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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第16章 大魔卿 ギルファス・アルフィード
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16-15


大魔卿消失の報を聞いて最初に出たのは、歓喜の叫びではなく安堵の溜め息だった。

僕は、この件でほとんど何もしていない。ただアムルに付き添って地下に行っただけだ。大魔卿が異形の姿になって再び来襲した時も、僕はアムルの後ろで見守ることしかできなかった。


力がないのは仕方がない。町田のように、後天的に魔法が使えればまだよかったのだろう。ただ、あいつが魔法を使えるようになったのは、それこそ色々な要因が重なったからだ。レアケースであるのは間違いなかった。


僕はもう一度息をつき、後ろを振り向く。……目も当てられぬほどの死体の山だ。ある者は両断され、ある者は爆殺され、ある者は身体の一部分しか残っていなかった。

自衛隊も、イルシアの勇敢な兵士たちも、あの男により大勢死んだ。堰を切ったように救護班が崩れかけのイルシア王城に雪崩れ込んでいるが、どれだけの生存者がいるのだろうか。


……呆けてばかりではいられない。僕にもできることがあるはずだ。

既に生存者に対してサマーズが治癒魔法らしきものをかけている。僕は魔法を使えないが、生存者の搬出ぐらいはできるはずだ。


『ワタヌキ様』


振り向くとアムルがいた。そして小さく首を振る。


『あなたにはあなたにしかできないことがあるはずです。ここは私たちに任せて』


「……しかし」


『私なら大丈夫です。すぐに御柱様やノアたちもこちらに来ます。傷を癒す人手は足ります。でも、この国との折衝はあなたにしかできない』


僕は目をつぶる。確かに、その通りだ。


「……分かった。この場は任せる。事後処理は僕に任せてくれ」


『ありがとうございます』


どこか嬉しそうに、アムルが笑った。



そこからはあっという間に時間が過ぎていった。被害状況の報告、会見のセッティング、作戦に協力してくれた各国への礼、マスコミへの対応……やることは腐るほどあった。


戦闘に主に参加していた町田とノアは、一応念のためということで毛呂山の大学病院に一時入院ということになった。怪我人があまりに多く、秩父周辺の病院はパンク状態になってしまったという。

それと、多少の調査もそこでは行われるらしい。辛うじて生き残ったガラルド、そしてほぼ虫の息のゴイルもそちらに回されたと聞いている。


ジュリと市川はイルシアの生き残りと今後の方針を話し合っている。当面の危機は去ったが、今後どうするかについては色々な議論があるようだ。

彼らを脅かしていた敵国は滅びたと聞いているが、そのまま元の土地に戻れる状態なのかは甚だ怪しい。

この地にしばらく定住するのか、それともカルディナという国に亡命するのか。簡単には意見がまとまらないだろうと、ハンスは言っていた。


そして僕は……緊急事態宣言による防衛線が解除された大府集落の町内会館にいる。

古く饐えたような臭いのする建物には、場違いなほどの大勢のマスコミが押しかけていた。


「この後官邸でも総理の記者会見がありますが、その前にこちらから現状説明をさせて頂きます。

私はイルシア対策本部部長代理の綿貫恭平です。東京に部長の大河内尊がいますが、そちらは別途対応させていただくことになります」


横には同時通訳としてサマーズがいる。彼女もそう魔法は使えない立場とは聞いているが、「シェリーを救ってくれたお礼だから」と最後まで協力してくれるらしい。存外義理堅い人物なのかもしれない。


「午前9時43分に発生した、イルシアへの襲撃について正式にご報告します。既にご説明した通り、イルシアは敵対勢力から一種の『亡命』という形でこちらの世界にやってきた国家です。

その敵対勢力の首魁にして最高戦力、『大魔卿』と呼ばれる人物がその協力者2名と共に襲来しました。なお、この2名の国籍は中国国籍です」


ざわつきが大きくなった。「何者なんですかっ!?」と昂奮する記者を宥め、僕は話を続ける。


「中国政府曰く、『当国とは一切関係がない』とのことです。素性を含めて調査中ですが、先日警視庁を襲撃し死亡した王成明、並びに先の東京ドームでのテロ未遂事件の李麟鵬の関係者であることが濃厚かとは思われます」


さらにざわつきが大きくなった。怒号に近い声も聞こえる中、「静粛に」と僕は告げる。サマーズがそれを翻訳すると、記者たちは静まり返った。


「……一応申し上げますが、これより申し上げる被害の全ては中国国籍の2人によるものではありません。全ては大魔卿一人の手によるものです。

なお、先日の猪苗代湖湖畔の陥没事故、並びに長瀞における爆発事件の犯人もこの人物と思われます」


「大魔卿とは何者なんですか??」と空気を読めない記者が手を挙げる。「それは後で詳しく話します」と制し、僕は話を続けた。


「襲撃事件の詳細をお話しします。魔法による奇襲攻撃で、警戒態勢にあったイルシア城内の自衛隊員、並びにイルシア近衛兵が計36人死亡、21人が重軽傷を負いました。21人のうち重体は7人おります。

なお内訳は自衛隊員の死者20人、負傷者10人。イルシア側が16人、11人負傷です。重体者は自衛隊2人、イルシア5人です」


被害の大きさに、記者たちが動揺しているのがすぐに分かった。「あなたはそこにいたのか!?」と叫ぶ一人の記者に、僕は頷く。


「彼の目的の一つは、イルシアにある異世界との通路を広げることにあったと推測します。私はそこにいました。

彼が何のためにそうしようとしたかは正確には分かりません。……が、彼が異世界から移民を呼び込もうとしていたというのはイルシア、並びに大魔卿の元協力者から事情聴取済みです。その一環であろうと思われます」


僕は「これより申し上げることはかなりショッキングなので、皆さん冷静に」と前置きする。あの時の恐怖が蘇ってきた。深呼吸して仕切り直す。


「昨日麻布に出現した異形の女性、並びにイルシアに出現した翼の巨人、いずれも大魔卿が仕組んだものです。いずれも『単体で』日本を焦土に化すことができる一種の『兵器』であったとイルシアなどから把握しています。

大魔卿も同様です。その気になれば、日本だけでなく東アジア一帯の安全保障が根本から脅かされたでしょう。……これは、彼と対面した私が断言します。

緊急事態宣言を発令したのは、彼の脅威によるものに他なりません。イルシアへの襲撃はある程度予期できていましたが……それでもこれだけの被害が出てしまったことを痛恨に思います」


席を立ち、深々と一礼する。パシャパシャとフラッシュが激しくたかれる音がした。30秒ほど頭を下げ、僕は席に座り直した。

「責任はどう取るんですか!!」といきり立つ記者を、「まだ話は終わっていません」と制する。


「大魔卿は、異世界の協力者の援護もあって『消失』しました。これにてイルシアへの敵対勢力は実質的に殲滅したと理解しています。

異世界との『ゲート』については、イルシアにおける生存者が厳重に管理することとなっています。これが今後禍を招くことはない、と聞いております」


「本当に全滅したのですか」との問いに、僕は頷く。


「ええ。イルシア王城への第一次襲撃、そして今回の襲撃を以て脅威は去りました。敵対勢力の最高戦力の消失です。そして、彼らが帰る国は既にないとも聞いています。

詳しくは今夜の総理会見、並びに大河内部長の会見で説明されるかと思います。世論の動揺を与えぬためにこれまで多くの情報を非開示としてきましたが、そこでかなりの事実を明らかにできると思います」


本当に殲滅できたのだろうか。僕は自答する。……正直、まだ終わっている気がしない。

それに、イルシアをこれからどうするのかという問題はまだ残っている。共存か、管理か。結論は簡単には出せそうもない。


ただ、「生き延びた」という事実だけは間違いない。そして、その価値はとてつもなく大きいものだ。

それを目の前にいる彼らは、どれほど分かってくれるのだろうか。


そう思いながら、僕は長い会見に対応し続けた。



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