17-1
ピン、ピンという電子音で俺は目が覚めた。身体には諸々の器具や管が繋がれている。
寝起きの冴えない頭を総動員し、数秒後に自分がなぜこうなっているのか理解した。
ここは埼玉医大の病室だ。昨日の大魔卿との戦闘後、俺とノアはここに入院することになったのだった。
入院しているのは俺たちだけではない。イルシア側の負傷者の多くはこちらに運び込まれたと聞いている。
俺やノアの負傷そのものはそこまで重篤なものではない。にもかかわらずこんなことになっている理由は2つある。
一つには、「魔法」が人体に与える影響というのが今一つ読めなかったということがある。
大魔卿含め、魔法の攻撃はこの世界からすれば完全に未知のものだ。故に通常の傷と同じように扱えるかは分からないという。故に、埼玉では最高の医療機関の一つであるここに運び込まれた、というわけだ。
無論、それはただの言い訳だ。本当の理由はこちらにある。
イルシアの人々の人体構造を研究・分析する。そのためにイルシア側の負傷者はここに集められた、と聞いている。
別に彼らをモルモットにしようとかそういう話ではない。ただ、「今後のことを考えると一度徹底的に調べておきたい」というのが厚生労働省の言い分であるらしい。
この話にはジュリが難色を示したが、綿貫たちの説得もあって折れたと聞いている。
つまり「これから先もこの世界で生きていくなら、医学的分析は不可欠だ」ということだ。
そして、「魔紋」でノアと生命と「魂」が繋がった俺も、それに準じた扱いになっているというわけだ。治癒魔法による自然回復効果がどれほどか、というのを各器具で測定しているらしい。
ここに運び込まれた時は左肩の銃創と銃弾が肩甲骨を貫通したことによる破損、その他脚のヒビ及び各筋肉の一部断裂などといった状況だったが、少なくとも今の症状としては大分軽くなっている。左肩だけは鎮痛剤なしではまだかなり痛むが。
「起きましたか」
病室に白衣の男とナース2人が入ってくる。確か、片桐とかいう医師だったか。横浜の一宮医師とは大学の同級生と聞いている。
「ええ。……それにしても、こう諸々付けられていると動きにくいですね」
「あなたのバイタルを調べるには必要なので……」
「何か分かったことは?」
「そんな急には分かりませんよ。ただ、左肩はもうそこまで苦じゃないように見えます」
「……まあ、痛みはまだありますけど。鎮痛剤なしだとちょっと自信が」
そう言うと、片桐医師はぺたぺたと肩の辺りを触り出した。少し痛むが、耐えられないほどじゃない。
片桐医師の表情が少し固まった。「あとでレントゲン取りますか」と言うと、ナースに耳打ちする。それを聞いたナースが「30分後血液検査をしますので」と告げた。……これで3回目なのだが。
そして酷く質素で味気ない食事を取ると、俺はナースに連れられて部屋の外に出た。同じようにして廊下を歩くノアの姿が見える。
「ノア」
彼女は振り向くと、げんなりした表情で『トモ、おはよ』と返す。彼女もこの扱いには辟易しているようだ。
「そっちは大丈夫か」
『ああ……これから血をまた抜かれるんだって。もううんざり』
「俺もだ。まあ……しばらくの我慢だな」
処置室に別々に入り、10分ほどして出された。結果が出るまではここで待機という。ベンチに座ると、すぐにノアが隣にきた。
「……何だか、病人になった気分だよ」
『この世界は病院にあんなことするわけ?針を刺して栄養を無理矢理注入するってのは見てたけど、何で血を抜かれなきゃいけないのよ』
「身体がどうなっているかを調べるには血を分析するのが一番早いんだそうだ。あと、血がどうなってるか分からないと輸血もできない。血液型が適合してない血を輸血すると死ぬからな」
『けつえきがた?』
「まあ、血の相性ってことだ。今回の件は、イルシアの人たちもかなり傷ついたからな……早く調べないと、もっと死んでしまう可能性がある」
実の所、先行してプレシア——ペルジュードの一員で「予知魔法」を使えるという女性からデータを取っていたという話は聞いている。
ただ、彼女は人間だ。実の所結構な多種族国家であるイルシアの人々に同じものが適用できるのかは分からない。それもあってこんなことになっているのだろう。
『……そうね』とノアの顔が曇った。あの場にいた30人以上の人が亡くなっている。全く予想外のタイミングで奴は城内に突入し、一気に消滅魔法を使ってこられたのだ。むしろ俺たちが来るまでよく耐えたと言えるぐらいだ。
そこまで言って、俺は気付いた。あの状況を思い返すと……俺たちが今こうしていられるのは、「彼」のお蔭なのかもしれない。
俺はナースに「少し、見舞いに行くことはできますか」と訊いてみた。彼女は「イルシア関連の人は皆面会謝絶ですが」と訝し気に返す。
「では一つだけ。リシュリュイエ・ゴイル氏がいる病室はどちらですか」
「りしゅる……?」
「小柄で青い肌の老人です。心当たりは」
茶髪のナースは少し考えると、「ああ……」と声にした。
「あの人ですね。極めて重篤なので、ICUに。勿論面会はできませんよ」
ICU……やはり。元からゴイルは残りの寿命が少ないと聞いていた。そこにあれだけの無理をしたのだ。生きていたことの方が驚きなのかもしれない。
ただ、命を削ってほんの数秒彼が足止めをしてくれたことが勝利に繋がったようにも思えるのだ。彼がいなければ大魔卿は地下にノーダメージで向かって行ったはずだ。そうなればどうなっていたかは、正直自信がない。
ノアが日本語で「その人の部屋の前に連れて行ってくれませんカ」とナースに訊く。ナースはしばらく考え、「少しお待ちください」と処置室に入った。
1、2分後、「結果が出るまでは移動してもいいそうです」と告げられた。彼女から教えられた病室は、1フロア下にあった。
「無断入室厳禁」とある銀色の扉の向こうには、薄っすらと白い病室が見える。俺たちではここまでしか来れないらしい。
医者が出てきたので、ゴイルの容態を訊いてみた。イルシア関係者だと告げると、彼はふうと息をついて答える。
「正直、いつ亡くなってもおかしくはないですね。御家族の方ですか」
「恩人です。お会いすることは」
「それは流石に。ただ、どの患者さんか教えるぐらいまでなら」
中年の医者が部屋の奥を指さす。……あの青い肌、間違いない。
ノアが俺を見上げる。
『お礼、言わなきゃ』
「分かってる。でも、どうやって」
『目、つぶって』
そう言うと彼女は俺の手に自分のそれを重ねた。魔力を練っているのがすぐに分かった。
「……魔法?」
『うん……精神体になって、ゴイル様の心に入る。あたしの練度じゃ数分が限界だけど、できなくはないと思う』
精神体……睦月が母親から受け継いだという「能力」と同じものか。ノアも使えるとは驚いたが、『魔法自体は高度だけどできなくはない』という。
ノアが「しばらく私たちに何があってもそっとしておいて下さイ」と医者に言う。そして精神を集中すると、すっと身体が浮き上がるような感じがした。眼下には座り込んでいる俺とノアの姿がある。
そのままノアに手を引かれるような形でICUの中に入る。ゴイルのベッドの側に来ると、ノアはそのまま彼の身体の中に入った。
*
そこに見えたのは、花が咲き誇る草原と、静かに流れる小川。
その淵にたたずむゴイルの姿だった。




