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17-7


「異世界調査隊、ですか」


僕の前に座った綿貫さんが小さく頷く。その表情はどことなく険しい。


「すぐに、というわけじゃない。ただそんなに先の話でもない。

君も聞いているだろうが、モリファスは既に滅んでいる。逆に言えば、それだけメジアの汚染が進んでいるということだ」


隣にいるジュリを見ると、やや俯き加減だ。何かを考えているようにも見える。


「……イルシアを再転移できる状態ではない、ということですよね」


「そういうことらしい。ランカさんもハンス氏も同じ見解だ」


ランカさんは怪我人の治療のために毛呂山にいる。多分、入院中の町田さんやノアさんとも話し合った結果の見解なのだろう。


ジュリが顔を上げた。


「魔素の汚染を食い止め、浄化しないといけない。調査隊には、そういう役割も求められているわけですね」


「お察しの通りです。そしてそれには、高い魔力を持つ人間ができる限り参加しなければならない」


ドクン、と鼓動が跳ねる感覚がした。それはつまり……


「ジュリにも参加して欲しい、ということですか」


「平たく言えば。そして、君にもだ」


汗がぶわっと出るのが自分でも分かった。異世界に行くことを考えていなかったわけじゃない。それはこの世界との縁を一時的にか、あるいは永久に切るということでもある。

実の所、そこはそんなに問題じゃない。両親は基本海外で放任主義だ。友人もそれほど多くはない。この世界に残る未練はそれほどでもないし、そういう日が来たとしてもそれほどショックではないだろうと思っていた。



問題は、ジュリだ。



彼女は普通の女の子として生きることを強く望んでいた。異世界に行くということは、彼女が望んでいた道を大きく外れるということをも意味する。

それはゴイルさんの遺志とも反する。あの人もまた、個人としての彼女の幸せを強く望み続けた人だった。だから「全知の間」の破壊を願ったのだ。


彼女は多分、このことを予期していたのだろう。だから、綿貫さんがこの部屋に来てからずっとどこか不安そうにしていたのだ。


「……まさかと思いますが、彼女に『継承の儀』を受けさせるつもりじゃないでしょうね」


「……正直、そこは悩んでいる。そうした方が望ましいだろう、というのはランカさんの見立てだ。ただ、そうしたくない気持ちも非常によく分かるとも言っていた。

ノア君やアムルは明白に反対の立場だ。ただ、ハンス氏は違う。『ジュリが御柱として『完成』されているか否かで、成功確率は段違いに変わる』と」


「……段違い、とは」


「僕も詳しくは聞いてない。ただ、ハンス氏の話を知る限りほぼ必須級に思えた」


綿貫さんは目を閉じて軽く溜め息をついた。彼も悩んでいるのだ。


ジュリが一拍置いて綿貫さんを見た。


「結論は、今すぐ出さなきゃいけませんか」


「いや……まだ時間はあります。それに、あなたが『継承の儀』を受けなくて済むのが一番いい。僕も当然ゴイル氏の遺志は知っているわけですし、何よりあの場所——『全知の間』は危険に過ぎる。

『継承の儀』を行った際に何が起こるかも分からないし、『継承の儀』を行った後あなたがどうなるかも分からない。僕個人としてはできるだけ避けたいというのが本音です。

とにかく、町田やノア君、高松といった面々が退院してからしっかり話し合う必要がある話です。性急に結論を出すべきではないと思います」


ジュリが「ありがとうございます」と軽く一礼した。……この問題は、僕らだけでは簡単に結論が出せない話であるらしい。


綿貫さんが部屋を出ていった後、ジュリは俯いたまま黙っていた。声をかけようかと思ったけど、そんな空気でもない。

かくいう僕も悩んでいた。彼女の立場を抜きにしたら、「継承の儀」なんて受けるべきじゃないのだ。それは「ジュリ・オ・イルシア」という人格の「死」を意味する。ゴイルさんも百年以上、自分の決断を悩み続けてきた。僕もそうはなりたくはなかった。


極論、向こうの世界を見捨ててしまえば……と一瞬思った。だが、イルシア国王でもあるジュリにその選択肢はあり得ない。彼女たちが生きる場所はこの世界ではなく、やはり生まれ育った向こうの世界なのだ。

その世界を救おうとするのは、ごく自然な流れだ。彼女の伴侶として生きることを選んだ僕にも、その義務がある。


だとしたら、僕はどうすればいいのだろう。勝ち目のない賭けに出ろというのか。

ハンスさんの言っていることがどこまで正しいのかは分からない。ただ、軽々にそういうことを言う人でもないことも分かっていた。

彼女に「継承の儀」を受けさせずに、かつメジアを救うという都合のいい方法があるのだろうか?


『悩んでおるようじゃのお』


僕の中から声が聞こえた。……こいつは。


『封じられてたんじゃないのか』


『ふぉっふぉっふぉ』と僕の中にいる「神」——アザトが嗤う。


『制限されておるのは儂の力のみじゃ。それもそこの小娘——厳密には小娘の中にいる『クト』が許可を出せば十分に力を振るえる。

流石に元々あやつの器として作られた娘じゃ、なかなかに馴染んでおるようじゃのお。まあ、それはさておきこうやって話しかけるぐらいは問題なかろう』


『何を言いに来たんだ』


『ちと、助言をな。『継承の儀』を受けても、その小娘の自我が保たれる方法はある』


「えっ!?」


思わず声が漏れた。ジュリが「どうしたの」と僕を見上げる。


「い、いや……何でも、ないんだ」


「……今、『アザト』の気配が強くなっているけど、それと関連してるの」


僕の生命力と「魂」は、ジュリと共有している。ジュリの中にいる「クト」も、僕に干渉できるらしい。だからこそ「アザト」は僕を乗っ取らずに済んでいる、というわけだ。

勿論、ジュリが「アザト」の気配を察することも当然できるということらしい。


隠しても無駄なので、僕はさっきの話の内容を彼女に伝えた。


「本当っ!?」


嬉しそうに立ち上がるジュリに、僕は「落ち着いて」と告げる。


「まだどういったものか『アザト』は話してないんだ。……で、どうなんだ」


「アザト」はまた『ふぉっふぉっふぉ』と嗤う。


『これについてはクトも交えて話した方がよかろうの。ただ、かなり可能性は高い話じゃ。

平たく言おうかの。お主とそこの小娘がまぐわい、子をなした状態で『その子供に』継承の儀をかけるのじゃ』


「……え?」


『生れ出た子供は生まれながらにして『クト』の代理人じゃ。魔法も何も十全に使えるだろうの。

もっとも、その子供がどんな子になるのか、そもそも莫大な魔力の行使に身体が耐えられるかは知らん。儂の記憶する限り、14になり身体が十分出来上がってからでないと『継承の儀』は受けられんはずだからのお』


「アザト」はなおも「ふぉっふぉっふぉ」と高笑いをしている。こいつにとって、人の命などどうだっていいらしい。結局は道具なのだ。


ジュリが「そんなっ……」と絶句している。僕も立ち尽くすしかなかった。


そんなことなど、できるはずもない。せっかくの子供を、使い捨ての駒にするなんて……


「アザト」はなおも嗤っている。


『まあ、嫌なら嫌で結構じゃ。ただ、その場合メジアがどうなるか知らんぞ?少なくとも、あのハンスの言うことはかなり確からしいのじゃから』


……僕らはどうすべきなのだろう。答えなど、出しようがなかった。



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