16-13
僕は翅を羽ばたかせ、上空へと浮かぶ。目には半壊したイルシア城が見えた。
まだあの近辺には生きている人間が大勢いる。ジュリ・オ・イルシアや「アザトの器」含めた魔力持ちもだ。
この世界の人間を「喰った」ところで魔力の足しにはほとんどならない。だが、イルシア人ならある程度は力を戻せる。この醜い姿から元の姿に戻るぐらいには、魔力を集められるはずだ。
そこから元の力に戻るには、僕を以てしてもかなり時間がかかりそうだった。年単位で「計画」は遅れるだろう。その間にメジアが滅んでいても何の驚きもない。
だが、肝心なのは――世界の守護者にして調停者であるこの僕、ギルファス・アルフィードが生き残ることだ。極論、僕さえ生きていれば世界はやり直せる。あの「神」の力を借りずとも、だ。
そう。世界の「真なる神」はあいつらではない。この僕に他ならない。
*
僕の最初の記憶は、何もない荒野だった。「大戦争の跡だろう」と、僕は何故か直感した。
知識は既に僕の中にあった。言葉も、魔法も、知恵も、何もかもだ。僕はそのことを疑問に思わなかった。
僕が「世界そのもの」だったからだ。
後になって分かったことだけど、この世界に溢れる魔素が一つの形を作ったのが僕であったらしい。父も母もなく、自然の産物として僕は世界に生れ落ちた。
そして、僕こそが「世界の意思」なのだと理解した。一度壊れたこの世界を導くために僕は生まれたのだ。そう考えるようになった。
この世界には僕以外にも「九柱神」と呼ばれる存在がいるらしいこともすぐに知った。どうやら全てを破壊した大戦争の生き残りで、世界を再構築した連中であるらしい。
彼らはすぐに僕の存在を認識した。そして、僕をどうこうするのをすぐに諦め、共存することを選んだ。それも当然だろう。「世界そのもの」である僕の力を、「偽物の神」である彼らが抑えつけられるわけもない。
そして、「神」の一柱、「クト」の代理人であるイルシアの御柱と連携しながら、僕はメジアを中心に世界の秩序維持を進めていった。
そうしたのには理由がある。エビアは温暖な気候と「イーリス教」という宗教の存在で比較的安定していた。エネフも魔族による強権体制が確立しつつあった。ネプルーンは神族中心に固まっていた。
一番不安定だったのは、多民族多文化のこのメジアだった。故に僕はこの大陸の安寧を願い、時には争いを強制的に排除し、これまでの1000年を生きてきた。
様子がおかしくなったのは、73年前——エネフのほとんどが「穴」で埋め尽くされ、あれだけ発展していた魔族も消えた時だ。
メジアは東からは「穴」の脅威、大陸内では有力国家なき無秩序という深刻な悩みを抱えることになった。僕は思案した挙句、当時小国に過ぎなかったモリファスを僕の手で大国とし、メジア全土を支配させることにしたのだ。
計画はある程度まで上手く行っていた。メジア全土を統治するために必要な切り札も、イルシアの白魔女との間に「作った」。
全ては上手く行くはずだった。……3年前の、御柱の死さえなければ。
その時から、僕はかねてより考えていた異世界への移住計画を本格始動させることにしたのだった。
一度世界を見捨て、民だけは生き延びさせる。最初はメジアから、やがてエビア、そしてエネフの生き残りへと移民対象を拡大させる腹積もりだった。
「暗黒山脈」の向こう側までは知らない。強力な魔術結界があり、そこを突破することは僕でも難しそうな話ではあった。それでもとにかく、移民できる民は全て移してしまおう。そういう考えだった。
無論、この僕の深大なる考えなど、人間には分かろうはずもない。元は人間だったという偽りの「神」たちも理解はできまい。
奴らは所詮「管理者」でしかない。僕のように世界そのものを体現した存在ではない。
そして、元は人間である彼らは真の意味で合理的な行動は取れない。人権やら人命やらよりも優先されるべきもの――世界の存続を僕以上に真剣に考えている存在などいはしないのだ。
……そう。人間ごときの抵抗で、僕が潰えるなどということがあってはならない。
*
僕はあっという間にイルシア城へと着いた。まずは城下町にいる連中から食らう。
腕を伸ばし、武装する人間を数人掴む。それを握りつぶすと、血潮の感触と共に微量の魔力が流れ込んできた。
『……チッ』
全く腹の足しにならない。イルシアの人間はいないのか。
『皆、撃てにゃっ!!!』
身体に軽い衝撃が走る。猫娘を先頭とした一団が、僕に魔力の矢を放ったらしい。
僕はニヤリと笑う。20……いや30人ほどか。これぐらいなら、多少は力を戻せるかも……
「『させないっ!!!』」
脚が急に重くなった。城から出てきたのは……ジュリ・オ・イルシアとその番の青年かっ。小癪なっ!!!
『無駄だっ!!』
重くなった脚を振り上げる。
その刹那、ジュリ・オ・イルシアは殺してはならないと一瞬だけ迷いが生じた。
あの女は「御柱」の器だ。世界再建には必要なのだ。
そこに、さらに何者かが魔力の矢を僕に放った。あの猫娘たちよりも、遥かに大きなものだ。右脇腹に、小さな穴が空いた。
『御柱様、私も助太刀しますわっ!!!』
地下にいた魔族の娘かっ!!続いてエルフの女が何かを詠唱すると、身体がさらに重くなった。……「重力魔法」??
『下等生命が無駄な足掻きをっ!!!!』
力をこめ、強引に空へと跳び上がる。さっきの「捕食」では全く足りない。しかしイルシアでは抵抗が激しすぎる。
視界の向こうに、比較的大きな街が見えた。……やむを得ない、あそこで補給する。イルシアはある程度力を戻してからだ。不快極まりないが、「急がば回れ」という下等生命の諺に倣うしかない。
僕はそこへ向かおうとした。……腹の穴のせいか、力が出ない。
「時間遡行」を使うか?いや、使えば今度こそ魔力が枯渇する。ただでさえこの姿は魔力消費が激しいのだ。
魔力が切れたならば……魔力生命体である僕は、本当の意味での「死」を迎えてしまう。きつくても、このまま行くしかない。
……その時、背中にチクリとした痛みが走った。
『え』
その刹那、とてつもない虚脱感が僕を襲った。
何だ。何が起こっている。
しかし、虚脱感はさらに強くなるばかりだ。この感覚……まさかっ!!?
「とどめだ」『とどめよ』
聞き覚えのある2人の声がした。
……もう、この姿は保っていられない。僕は「変態」を解除し、地面へと墜ちていく。
その目に映ったのは、黒い剣を握っている2人の男女——道具としか考えてなかった僕の「娘」と、その番の男だった。




