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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第16章 大魔卿 ギルファス・アルフィード
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16-14


王城の門の前に、大魔卿――厳密に言えば大魔卿「だったもの」は落ちていた。

それは3歳ぐらいの裸の幼児で、意識はないようだ。……死んでいる、のだろうか。


近くに降り立った俺たちは、ゆっくりと奴の方に向けて歩を進める。


『まだ、ごく僅かに魔力が感じられる……止めを刺さなきゃ』


ノアの言葉を聞いて、俺は右手の「滅魔の剣」を握る力を強めた。これを奴に突き立てれば、全ては終わる。

それにしても、こうして見るとこいつが世界を破綻に導こうとしていた存在には到底見えない。無抵抗の幼児を殺す、というのは流石に良心が咎めるものがある。


『どうしたの、トモ。躊躇っててもしょうがないわよ』


「……分かってる」


口ではそういったものの、なかなか踏み出せない。イルシアがこっちに来て以降、今まで人生で体験したことのない荒事を多く経験してきた。

ただ、どれも人の命を奪うことまではしていない。あの阪上に対してですら、だ。人の命を奪うことなど、俺にできるのだろうか。


『トモ』


咎めるようにノアが俺を見上げる。彼女は今までの人生の中で修羅場を幾つも潜っている。こういう時に動かないといけないということを、彼女はよく知っているのだ。

止めを彼女に任せようかと、一瞬思った。だが、それは単にやりたくないことを彼女に押し付けていることに他ならない。

これからの人生を彼女と歩もうとするなら、それだけはしてはいけないことのように思えた。


意を決して、俺は剣を振り上げる。その時、「待って下さい!」と門の方から声がした。


「ハンスさん?」


「間に合ってよかった。彼を殺すのは、やめてください」


「どうしてですか!?こいつのせいで、一体何人、何十人死んだと思ってるんですかっ!!!」


「怒りはもっともです。ですが、止めを刺せない理由があるのです」


そう言うと、彼は後ろを振り向いた。ランカ、そしてその隣には長い赤毛をポニーテールにした女性がいる。年齢的には、俺と同じぐらいだろうか。


「間に合ったわね。丁度いいタイミングだったかしら」


日本語で彼女がハンスに訊く。彼は頷くと、「これも『彼女』の祈祷の効果、かな」と大魔卿の側にしゃがみこんだ。


「できるか?」


「……このぐらいの魔力量なら、問題なく」


そう言うと、彼女は大魔卿の頭に右手を触れる。そして懐から左手で水晶のようなものを取り出した。


「では、いくわよ」


彼女の右手が紫色に光る。そして「ヴォン」と重く空気が響いたかと思うと、大魔卿の身体が……消えた。

同時に水晶が紫色に光り始める。あまりに一瞬のことで、俺もノアも唖然とするばかりだ。


「……あなたは一体?それに、何をしたんですか」


「あら、失礼。急に出てきたら驚くわよね。……ハンス、貴方私のことは全然話してないの?」


ハンスは「そもそも大魔卿を倒してからの話だからな」とバツが悪そうだ。赤毛の女性は「はぁ」と軽く溜め息をついた。


「貴方って大体そうよね。大事なことはいつも隠す」


「彼らに予断を持って欲しくなかったんだが……まあいいか。

こんな形での紹介になって済まない。彼女が私の妻、ジャニス・ブッカーだ」


妻?確かに妻帯者とは聞いていたが……何故こんな所に。

俺の思考を読んだのか、ジャニスが「ごめんなさいね」と小さく頭を下げる。


「聞いての通り、私はジャニスというわ。一応、今はカルディナという国の国主をやってる。ああ、堅苦しいのはあまり得意でないから気安く口を聞いていいわよ。

ランカからの要請を受け、メジアでの結界構築に協力していたの。こっちで何が起きてるかは、ハンスやユウ経由で大体聞いてる」


「は、はあ……そんな貴女が、何故ここに」


「私は『祓い手』という特殊な立場でもある。平たく言えば、不届き者の転生者の魂を封じる役目ね。そこでは『吸魂魔法』という特殊な魔法を使うわけ。

これがあれば、対象を殺すことなく、魂――魔力的には『魔力の根源』というべきなんでしょうけど――それをこの『魂晶』と呼ばれる特殊な水晶に封じられるというわけね」


思わずノアを見ると、『確かに知識としては知っていたけど……』とまだ衝撃を受けている。ノアですらほとんど聞いたことがない魔法であるらしい。


「まあ使えるのは本当にごく少数だけどね。ユウも使えるけど、精度では私には及ばない。というか、そのユウは?」


「都内に入院中だ。『神の器』とやった時に、『魔毒』を食らった。回復にはしばらく時間がかかる」


「あの子も無茶するわねえ……ミミが知ったらどうなることか。

……まあ、彼がミミの旦那だから彼は死なないし、世界も救われてるようなものなのだけど」


全く話が見えてこない。一体どういうことなんだ?

俺と同じ疑問を持ったのか、ノアが訝し気にジャニスに訊いた。


『すみません、2つ質問が。まず、何故大魔卿を殺さず封印したんですか?』


「貴女がランカさんの娘さんね。話には聞いてるわ。そして、貴女が父であるあの男を強く憎んでるのも知ってる。それでも完全に滅してしまうのは避けねばならなかった」


そう言うとジャニスは左手の水晶を見た。鼓動しているように、紫の光が強まったり弱まったりしている。


「まず、そもそもあの男は『死なない』。魔力を『滅魔の剣』で完全に消し去ったとしても、数百年、あるいは数千年語には必ず元の形で顕現してしまう。

つまり、いつかどこかであの男はこの世界を災厄に導く。その頃にはこの世界でも魔法に対する何らかの対応策ができているかもしれないけど、未来に災厄を残すことはしたくなかった。

そして、もう一つ。こっちの方が決定的な理由ね。あの男は、私たちが今いる世界——異世界の魔力が具現化したものなの。いわば、『世界意思』と言える。

それが仮に失われた場合……世界の均衡は失われる。正直、何が起こるかは分からないけど、碌なことにはならない」


『……どうして、そこまで言えるんです。というか、なぜそこまで……』


「私もハンスも、向こうの『神』——何かが混ざって変質したこっちの『神』とは違う、オリジナルの『神』と提携してるの。まあ、機能しているのは9柱のうち6柱だけだけど。

平たく言えば、世界の均衡を維持するためには……というよりこれ以上『穴』の拡大を防ぐには、どういった形であれあの男が向こうの世界に『存在している』ことが必要なの。それは封印された状態であっても構わない、というわけ」


なるほど、やっと話が見えてきた。だからこそ、ハンスは大魔卿を封印できる彼女を呼んできたというわけか。

だとしたら、もう一つ疑問が出てくる。


「封印した理由は分かりました。ですが、だったら何故最初からあなたが来なかったんですか?」


ジャニスの目が、申し訳なさそうに下を向いた。


「……確かに、本当はもう少し早く来られれば良かったわね。ただ、どうしても時間は取られてしまった。ランカと一緒にカルディナの結界構築をやっていたから、というのが最大の理由。まず人々を魔素と死病患者から護らねばならなかったのよ。

そして、私の戦闘力はハンスやユウに比べると落ちる。足手まといになりかねなかった、というのもあるわ」


「彼女を責めないでください」とハンスがジャニスの肩に手を置く。


「こうやって間に合っただけでも十分です。それでノアさん、もう一つ質問というのは」


『はい。……結局、この世界の調停者——さっきの言葉で言うと『世界意思』って、誰だったんですか?

『ゲート』の向こうにいたのがその人、という理解でいいんでしょうか』


「その通り。ただ、不思議に思うかもね。『なぜこの世界の意思の体現者が、貴女たちの世界にいたのか』。彼女は私たちと同じ、転生者なの」


『……え?』


ノアがキツネにつままれたような顔をした。俺も同じような顔をしていたかもしれない。


「それは、どういう……」


「詳しく説明すると長くなるし、私も正確には把握できてない。ただ、半分人為的に、半分は偶然に彼女は私たちの世界にやってきた。

そして、彼女に『世界意思』であるという自覚はないわ。あるのはただ、『彼女の縁の深い人に幸せになって欲しい』という意思のみ。そして、因果を曲げて『必ずそれを実現する』」


その言葉にハンスが頷いた。


「私たちはその彼女の力を利用した、というわけです。そして、力を強め『奇跡』を起こすために、『ゲート』を広げた。彼女はその向こうにいます。

そして、『ゲート』が広がれば、その願いは強くなる。私や彼女の夫であるユウと縁を結んだ人間にも、その願いは届くというわけですね」


そういうことだったのか。そもそも、大魔卿の攻撃が俺の頭に当たったのにかすり傷で済んだというのは大概におかしい。それも「奇跡」の成し得る業だったということか。


しかし、だとしたら……


「やっと言ってることが分かりました。ただ、それなら……彼女はこの世界にいるべきなんじゃないですか。大魔卿を封印した状態であっても元の世界に戻さなきゃいけないのと同じように」


「本来なら。ただ、彼女は自らを一度死に追いやったこの世界のことが好きではないようです。もし戻したら、それこそどうなるか分からない。

幸い、この世界の魔素は極めて薄く、彼女がこの世界にいてもいなくてもそれほど問題はありません。彼女の肉体が死ねば、また新たな『世界意思』が別の自我を生まれるでしょうけどね」


淡々と話すハンスの言葉に、俺は少しゾッとした。……一度、その人は死に追いやられたことがあるのか。そして、ハンスの言い方からしてかなり悲惨な死だったように思えた。

結局、一番怖いのは人間……ということなのかもしれない。何とも言えない後味の悪さが残った。


ハンスが「まあとにかく」と微笑んだ。


「一応、これで脅威はほぼ去りました。後は確保されている李花梨ですかね」


ジャニスが小さく頷く。


「彼女は私に任せて」


「分かった、頼む」


ハンスが頷く。何故ジャニスに任せるのだろう。

それが分かるのは、もう少ししてからのことだ。



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