第五十四話「領主一年生」
城へ戻った朔也は、その足で評定の間へ向かった。
宗二、雷堂、陣内、舞、茜。
主要な家臣たちはすでに集まっている。
「急な招集でごめん」
朔也は席につきながら言った。
「食料について聞きたいことがある」
その言葉に宗二が少し首を傾げた。
「食料についてか?」
「ああ」
朔也は昼間に聞いた農民たちの会話を説明した。
今年は厳しい。
収穫量が減る。
備蓄も減った。
その言葉が気になったのだ。
話を聞き終えた宗二は、困ったように雷堂を見た。
雷堂は腕を組んだまま苦笑する。
「……朔也」
「何?」
「もしかして知らなかったのか?」
「何を?」
「この領地が慢性的な食料不足だってことを」
朔也は固まった。
「え?」
部屋が静まり返る。
宗二が咳払いをした。
「白金領は土地が豊かではなく、豊作の年でも余裕は少ない」
「不作になれば飢える者も出ている。お前の村もそうだっただろう」
朔也は目を瞬かせた。
「そんな、この領はどこでも同じなの?」
「そうだ」
「俺のいた村も確かに貧しかったけど、白金領全体が同じ状態なんだ... 忠範の姿を見ていると領全体としては村よりも良いかと思っていた」
宗二は真面目な顔で答える。
「忠範も備蓄を増やそうとしていたが方法を間違えた」
「重税で民を苦しめたんだ。だからこそ、忠範たちは豊かに見えていたんだ」
茜も頷いた。
「私が村にいた頃もそうだった」
「春先になると食い物が足りなくなる家が出る」
「珍しい話じゃないよね」
朔也は言葉を失った。
異形として追われていた頃は、生きることに必死だった。
領地全体の事情など知る機会もなかった。
「……知らなかった」
「だろうな」
雷堂が笑う。
「領主になってまだ数か月だ。だからこそ、俺たちは今畑を増やしたり、久保の町を中心に白金領を再興していっているんだろう。」
「そうだよ。私たちで変えていくんだよ」
皆が少しだけ笑った。
だが朔也だけは笑えなかった。
ーーー
「今年はどうなの?」
朔也は真剣な表情で尋ねた。
宗二の顔が曇る。
「例年より悪いな」
「反乱の影響で農作業が止まった村がある」
「加えて、戦場になった地域は畑も荒れている」
「さらに兵糧として消費した分もあるな」
評定の間の空気が重くなる。
「どのくらい悪い?」
「現時点では断定できないが、昨年より厳しい状況だな。ここ最近で整地した農地よりも被害を受けた農地の方が多い状況だな」
宗二は帳面を開いた。
「だからこそ、冬までに何もしなければ困窮する村が出てくるのは時間の問題だな。どうするか」
朔也は小さく息を吐いた。
敵との戦いなら分かる。
剣を振るえばいい。
だがこれは違う。
誰かを倒して解決する問題ではなかった。
ーーー
「だから反乱兵を生かしたんですね」
舞がふと口を開く。
朔也が顔を上げる。
「え?」
「人手が必要だから」
宗二も納得したように頷く。
「確かにな。あいつらは農民の大切な農地を奪った分以上に、豊かな土地を作ってもらわないとな」
「いや……」
朔也は頭を掻いた。
「正直、そこまでは考えていなかった。俺はただ、彼らにはまだ生きて罪を償ってほしいと思っただけだ」
沈黙。
そして。
「は?」
全員の声が揃った。
「お前捕虜を活かしておくということは、食料や居住地などいろいろ消費するものが増えるということだ。そんなことも考えてなかったのか?」
朔也は慌てて手を振る。
「いや、もちろん分かるけど、俺はもう単純にやり直す機会を与えたかったんだよ!」
雷堂が腹を抱えて笑い始めた。
「はははは!」
「なんだそれ!」
茜も微笑みながら、ぽつりと漏らした。
「なんか朔也らしいね……」
だがその場の空気は少しだけ和らいだ。
ーーー
会議が終わり、夜。
朔也は一人で城壁の上に立っていた。
遠くには村々の灯りが見える。
守るべき民たち。
その全員が毎日食事をして生きている。
当たり前のこと。
だが、その当たり前を維持することがどれほど難しいのか。
朔也はようやく理解し始めていた。
「領主って、本当に大変だな……」
思わず苦笑する。
反乱は終わった。
だが本当の戦いはこれからだ。
民を飢えさせないこと。
それが今の自分に課せられた責務だった。
朔也は夜空を見上げる。
そして静かに決意する。
この領地を。
必ず豊かにしてみせると。
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