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17-5


議員会館のソファーに座り、俺はふうと天井を仰いだ。

マルボロに火をつけ、軽く吸う。濃い香りが肺を満たし、できる限り長く味わった後で白煙を吐き出した。


やっと少し一服できた、といったところか。ただ、この後すぐに秩父に飛ばねばならない。大魔卿の襲撃によって亡くなった人々の合同通夜の準備に入らねばならないからだ。

まだ時刻は午前10時を回ったぐらいだが、既に朝から俺は忙殺されていた。


その一つが、浅尾副総理の電撃的引退会見だ。後継が俺と発表されたこともあり、マスコミが俺に殺到したのだった。

派閥の後継体制は全くの白紙だ。そもそもこのご時世、派閥という考え自体が古いと言えばそうなのかもしれない。


そして、俺自身がどうするかもまだ定まっていない。石川総理は近いうちに辞任を表明するだろう。だが、いきなり次の総理に立候補というのは違うように思えた。

そういう期待が一部であるのは知っているが、しばらくはイルシアの案件に集中させてほしかった。ここまでエスカレートしたのは、俺の責任でもある。石川総理から打診があっても、固辞することは決めていた。

何より、山下睦月の看病がある。彼女がああなったのも、俺に責任がある。彼女が回復するまでは、側にいてやりたいという想いがあった。それには首相はあまりに激務に過ぎる。


そんなことをぼんやりと考えていた時、スマホが震えた。綿貫からだ。


「もしもし」


「忙しいところすみません。オヤジの件は聞きました。いいんですか」


「オヤジのたっての願いだ。断る理由はないだろ。というより、お前も議員辞めるのか?」


綿貫からは昨晩深夜にLINEで連絡が来ていた。議員を辞め、イルシアに留まりたいという。当面はイルシアとの橋渡し役に専念したいらしい。議員という立場だと自由に動けないというのは道理ではあった。

アムルという女と恋仲になったのもあるだろうが、確かに今イルシア人が一番信頼できる日本政府側の人間は奴だ。それも踏まえ、近々議論されるであろう「イルシア監督機関」が設立された際には、彼に重要な役割を与える心づもりではあった。


綿貫は「そのつもりです」と短く答えた。こちらとしては元より反対するつもりはない。

ただ、そのために電話をかけてきたとも思えなかった。多分、別の用事がある。


「本題はそれじゃないだろ。何かあったのか」


少し間があった。また厄介事かと思ったが、綿貫が口にしたのはやや想定外の台詞だった。


「イルシア、並びに異世界の調査隊を結成できませんか」


「調査隊?異世界に人をやれ、ということか」


「将来的には。ただ、極秘裏にやる必要はあります。それと、日本以外の協力国からも選定できればと」


それは確かに必要なことのように思えた。そもそも、俺がこの案件に首を突っ込んだのも異世界という人類最後のフロンティアへの進出や、そこにおける利権獲得という下心からだった。

ただ、今更利権獲得というのも違う。大魔卿の存在は、異世界はむしろ安全保障上極めて深刻な潜在的脅威であることを示した。綿貫が調査隊結成の話をし出したのも、その文脈からだろうと直感した。


「……了解だ。ただ、すぐにとはいかない。そもそもどういう基準で選ぶかだ」


「分かってます。そしてもう一つ。イルシア防衛の警戒レベルを上げて頂きたい」


「……また誰か来るというのか?」


「違います。これは本当に申し上げにくいんですが……イルシアの一角に、極めて放射能の数値が高い場所がある可能性があります。しかも、そこは異空間に繋がっている。破壊されるとどうなるか分からないんです」


綿貫は自分が目にしたものについて詳しく説明し始めた。話が進むにつれ、汗の量が増えていくのが自分でも分かった。

調査隊というのは、そもそもイルシア自体をちゃんと調査できていないということでもあったわけか。


一通り話が終わり、俺はもう一度マルボロに火をつけた。


「……分かった。放射能というのがマジなら、情報秘匿は必須だな。せっかくイルシアが『被害者』として受け入れられ始めているというのに、それが壊れかねない。

イルシアの管理も重要になるが……どこまで他国を入れるかだな。現状は、アメリカまでか」


「サマーズの協力もありますしね。クドウは回復したとは聞きましたが」


「俺もそう聞いてる。何にせよ、彼女がこちらを軽々に裏切るとは思えないな。それだけの貸しはある。

問題は中国だ。流石に王の介入とそれに伴う死者数を考えれば、強気に出てこないとは思うが……」


現状、中国は驚くほどおとなしい。王についても「個人がやったこと」と蜥蜴の尻尾切り状態だ。とはいえ、世論的には風当たりは極めて強いのだが。

俺はもう一度マルボロを吸い思案した。……確か「ゲート」は向こうにもあるらしい。そっち経由で好き勝手やられる可能性が一番怖い。だが、どうやって連中を止める?


俺は一瞬考え、「あ」と声を出した。


「どうしたんですか?」


「いや、中国サイドをどう黙らすかを考えていたんだが……ひょっとすると、何とかなるかもしれんな」


「何とかなる?」


俺は小さく頷いた。


「現在中野の警察病院で収監中の李花梨だ。今、ハンス・ブッカー氏とその伴侶のジャニス・ワイズマン氏が彼女を訪れてる頃だと思う」


「ハンス氏が?どういう理由なんでしょう」


「俺には分からない。ただ、面接の許可を出してほしいと朝方に連絡が来た。異世界の話は異世界の連中に頼むのがいいのかもしれんな」


ハンスは向こうの世界では相当な立場の人間であるらしい。李花梨のことも以前から知っているようだった。

餅は餅屋だ、一度任せておくのが正解なのかもしれない。



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