17-8
「異世界調査隊、ですか」
一通りの検査を終えた俺とノアは、ノアの母親のランカさんから諸々を聞かされた。曰く、近日中に人選を行わねばならないらしい。
今すぐというわけではないが、なるべく早くメジアの浄化作業と穴中枢部の調査が必要なのだということだった。
『母様、あたしもその数に入っているという理解でいいのよね』
ノアの言葉にランカさんは『難しい所なのよね』と返した。
『正直に言って魔力を持っている人員はできるだけ確保したい。ただ、問題はあなたに刻まれた『魔紋』。あなたの魔力を大きく増幅させるものだけど、過剰とも言える魔素量の中でそれがどう働くかは分からないの。
大魔卿は封印されたけど、もし『あの子』が再び顕現したらどうなるか……そこにいるマチダ君と交わらなくても、魔紋を通じてあなたと彼の魂はかなりの程度共有されてしまっている。そういうことが起きても不思議じゃないの』
『じゃあ、あたしは何もできないってこと!?』
ノアが語気を強めた。故郷の危機に何もできないというのは、彼女にとって耐えがたいことなのは容易に想像がついた。
ランカさんは小さく首を振る。
『あなたにはあなたにしかできないことがあるわ。イルシアの人たちでここに残る人はかなり多いと思う。イルシア人の全てが魔力を十二分に持っているわけじゃないし、昨日怪我をした人たちは連れて行けない。
それに、イルシアはしばらくあの地に留まり続けることになるわ。誰かが懸け橋になる必要がある』
『懸け橋……』
ノアが俺を見た。確かに、こっちの言葉も常識もある程度分かる彼女なら、そういう役割をこなせるだろう。
……ちょっと待て。ということは……
「ジュリ・オ・イルシアは向こうに行かねばならない、ということですか?」
『はい。御柱様の存在が不可欠です。できれば『完成された状態』の御柱様であることが望ましいですが……』
『ダメよ!!』とノアが声を荒げた。ゴイルの遺言が、ジュリに普通の女性として生きて欲しいという意味であることは明白だった。
ジュリの長年の友人でもあるノアにとっても、その想いは同じはずだ。「継承の儀」を受けさせることは、彼女の「死」を意味する。
ランカさんが目を閉じ、『そう言うと思ったわ』と軽く息をついた。
『ただ、既にメジア大陸の半分……いえ3分の2程度を『穴』は浸食している。大魔卿がいなくなったことでカルディナとモリファスの国境に結界を張ることはできたけど、それだっていつまでもつか分からない。
それを押し戻し、メジア全土を人が住める環境に戻し、イルシアを元の世界に戻すにはどれだけ莫大な魔力が必要か……分からないあなたじゃないでしょ?』
『でもっ!!そんなことをしたら、御柱様は……』
『……あの方にその覚悟がおありかどうか。ただ、イチカワさんという方が御柱付きとしておられるようですが、恐らく彼は強く反対するでしょうね。ゴイル様はその点を察しておられたのかもしれない』
『それでも『継承の儀』を受けろというの!??』
ランカさんは少し息をつくと天井を見上げた。
『……手がないわけじゃないけど……それは多分、絶対にやってはいけない選択なのでしょうね』
『手はあるの??』
『理屈の上では。御柱様のお腹の子に対し、『継承の儀』を行えば……生まれながらの『神の代行者』が誕生することになる。
ただ、恐らく身体がすぐにもたなくなるわ。生命に対する冒涜、と言われても仕方がない手段ね』
悍ましい発想に、俺は震えた。そんなことをジュリや市川が受け入れるはずもない。
「……実質的には詰んでるじゃないですか」
『……そうね。ただ、御柱様の自我を残しつつ、かつメジアを救うなんて策があるのかどうか……』
ランカさんの表情から、彼女も悩んでいるのだということはすぐに察しがついた。
確かに、イルシアをずっとこの世界に留めておくことは現実的ではない。帰るための環境を作らねばならないのは間違いないのだ。
俺は少し考え、「ちょっといいですか」と切り出す。
「そもそも、誰をその調査隊に加えるかです。ランカさんの腹案を聞きたい」
『分かりました。まず私、そして御柱様。御柱付きたるイチカワ様も当然必要ですわ。イルシアからはシェイダをはじめ魔術師団の一部ですね。ただアムルは……見たところ『すぐ』とはいかないでしょう。
この世界からも『神の器』たるサマーズは数に入れて良いでしょう。悩ましいのは『イーリス』が封印された状態のイシカワという女性ですが……
対大魔卿一派で活躍されたイガリという男性もいると心強いですわ。恐らく、対魔獣戦では必要になるでしょうから』
「……かなり数が少ないですね」
『その通りです。ペルジュードの生き残り、エオラとプレシアにも同行を願いたいところです。李花梨については、その一族含め対応すると確約したと先ほどハンスさんから連絡が』
あの女を引き入れたのか。どういうことをやったのか知らないが、正直予想はしていなかった。ただ、下手に処刑すると国際問題にもなりかねない案件だったから、落としどころとしてはいいのかもしれない。
「なるほど……そこにハンスさんたちエビアという所の一派が加わるわけですか」
『そうなります。ただ、彼らは基本エビア側から押し返す役割ですわ。メジア側に十分な人員は割けない可能性がある、とも』
「両側からその『穴』とやらを削っていかないといけないわけですね」
『仰る通りです。そして、メジア側にはエビアにおける『彼女』のような決定的な存在がいない。誰かがそれを担わないと』
「彼女」……本来、俺たちの世界にいるはずだった「世界意思」の女性か。彼女の存在なしでは大魔卿を封じられなかったことを考えると、それに匹敵する存在がもう一人必要ということになる。
ただ、誰かの犠牲によってでしか世界が救われないというのは嫌だった。それが自分の知っている人間であればなおさらだ。
何か方法はないのか。誰かが犠牲になることなく、それでいて事態を前へと進ませるような方法は……
「あ」
なくはない、のか?
しかしこの方法は巨大なリスクと裏腹だ。本当にできるとも限らないし、できたとしても思う通りになるのかも分からない。最悪の結果すらあり得る、ただの机上の空論だ。
それでも、「継承の儀」なしで「世界意思」に匹敵する存在を生み出すならこれぐらいしか俺には思いつかなかった。
俺はノアの目を見た。思考を読み取ったのか、『ちょっと待ってよ』と顔が青ざめていく。
『正気なの??』
「正気も正気だ。実際、『できなくはない』。ジュリの身体が元は無から生み出されたということを考えれば」
『どういうことです』とランカさんが訝し気に俺を見る。俺は小さく頷いた。
「封じられている大魔卿を、再受肉させるんです。俺たちの言うことを絶対に聞かせるという、強力な制約付きで。
それができるのかは俺には分かりません。ただ、そのぐらいしか思いつかなかった」




