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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第16章 大魔卿 ギルファス・アルフィード
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16-16


長い長い記者会見を終え、議員会館に戻ったのは深夜1時を回った頃だった。

正直、心身共に人生で最も疲れた日だったかもしれない。特に正午ぐらいまで――大魔卿の消滅を聞くまでは生きた心地がしなかった。


もっとも、その後はその後で息のつく暇もなかったのだが。事後処理の根回し、アメリカをはじめとした協力国への礼、そしてこれまでの経緯を説明するための記者会見……

特に最後のはなかなか厳しかった。サマーズの「誘惑のディア・カイルペリア」による効果が多少残っていたとはいえ、マスコミの糾弾は激しかった。

世論に大きな動揺を与えまいと初期から情報統制していたことは間違いだったとは思わないが、流石に「気が付いたら世界の危機が迫ってました」では納得はしまい。それでも、あそこまで言われたのはなかなかしんどいものがある。


石川総理も「一通り収拾がついたら辞職する」とのことだった。今回、彼はほぼ蚊帳の外に置かれていた。娘である依里を守らねばならないという心労もあったのは理解するし、彼の能力でできることは限られてはいた。

結局、イルシア関連は俺や綿貫に丸投げするような形となったわけだが、途中から首を突っ込まなくなってくれたのはある意味幸いだった。東京ドームのテロ以降に官邸がパニックにならなかったのは、責任の所在が俺にほぼ一元化されたからに他ならない。


……とすると、俺にとっての山はこれから来るのかもしれない。


俺はスーツを脱ぎ捨てようとした。ただ、右手の怪我はなお痛い。激痛から思わず「ぐっ」と声が漏れた。

病院との治療と並行してエオラに治癒魔法をかけてもらってはいたが、それでも全治までは1カ月かかるらしい。右手を庇うようにしながら上着を脱ぎ、着替えを持って共用のシャワー室へと向かう。


そこに向かう廊下で、俺は小柄な老人と出会った。


「浅尾の親父……何故ここに」


「何だ、俺がいちゃ悪ぃってのか」


「いや、てっきりご自宅に帰られたのかと……」


浅尾副総理はニヤリと笑った。


「俺には俺のやることがあるんだよ。まあ夜も遅いが、一杯付き合ってくれねえか。俺の奢りだ」


「シャワー浴びてからでいいですか?少々汗臭いのが気になるんで」


「あー、確かにな。お前ここ数日碌に寝てねえし風呂にも入ってねえだろ。少し臭うぜ」


確かにその通りだった。特に昨日はほぼ一睡もしていない。それでも睡魔が襲ってこないのは、極度の緊張に未だ晒されているせいか。


「分かりました。上がったらどちらに」


「俺の部屋に来いや。とっておきを飲ませてやる」



浅尾副総理の部屋に入ると、彼が一人でソファーに座っていた。テーブルには氷と、グラスが2つ。それに木箱がある。


「失礼します。……何ですか、それは」


「俺がカトーヨーカドーの加藤会長……あ、前会長か。奴から貰ったウィスキーだ。あのジジイ、ウィスキーが好きでな。自分好みのブレンドを取引先や記者にばら撒いてたらしい。これもそれだ」


木箱を開けると、クリスタルカットされたガラスの瓶が現れた。その中には濃い琥珀色の液体が満ちている。


「……『カトーブレンド』、ですか。ご丁寧にシリアルナンバーまで」


「100本ぐらい作らせたって聞いたな。失脚する前にこいつを渡しまくってたとは聞いた。いわば賄賂みたいなもんだ。

ああ、俺は奴が失脚するずっと前にもらってたからセーフのはずだぜ。あいつは俺が酒好きなのはよく知ってたしな」


「これ、絶対高い奴ですよね」


「非売品だから値段はねえが、何でも山崎、白州をベースにグレンフィディックやら何やらを混ぜた代物らしい。平均40年とか言ってたな」


そう言うと浅尾副総理は栓を開け、コポコポと氷の入ったグラスに注ぐ。ふわっと花の香りが広がる。


「じゃあ、乾杯と行くか」


「いいんですか、そんな超希少品を開けて」


「世界が救われた日だ、これ以上目出度いことがあるか?それに、お前の門出を祝うにはこれ以上の酒はねえ」


「……門出?」


コクンと浅尾副総理が頷く。



「俺は、議員を辞める。浅尾派の首魁も、お前に引き継ぐ」



「……えっ」


浅尾副総理はカラカラとグラスを回しながら微笑む。


「今回の件がなくても頃合いだと思ってた。俺ももう82だ。いつまでも老人が居残っていい時代じゃねえ。若返りなら一気にやった方がいい。

石川が若いとか言われてるが、それでも58だぜ?アメリカのマクドナルドの姉ちゃんが50だから十分ジジイだ。この国はジジイばっかに意思決定させ過ぎてたんだよ」


「でも、俺でいいんですか?さっきの記者会見も見たでしょう、イルシアの件では戦犯扱いされてるんですよ?」


「左巻きの連中からは、な。んなオールドメディア放置すりゃいいんだよ。お前、最近ネットあまり見てねえだろ」


確かにそうだった。特にここ3日ぐらいは、指示出しやら何やらでそれどころではなかった。王の一件では、俺自身が身体を張らねばならなかったぐらいだ。


「ええ。ネットでは違うんですか」


浅尾副総理はスマホを弄ると、ツイッターの画面を見せた。……そこには。


「……えっ」


「よく言ってくれた」「身体を張った上でさらにこれか」……などなど。俺の記者会見に対する好感でタイムラインが埋まっていた。あまりに望外で、俺は言葉を失った。


「ツイッターには似たような意見がタイムラインに出やすいから、一種のエコーチェンバーになっているかもしれねえってのはある。

それに、お前の前に会見をやった綿貫への評価も大きいだろうな。あれはサマーズの姉ちゃんが何かしたんだろうとは思ったが。

ただ、お前はお前が思っている以上に認められてる。永田町でぬくぬくとしているんじゃなく、自分で大魔卿の一派の一人を止めた。その右肩の負傷は栄誉の証と思われてる。そんなお前が自ら説明に出たわけだ、感じ入らねえ奴は少ねえだろうな」


浅尾副総理は愉快そうにグラスを回す。俺の視界が滲んできた。


「ぶっちゃけ、お前が思うほど世論の風は政権に冷たくねえと思うぜ?石川だってあいつなりに無難にまとめた。

あとは事後処理次第だ。まあ、ここからが本番と言えるがな。そこはお前や綿貫ら新世代に任せることにする。老兵は死なず、ただ立ち去るのみ……てな」


「……ありがとう、ございます」


浅尾副総理の下にいてよかった。そう思うと、また涙が溢れてきた。


「泣くのはまだ早え。俺の葬式の時にしてくれや。まあ、お前が身を固めるまでは死ねねえがな」


カカッと笑うと、彼はグラスを上げる。


「んじゃ、未来の総理大臣に乾杯だ」


グラスを合わせ、ウィスキーに口を付ける。最初花のような華やかな香りが広がり、その後に重厚な甘さと少しのスモーキーさが感じられた。


総理大臣などという先のことは考えられない。今はイルシアをどう日本に、世界に受け入れてもらうかを考えるだけだ。

だとしたら、ここから先が俺の本当の仕事なのかもしれない。世界は町田たちが護った。だが、それによって守られた平和を維持するのは、俺たちの役目だ。


俺は思わず苦笑した。まあ、今は美酒に酔うぐらいは許されるのかもしれない。難しく考えるのは、後ででいい。


そう考えていると、数口飲んだ後で俺は意識を失った。




そして、本当の「勝負」が始まる。



第16話 完




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