16-12
「さて、第二ラウンドと行こうか。残り魔力が少ないお前と、この世界の『真なる神』の加護を受けた俺と……どちらが勝つか、やってみようじゃないか」
俺と大魔卿との間合いは3mほどだ。踏み込めば斬れる射程圏にある。
とはいえ、向こうは「全ての魔法を使える」。正気に戻ったジュリが「反魔結界」を使えるということを考慮に入れても、何をやってくるかは予想できない。
サマーズの治癒魔法で一応回復こそしたが、それでも俺の肩のダメージは残っている。大見えを切ったものの、お互い万全とは言えない。
『チッ』
舌打ちと共に大魔卿の姿が消えた。転移魔法だ。どこに消えた??
あの様子だとそう遠くには逃げられない。そして転移魔法は「一度行ったことのある場所にしか転移できない」はずだ。……とすれば。
「綿貫っ!!!防衛線にいる自衛隊に指示をっ!!!急ぎ撤収させてくれっ!!!」
「何だと!?」
「多分、奴はそこに逃げたっ!!あの近辺にはまだ自衛隊員が残ってるかもしれないっ!!」
俺はそう言い残すと走り出した。さっきの突きは、かなり効いたはずだ。もう残り魔力は少ないだろう。
だとしたら、その「補給」をあいつはしようとするはずだ。あの近辺にいる、自衛隊員を殺せば多少の足しにはなる。そう考えているに違いなかった。
俺は全速力でホールへと駆け上がった。サマーズの治癒魔法で、ノアは勿論市川も回復している。
奴の「魔弾」は、当たったように見えて急所を外れていた。俺も市川も側頭部にそれがかすって気絶していただけだ。ノアも当たった場所がよかったらしい。恐らくあの時点から「奇跡」は起きていたのだろう。
『あたしも、行くわ』
俺の意図をくみ取ったのか、ノアが言う。無言で頷くと、俺たち2人は死屍累々が転がる王城を後にした。
ここから防衛線までは飛行魔法で全力で飛ばしても数分かかる。その数分で、あいつがどれぐらい回復するのか。それは現状読めない。
何より「加護」の効果はイルシアから遠ざかるにつれて薄れていく。だから、これからやろうとするのは勝算が濃い戦いではない。伸るか反るかの博打に近い。
それでも、今しかないのも間違いなかった。
俺は10分ほど前のことを思い返していた。
*
「気が付いたか!」
目を覚ますと、そこにはサマーズの顔があった。そして「間に合ったようですね」と安堵したように呟くハンスの姿も見えた。
「……俺は、一体」
そうだ。「滅魔の剣」で大魔卿に斬り付けようとした俺は、指から放たれた魔法の銃弾で頭を撃ち抜かれた。……まさか、生き残ったのか。
俺の疑問に答えるかのように、ハンスが「ざっくり言えばこうです」と話し始める。
「私は、『ゲート』の向こうにこの世界の『神』——調停者を呼び寄せたのですよ」
「……は??」
「詳しい説明は後です。ただ、元より私たちには彼女の『加護』があった。彼女の持つ力は、『親しい人間が決して不幸にならないよう因果を捻じ曲げる力』です。それがあればこそ、私たちはここまでやってこれた」
「……話が全然見えないんですけど」
「そこの辺りは後程。一つ言えるのは、『ゲート』を広げることで彼女の力をより届きやすくさせた。その効力が強まり、『奇跡』とも呼べる状態になるのを私はずっと待っていたのです。そして、時は来た」
何かよく分からないが、あの不可解にも思えるハンスの指示にはちゃんとした狙いがあったようだった。
それが作動し始めたからこそ、俺もノアも市川も「奇跡的に」軽傷で済んだということらしい。
俺は近くに転がっていた「滅魔の剣」を再び手に握る。今のタイミングならば、確実に不意を討てる。大魔卿に決定打を与えるなら、今だ。
俺は立ち上がり、小さく頷く。
「とにかく、行けばいいんですね」
「そうです。あの男との、決着を付けましょう」
ハンスの声を背に、俺は走り始めた。そして、遂に一撃を与えるに至ったというわけだ。
*
すぐに防衛線は見えてきた。幸いなことに、綿貫の指示が迅速だったからか自衛隊らしき車両も何も見当たらない。
それでも防衛線には厳重なバリケードと装甲車数台が止まっている。そこに向けて駆けていく何者かが見えた。
『させないっ!!!』
その男目掛けてノアが魔力のレーザーを放つ。それは大魔卿に察知されたのか避けられたが、それでも俺たちが奴に立ちはだかるには十分な時間を与えたようだった。
『……貴様らっ……』
大魔卿の表情にも口調にも余裕は全くと言っていいほどない。
奴の魔力はハンスや俺の攻撃、そして「反魔結界」を無視した強引な魔法発動により相当枯渇している。それでも十分化け物級の魔力はあるようだが、対処できる程度には減っているように見えた。
「敵前逃亡とはいい度胸だな」
『……生き延びねば目的は果たせん。僕はメジアの、世界の生存に対する責任がある。それこそがあの世界が生み出した『調停者』の役割だからだ」
世良教授に少し聞いたことだが、「調停者」はあの世界の「神」とは別に自然発生したものであるらしい。「神」はそれと同盟を結び、互いに世界をコントロールしていたという。
だから、こいつの言っていることは本心なのだろう。世界を救おうとする気持ちも、恐らくは本物なのだろう。
だが、そのためには他者などどうでもいいとも考えている。独善性の怪物、それがギルファス・アルフィードなのかもしれない。
俺は剣を構えた。ノアが「反魔結界」を発動させたのが何となく分かる。……ここから先は、肉弾戦だ。
俺は剣道の中段の構えの要領でじりじりと近付く。これでも高校は剣道部だった。弱小ではあったが、それでも都大会でベスト16には入った経験がある。
剣道をやめて10年ぐらい経つが、それでも自分が素人とは思わない。それなりに自信はある。
剣先で軽く面に行くフェイントを入れる。大魔卿はすぐにそこに反応し、腕を頭を庇うようにして上げた。
思った通りだ。こいつ、白兵戦の経験が全然足りてない。魔法で無理矢理押し潰すやり方しか知らないのだ。
俺は軽く踏み込み、「出小手」の要領で奴の手首の辺りを斬り付ける。
『ぐあっ!!!』と、大魔卿は苦悶の声をあげた。
すかさず距離を取る。奴の息は荒い。
「時間遡行」を使い傷口は埋めたようだが、それでも流出した魔力は少なくない。もう一押しだ。
その時、大魔卿がニヤリと笑った。
強がりか?と思った俺に奴は話し始める。
『……驚いたよ。人間ごときが、僕をここまで追い詰めるとは……
だが、僕は死なない。魔素が満ちている限り……僕は何度でも蘇る』
「あれだけ斬られてよく言えるな」
『……そうだ。お蔭でこの世界では数百年、復活にかかることになりそうだよ。『このままなら』』
「……何??」
その時、奴の魔力が膨れ上がるのを感じた。
これは……阪上が「変態」したのと、同じ現象……!??
俺と同じぐらいだった大魔卿の背丈は、たちまち2m、3mと巨大化していった。
そして背中には翅が生え、顔も人間と蟲とが入り混じった奇怪なものへと変化する。
そして。
「ピギャアアアアアッッッ!!!!!」
甲高い、耳をつんざくような鳴き声をあげると奴は俺とノアを見下ろした。
口元には気持ちの悪い笑みが浮かんでいる。
『そうさ。この『変態』でイルシアにいる人間を改めて皆殺しにする。
そして魔力を回収すれば……数年後には仕切り直せる。楽しみに待っていろ』




