17-9
「再受肉??」
町田の言葉に僕は耳を疑った。あの危険極まりない男を復活させろ、だと??
「正気か?もし万一奴が暴走したら、誰が止められる??」
スマホの向こうの町田は「分かってる」と静かに返した。
「一種の賭けなのは百も承知だ。ただ、こちらの言うことに絶対に従わせることができるなら、やる意味はあると思う」
僕は天井を仰いだ。そんな都合のいい手段があるとでも思っているのだろうか。
そもそも「再受肉」という時点で意味が分からない。適当な誰かを器にするとかそんな無茶な話を考えているのだろうか。
それに、この話が成立しない理由はまだある。
「……仮にそうだとしても、誰も納得しないぞ。あいつが何十人殺したと思ってる??公になったら政権が吹っ飛ぶどころの話じゃすまない」
「分かってるさ。基本的に再受肉した大魔卿はこちらの世界には来させない。メディアに情報が流れることは……」
「違う。僕が言っているのはイルシア側の感情だ。殺されたのはこっちの世界の人間だけじゃないんだぞ?
というか、そこにノアがいるんだろ。彼女がよくそんなアイデアを認めたな」
『認めてるわけじゃないわ』とメジア語で彼女が返した。
『あたしとしてもトモの意見に完全には同意できない。ただ、トモもそれなりに考えた上での提案なの。そして、確かに不可能じゃない』
「不可能じゃない?どういうことだ」
『ここからは私が説明します』と別の女性の声がした。ランカさんか。
『まず、受肉ですがこれはある程度時間があればできます。御柱様と同じやり方をすればよいのです。
あの御方も、基礎となる魂を魔族を元とした人工の肉体に封じたことでお生まれになりました』
「……つまり、どちらもオリジナルがいると?」
少し間を置いて『その通りです』と答えが返ってきた。
『肉体の方は私も知っています。アルムの母親です。モリファスで弾圧を受けた彼女は、亡命に近い形でイルシアにやってきました。
……ただ、その時には余命幾許もない状態でした。『封神の儀』、つまり新たな御柱候補を生み出す儀式の際に彼女は自らの命を提供したのです』
「そのことをアムルは」
『……知らないと思います。ただ、彼女が御柱様に絶対の忠誠を誓っているのは、血縁を薄っすらと感じているからなのかもしれません』
そうだったのか。ただ、この事実はアムルには伝えない方がいいだろうとなんとなく思った。自らが望んだこととはいえ、流石にショッキング過ぎる。
「魂の方は」
『そちらは私も知りません。先代様お一人で『封神の儀』をなされたので……御柱様の魂が誰のものなのか、それとも全くの無から作られたのか……それは今となっては誰も知ることのないことです。
とにかく、封じるべき魂は既にあります。問題は肉体です。誰かが提供せねばなりません』
「誰が提供するというんです?誰でもいいというわけではないでしょう」
大魔卿が何者かを知っていたら絶対に提供しようとする人間などいないはずだ。
さらに、ランカさんの口ぶりからして受肉する肉体を作るには誰かの命を代償にする必要があるように思えた。そんな馬鹿がいるはずもない。
ランカさんは『疑問はもっともです』として話を続ける。
『そしてここが非常に重要な所です。大魔卿の魂に付随する自我を封じ込めるだけの魔力を『器』は持たねばならない』
「赤ん坊に魔法が使えるわけが……」
『『魔紋』を応用するのです』
「まもん……あ、ノアが付けているという?」
『ええ。あれは『特定の条件が揃った時に魔力生命体を誕生させる』という縛りをつけた魔力増幅器官です。
つまり、ノアは『魔紋』をつけていることで常時『魔力が増幅している状態』になっている。そういう魔法をかけ続けられているようなものです。
それと似たようなものを『器』となり得る赤子に刻ませるのです。つまり、『魔紋』を通して常時『本人に宿る『魂の自我』を抑圧する』という精神操作魔法の一種がかかったようにすることは不可能ではない』
分かったような、分からないような……そんな感じだ。とにかく「魔紋」を刻ませることで対処が可能になるかもしれない、ということらしい。
ただ、だとすれば……
「その赤ん坊自体が相当な魔力の持ち主でないと話にならないのでは?例えばノアは大魔卿とあなたの娘でしょう。元から相当な魔力を持っていたはずだ」
『ご指摘の通りですわ。そして、大魔卿の器になりたいと命を投げ捨てる者もいない。今から子供をつくれば命を犠牲にすることはなくなりますが、愛する我が子をそのような器に提供するというのは無理な話です』
「ならこれは結局のところ机上の空論……」
少しの間、沈黙が流れた。
それを破ったのはランカさんだ。心なしか低いトーンで、『そうとも言い切れませんわ』と返ってくる。
「どういうことです?」
『候補はいます。ある意味、うってつけとも言える候補ですわ』
「……そんなのがいるんですか」
一瞬の間を置いて、ランカさんが口を開く。
『李花梨は妊娠しています。その子供を使う』
予想だにしない言葉に、僕は思わず口をあんぐりと開けてしまった。
「に、妊娠??誰の子ですか、まさか大魔卿??」
『状況から見てその可能性は低いと、ハンスさんが。既に妊娠3カ月らしいですから、時期が合いません。
今ハンスさんとジャニスさんが聞き取り中ですが、恐らく父親はオウではないかと』
「オウ……王成明!??」
思わず大声を出してしまった。隣室にいるアムルが『どうかされましたか!?』とこちらの部屋にやってくる。
『ええ。問題はその子は『ナルア』の器である可能性が高いことです。そして、彼女は産むつもりです。
『神』が自我を乗っ取ってしまう可能性を考えると、どちらにせよ対処は必要……というわけです』
「そこに『魔紋』を使うと……大魔卿の『器』としてしまえば、どちらの自我も抑えられて一石二鳥ということですが……ただそう上手く行きますか??
それに、子供が生まれるとしても半年先です。しかも、向こうの状況は一刻を争う。その子が異世界調査隊の役に立つかどうか……」
『『穴』の縮小・消滅は数年ではきかない話です。それに『世界意思』は『そこにあるだけでも』大きな役割を果たすのです。
あなたもユウさんの奥さん、ミミさんが今回何をなさったか聞いているでしょう?』
その通りだ。彼女は「ただ祈っていただけだった」らしい。しかし、それが結果的に大魔卿の撃退に繋がったのも確かだ。
「……なるほど。もっとも、自我を抑えられる保証は」
『2つの強大な自我を封じるのですから、一種の賭けに近いですわ。ただ、このぐらいしかもはや選択肢はないのです』
電話が町田に代わった。
「……というわけだ。俺の思い付きで再受肉を提案したんだが、意外と……ではなくかなりアリな話はしてきている。ジュリたちにも情報共有してもらえると助かる」
「それはいいんだが……肝心の李花梨の説得は?」
町田が「最初のハードルはそこだな」と溜め息交じりに言った。
「こればかりはハンスさんとジャニスさんに任せるより他あるまいよ。
とりあえず、近いうちに彼女がそちらに向かうかもしれない。イルシアの皆とも、ちょっと相談してみてくれ」




