17-3
あの襲撃から1日。晩夏になったからか、朝方の秩父は少し涼しく感じられる。
イルシアにも、妙な静けさが訪れていた。……いや、実際に静かなのだ。
惨劇の舞台となったイルシア王城の1階ホールには、自衛隊員とイルシア近衛騎士団の生き残りが集まっていた。僕もその中に加わっている。誰一人、言葉を発してはいない。
ホールはすっかり片付けられていたが、血の痕跡はあちらこちらに残っている。悲劇の色が残るその場所には、白墨で魔法陣のようなものが書かれていた。
その中央にジュリが純白の法服を着て立つ。そして、両手を組んで目を閉じた。
「アル・ケイユケ・ジェダ・ホルカシム」
ボワン、と周囲が僅かに黄色く光った気がした。僕の隣にいるアムルもジュリと同じような姿勢を取っている。魔法が使えるイルシアの住民は、皆そうしているようだった。
10秒ほどすると、光はすっと消えた。ジュリはその場で跪き、何かを地面に呼びかけているようだ。
『……これにて、『鎮魂の儀』を終えます。旅立つ魂に、新たな安息の地あらんことを』
僕たちにも分かるように、ジュリが「念話」を使って呼びかけた。
「安息の地?これは、ただの儀式なんじゃないのか」
小声でアムルに訊くと、『そうではないんです』と返ってきた。
『人には『魂』があります。魔力と結びついた、確固たるものです。それは死ぬと天に帰り、浄化されてまた新たな命の礎となります。
ただ、誰かに殺されたりして不本意な死を迎えた魂は、その想いからその場にとどまり続けたり歪んでしまうこともあるのです。そういった魂を清め、天に返す……それが『鎮魂の儀』なのです』
「葬式とは、また違うものなのか」
『魂は間違いなく実在しますから。……先ほど亡くなられたと報告のあったゴイル様も、恐らく『魂を燃やして』最後の一矢を放ったのだと思います』
何か分かったような分からないような、そんな感じだ。
ただ、向こうの世界にはこちらの世界で死んだ人間が転生するという。あの高松やハンス、そして昨日こちらに来たその妻のジャニスもそうであるらしい。
だとしたら、彼らのやっていることをただのセレモニーと考えない方がいいのかもしれない。僕にとって今必要なのは、彼らの様式と文化を学ぶことだ。
彼らはいつまでここにいるのかは分からない。ランカ・アルシエルがこの世界に来た今、「大転移魔法」なる魔法をもう一度使い元の世界に帰還することは不可能ではないのではないかと思えた。
ただ、「それをするにはあまりにこの世界の魔素は薄すぎる」とランカは言う。準備だけでも十年単位でかかるかもしれないとは彼女の言葉だ。
それ以上に、病と超高濃度の魔素に汚染された今のメジアに戻ってもただ死人を増やすだけだろう。
何かしらの手段で人が住める場所にし、彼らが故郷に戻れるようにしなければいけない。
そのために、日本政府はイルシアとの共同調査隊を立ち上げる方向になった。
まだ機関決定はされていない。今の所、僕と大河内さん、そしてその後ろ盾である浅尾副総理の3人で話し合ったジャストアイデアだ。それでも、実現性はかなり濃いだろうと直感していた。
どれほどの時間が必要なのかは分からない。そもそも「魔素」が一体この世界の物理学・化学上どのような物質であるのかすら判明していない。
一種の放射能である可能性が高いとは聞いている。ただ、同定できなければ対策も打てない。先行きは不透明どころか真っ暗だ。
それでも、ずっとこのままというわけにもいかない。異世界の存在が世界中に知られた以上、そこに赴きたいというのは人の心理だ。
この世界はあまりに人によって調べ尽くされてしまった。最後のフロンティアがあると分かれば、列強各国はこぞってそこに向かおうとするだろう。「ゲート」が自国にあるらしい中国は特にだ。
その果てない欲求をどう管理すべきか。考えた結果、やはり日本が先鞭をつけるべきだという結論に達した。幸い、イルシアという協力者はいる。
もっとも権益を独占するつもりはない。まずは2国間の「バイ」で、徐々に協力国を増やし「マルチ」の枠組みにしていく。
一度世界が危機に瀕した以上、異世界案件は日本だけの手に負えるものではない。世界が一丸となって対応しなければならないものだ。……一丸となるのがいつになるのかは分からないが。
とにかく、僕には今回の一件に深く関わった人間として強い責任がある。
彼らのことを学び、共に生きる覚悟を決めねばならない。文化を学ぶのは、その一歩だ。
外から「これより遷霊祭を始めます」との声が聞こえてきた。神道の葬儀の儀式の一つだ。本来は夜にやるものだが、事後調査などがバタつくためイレギュラーだがこのタイミングでやることになったらしい。
「すまない、これから向こうにも行かなきゃいけない」
そう言うとアムルは『私も一緒に行っていいですか』と訊いてきた。僕は無言で頷く。
彼女を含め、多くのイルシア人もしばらくこの世界で生きねばならない。しかも下手をしたら一生かもしれない。
彼女もまた、僕らの文化を学ばねばと思っているのかもしれない。だとしたら、それは僥倖だ。
僕は彼女の手を取り、城を一旦後にした。
*
「『全知の間』を壊せ?」
遷霊祭が終わると、スマホには町田からの連絡が残っていた。折り返すと「ゴイルからの遺言だ」と先の依頼を告げられたのだった。
「アムル、何だそれは」
『私も、話にしか。ただ、御柱様を御柱様たらしめるために必要な部屋だとは聞いています』
町田もそれ以上のことは詳しく聞いていないという。ノアにとってもあまり聞いたことがない部屋らしい。
知っているなら、やはりジュリだ。彼女の部屋に向かうと、事後処理についてなのかシェイダと何やら話し込んでいる。
「ワタヌキさん、丁度探してたんです。これからのニホン政府との関係について、どうあるべきかご意見伺えたらと」
「それは勿論。ただ、その前に一つ。ゴイルさんが亡くなった話は、もう聞いてますね」
沈痛そうな面持ちで2人が頷く。「死に目に会えなかったのは……痛恨です」とジュリが絞り出すように言った。
「それで彼からの遺言とのことなのですが……『全知の間』を壊してくれと」
その言葉を聞いた瞬間、シェイダの顔色が真っ青になった。
『なりません!!あれこそは、イルシアの……いえ世界の智慧の結晶です!!
たとえ、御柱様があの力を受け継ぐことを拒否されたとしても……いつか必ず必要になるはずのものです!!決して、決してなりません!!』
ジュリはというと「ゴイルの気持ちは、よく分かる」とポツリと言った。
「ゴイルは……お母様がああなられたのを心底悔いていた。だから、僕に『継承の儀』を受けさせなかった。
僕も、自分の心を捨てて国と世界に奉仕するだけの存在にはなりたくない。だから、お母様をお母様たらしめてたあの部屋を壊したい気持ちは、分かる」
『御柱様……』
「ただ……あれはこれからのイルシアに必要なものでもあるんだ。ゴイルの遺言に素直に従うわけにもいかない」
そう言うとジュリは僕の方を見た。
「ワタヌキさん、ついてきてくれますか。イルシアとあの世界がどうやって成り立っていたか、少しは分かるかもしれません」




