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17-4


「こちらです」


長い階段を上り、重々しい巨大な扉を通ると薄暗い廊下に出た。薄っすらと黄色い光で照らされているが、どことなく気味が悪い。季節のせいもあるのだろうが、暑さも感じる。


『ワタヌキ様』


「どうしたんだ」


後ろを振り向くと、アムルの表情が堅い。僕らを先導するジュリと市川が足を止める。


「……ワタヌキさん。ここからは魔力がない人間にとっては、長居できない場所です。

『全知の間』を少し見せて、説明は安全な場所でやろうかと思っています」


「それほど危険な場所なのか」


コクンとジュリが頷く。


「ボクはあの部屋に入ったことは一度しかないです。ただ、ボクですら数分しかもたない。イチカワやアムルでも3分が限界です」


「それでもそこを僕に見せる意味は」


「多分、あなたならそれが何かを理解して頂けると思ったからです。その上で、あそこをどうすればいいのかを考えて頂ければと」


……どういうことだ。僕なら理解できるというが、異世界の代物なぞ理解できそうもない。

ただ、ジュリは聡い子だ。少なくとも見かけよりは遥かに知性もある。出会った頃は子供っぽさもあったが、今はそれもない。そんな彼女が出鱈目を言うだろうか。


僕は少し考え、「分かった」と頷く。アムルが僕の手を取った。


『微力かもしれませんが、私がお守りします』


「……分かった」


廊下を先に進むと、再び分厚い金属製の扉が見えてきた。ジュリがそこに手を当てると、キィという音と共に扉が開いた。


「ここが『繭の間』です。僕の『本体』が育った場所です。『全知の間』は、さらにその奥にあります」


壁は一面の薄青で、そこに幾つか光が浮かんでは消えている。中央に巨大な空のカプセルがあるが、そこにジュリの「本体」があったということなのだろうか。

その一角に銀色のドアがあり、その上には文字があった。僕には字が読めないが、「立入厳禁」とでもあるのだろうか。


認証装置らしき水晶玉にジュリが手をかざす。10秒ほどして「ヴィ・ジュテ」と金属音が鳴った。


「少しだけ、開けます」


ジュリが扉を開ける。その向こうにあったのは……



「……何だ、これは」



思わず僕は口に出した。薄い青色に包まれた空間の中には、無機質な塔のようなものが幾つも並んでいる。

そして、そのサイズ感は明らかにイルシア王城に入るものではない。ここがいわゆる「異空間」なのだと、僕は即座に察知した。



同時に、頭が割れそうに痛くなった。いや、痛いというより、これは……精神を壊す何かが入り込んでくる気がする。



『ワタヌキ様っ』


アムルが僕の手を強く握り、意識が戻ってきた。むわっとした熱が部屋の向こうから流れ込んでくる。

ジュリが一度扉を閉めた。全身から汗を流していて、彼女もかなり辛そうだ。


「……これまでとは」


「……あれは、何だ」


「『全知の間』の中核部、です。ボクが『御柱』として完成された状態で触れれば、文字通り全てを知ることができる。

ただ、今のボクでは無理です。『クト』の力で魔力を相殺しても、そこまで力を引き出せない」


「あの不快な感覚は、魔力によるものなのか」


コクン、とジュリが頷く。


「古の人々があれを作り出し、世界安寧のために用いてきたと聞きました。ただ、あの部屋の魔力はあまりに膨大で、強力に過ぎます。

そして、それを壊したなら……何が起きるか分からない」


ゴクリ、と僕は唾を飲み込んだ。理屈ではなく本能的にその言葉が正しいことが理解できた。

それに、あの薄く青く光る光。知識でしか知らないが、あれはもしかすると……


閉じた金属のドアの材質を確認した。僕には理系の知識はあまりない。ただ、これまでの扉が全て分厚い金属の扉だったことを僕は思い出した。

それが一体何のために必要なのか、答えは明白だ。そして、異世界における土壌汚染と「死病」の流行。それらから導き出されるものは……



僕は強烈な恐怖に襲われた。

恐らく魔力とは……放射能の一種だ。



青い光は臨界によるチェレンコフ光に近いものだろう。そして分厚い扉はこの場所に満ちている放射能を外に出さないようにするためだ。

僕自身、さっきの一瞬で被曝した可能性がある。アムルが何かしらの方法で守ったにせよ、ジュリがやった行為がかなり危険なものであることがすぐに理解できた。


そして、そうであるとすれば……この部屋を壊すことは破滅に繋がりかねない。

そもそも異空間と繋がっている部屋だ。何が起きるかは皆目見当もつかない。


それでもゴイルがこの部屋を壊してほしいと願ったのは、この部屋が何者かの手に渡ればどうなるか分かったものではないという危機感によるものなのだろうか。

あるいは、それを唯一使える可能性があるジュリをこの部屋から切り離し、普通の人間として生きさせたいという親心によるものなのかもしれない。


彼の心情は理解できる。だが、頼みについては応えられない。

僕は少し考え、ジュリに「一度外に出よう」と提案した。これ以上ここにいて、本格的に被曝してからは遅いからというのもあった。



紅茶を一口飲む。だるさや吐き気といった症状がないことを確認し、僕はジュリに切り出した。


「さっきの話——イルシアとこの世界がどう成り立っていたかというのは、何となく理解ができた。

あの部屋が全ての力の源泉であり、世界を形作ったものなんだろう?あるいは、御柱、あるいは『神』もそこから生まれた」


ジュリは小さく頷く。


「かなり近いです。ボクの中にいる『クト』も、同じようなことを伝えています。

薄々気付いているかと思いますが、この世界とボクたちがいた世界は地続きなんです。この世界が何かの契機で破綻し、それを再構築したのが『神』たちです。

あの部屋は、不安定だった世界を制御するためのもの。そして、その操作者として『絶対に間違えない何者か』が必要だった」


「それが御柱、というわけか」


「……はい。ただ、それが『世界意思』たる大魔卿と繋がるというところまで想定内だったかは。『クト』は俗世に介入できませんから。彼女が操作できるのはあくまで自然環境など、その程度です」


「そして、あの部屋を上手く使えば向こうの世界は救済し得る……ということなのか」


「否定はできないです。だからこそ、大魔卿もイルシア王城全てを破壊しようとはしなかったですし、ボクには手を出さなかった。利用価値があったからです。

……ただ、それはボクがボクでなくなることを意味する。ゴイルは、それを厭ったのだと思います」


ふう、と僕は息をついた。個の幸せか、全の平和か。簡単には答えが出せる話じゃなさそうだ。


ただ、確実に言えるのはあの部屋、ひいてはこのイルシアそのものが巨大な火薬庫のようなものだということだ。

安全保障上、原発以上に厳重な管理体制を敷く必要がある。いや、そもそもそんなものがあると公表すること自体がマズいのではないか?


僕はもう一度茶を飲み、「大河内さんと検討するが」とジュリを見た。


「一度、極秘に調査隊をさっきの部屋に案内してもらえるか。危険そうなら引き返させる」


「ええ。ただ、本当に危険なのはあなたも……」


「分かってる。そして、もう一つ。これは今すぐ、というよりかなり先の話になると思うが……こっちから異世界に人を派遣することはできるだろうか。

ハンスからの連絡によれば、このイルシアの『ゲート』は君たちがいたメジア大陸ではなく、エネフ大陸という所に繋がっているらしい。メジア大陸よりは大分安全な場所と聞いている。

準備ができ次第調査隊を送り、君たちの世界に訪れている危機に対処できればと思っている。何も君だけが背負い込むことはない」


「えっ」とジュリが驚いたように口を開ける。その手に市川が自分のそれを重ね、「お願いしてみようよ」と告げた。


「この世界の人のほとんどは魔法を使えないけど、その代わりに高い科学技術がある。それが助けになるかもしれない。やってみる価値は高いと思う」


「……そうだね。ワタヌキさん、検討して頂けますか」


僕は頷いた。何年がかりになるか分からないプロジェクトだが、そうすることが彼らのためにもなるように思えた。




後にこの調査隊が新たな問題を呼び込むことになるのだが、そのことを僕はまだ知らない。



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