第五十話 「敗者の言葉」
朔也が刀を抜くと同時に、世界が閉じた。
周囲を取り囲んでいた喧騒が遠のいていく。
兵たちの叫び声。
金属のぶつかり合う音。
土煙。
その全てが薄れ、やがて消えた。
残されたのは朔也と時貞だけだった。
決闘領域。
朔也の異能が生み出した、一対一の戦場。
刀を合わせる。
火花が散った。
続けざまに二撃、三撃。
時貞は決して弱くない。
長年戦場に立ち続けてきた武人だ。
「ふん……」
時貞は刀を構えた。
その顔に恐れはない。
いや、覚悟と言うべきか。
朔也は静かに相手を見据えた。
「今ならまだ引ける 」
「馬鹿を申せ」
時貞は吐き捨てる。
「忠範様亡き今、この領地は終わった」
「そう思うならなぜ反乱など起こした」
「決まっている」
時貞の目に狂気にも似た熱が宿る。
「異形に領地を任せるなどあり得ぬからだ」
言い終えるより早く、時貞が踏み込んだ。
鋭い斬撃。
だが朔也は冷静だった。
——《勝機視界》、発動
——視覚化:右肩、赤
領域内では相手の癖も隙も見える。
時貞の肩がわずかに動く。
次に来る軌道が分かる。
(見える)
右足。
踏み込みが僅かに遅い。
右肩。
古傷がある。
息の乱れ。
視線の動き。
全てが見えていた。
時貞が横薙ぎに振るう。
朔也は半歩だけ下がり、その刃を躱した。
そして袈裟斬りを決めた。
鮮血が舞う。
「ぐっ……!」
時貞が後退する。
肩口から血が流れていた。
「終わりだ」
「まだだ!」
時貞は吠えた。
「忠範様は正しかった!」
再び突撃。
しかし焦りが剣に現れている。
朔也はそれを受け流した。
「何が正しい」
「領民を守ることだ!」
「守る?」
朔也の眉がわずかに動く。
「領民を苦しめてもか」
「乱世だ!」
時貞が叫ぶ。
「全てを救える者などおらん!」
「だから切り捨てるのか」
「必要な犠牲だ!」
その瞬間。
朔也の表情から迷いが消えた。
刀が走る。
一閃。
時貞の刀が宙を舞った。
握っていた手ごと力を失い、地面へ落ちる。
勝負は決した。
時貞は膝をついた。
荒い息を吐きながら朔也を睨む。
「……勝ったつもりか」
「勝負はついた」
「違う」
時貞は笑った。
敗者の笑みではない。
どこか哀れむような笑みだった。
「お前は何も知らん」
「何の話だ」
「忠範様は変わられた」
朔也の眉がわずかに動く。
「昔は違った」
「……」
「ある御方と会うまではな」
朔也は黙って続きを待った。
しかし時貞は首を振る。
「いや……今はまだよい」
「何者だ」
「いずれ分かる」
時貞は血に濡れた顔で笑う。
「お前のような存在を決して許さぬ御方だ」
朔也の胸に小さな違和感が残る。
だが問い質す前に。
時貞は力を失い、その場に崩れ落ちた。
意識を失っただけか。
それとも――。
分からない。
その時。
世界が揺らいだ。
——スキル解除。勝者:神谷朔也。
決闘領域が解除される。
戦場の音が一気に戻ってきた。
兵たちの叫び。
歓声。
驚愕。
朔也の姿を見た味方が声を上げる。
「朔也様だ!」
「勝ったぞ!」
歓声が広がる。
反乱軍の兵たちの顔から戦意が失われていく。
だが朔也だけは浮かない顔をしていた。
時貞の最後の言葉が耳に残っている。
ある御方。
忠範を変えた人物。
そして、自分を許さぬ存在。
反乱は終わる。
しかし。
朔也は本能的に感じていた。
これは終わりではない。
もっと大きな何かの始まりなのだと。
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