。
――お前のような存在を決して許さぬ御方だ。
思わず拳を握る。
「宗二さん」
「なんだ」
「忠範のもとへ来ていた使者について何か分かった?」
宗二は少し考えた後、首を振った。
「名前までは分からない」
「だが気になる話は出てきた」
そう言って新しい書状を差し出した。
「数年前から各地の領主のもとへ同じ紋章を持つ使者が現れているらしい」
朔也は紙を見る。
そこには簡単な絵が描かれていた。
菊の花を模したような紋章だった。
「この使者が現れた後、異形排斥が始まった領地がいくつもある」
宗二が続ける。
「証拠はない」
「だが無関係とは思えん」
沈黙が流れる。
その時だった。
「……待て」
陣内が口を開いた。
全員の視線が集まる。
「その紋章」
「見覚えがある」
宗二が眉をひそめた。
「本当か?」
陣内はゆっくり頷く。
「昔、一度だけ見たことがある」
「中央の人間が使っていた」
「中央?」
舞が首を傾げる。
陣内は真剣な顔で答えた。
「将軍家だ」
空気が凍り付く。
「将軍家だと?」
雷堂が低く唸る。
白金領とは比べものにならない権力を持つ存在。
その名が出てくるとは誰も思っていなかった。
「確証はない」
陣内は続ける。
「だが俺の記憶が正しければ間違いない」
朔也は黙っていた。
胸の奥で嫌な予感が膨らんでいく。
忠範。
時貞。
異形排斥。
そして将軍家。
点だったものが少しずつ繋がり始めていた。
その日の夜。
宗二は一人で書状を整理していた。
すると部屋の戸が叩かれる。
「失礼します」
入ってきたのは商人だった。
「急ぎの情報が入りまして」
宗二は書状を受け取る。
そして目を通した瞬間。
表情が変わった。
「……まさか」
紙には一つの名前が記されていた。
副将軍。
九条景親。
宗二は静かに紙を握りしめる。
「ようやく尻尾を見せたか」
ーーー
その頃。
遥か都。
豪華な屋敷の一室。
一人の男が報告書を読んでいた。
白金領。
異形の領主。
神谷朔也。
男は小さく笑う。
「そうか」
「神谷朔也」
「まだ生きていたか」
冷たい声だった。
机の上には将軍家の紋章が置かれている。
男は窓の外へ視線を向けた。
「面白い」
「ならば確かめねばなるまい」
その瞳には興味の色だけが浮かんでいた。
白金領と都。
まだ遠く離れた二つの場所。
だが運命の歯車は静かに動き始めていた。
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