【457話】 アンと空中の冒険者
「お!アンとダカットが戻って来たよ。意外と時間かかったんだね」
墓地周辺を見回りに行っていたアンがランタンを手に戻って来たのを見つけてリリアが声をかける。
「いざという時に仕事が増えないように森の中にいた獣を追い払っていました」
アンはそう言うとリリアにダカットを手渡した。
「おかえり、ダカット。真っ暗闇は怖いでしょ。うっふっふ」リリアは笑っている。
「今ちょっと話してたんだけど、アンが昼に張った魔法陣はどんなエネルギーでも封じるの?」リリアがアンに尋ねる。
「どんなと言いますか…ある程度です。魔法陣の中に残存思念等が現れると魔法陣が発動して魔石にある程度取り込まれます。その魔石に取り込む量の限界以上になった場合はエネルギーはその辺に残るでしょう。予防策のようなものです。あまり強力な魔法陣は大きな魔石を用意しては万が一間違って動物や人が入り込んだ場合に事故になる可能性もあります」アンが説明する。
リリア達は腰を下ろしてアンの説明を静かに聞き入る。
「え?生きている人にも影響あるの?」リリア。
「はい、人も動物も生命の宿るものは皆、気力や思念を持って生活しています。大丈夫ですよ、万が一子供が立ち入ったりしても少し違和感を覚えて疲れが出る程度です。問題は無いと思います」アン。
「ふーん… で、さっき少し話しをしていたんだけど、それって良い魂や思念、悪い魂なんかを区別するわけではないんでしょ?」リリア。
「その様な区別はないです。条件がマッチすればソウルトラップとして発動します」アンは静かに言う。
「もうこうなった以上はしょうがないって意見もあるけど、もし害悪の無いものだったらトラップしちゃって良いのかと…リリアには良くわからないけど…」リリア。
「トラップ自体は籠のよなところに閉じ込めるだけなので、その後の事が重要ですが…」アンん。
「俺が見たのは真っ黒い影が動いているようだったから、どんなものかは知らないが、もう仕方がないだろう、全部捕えて成仏してもらうか消滅して貰った方が物事もはかどるし、本人達も納得だろうとは思うんだが…」村長が言う。
「出現してから判断するというのも理屈かも知れませんね。恐らく今回のケースなら対応できるはずです」
アンは言いながらランタンを手に立ち上がった。
「時間も時間です。魔法陣を取り払って出現を待ってみましょう」
アンが無縁墓地の方に向かうのでリリア達も全員腰を上げる。
「あっさり変更可能なのね」ルナが言う。
「あくまでも予備対策程度ですからね」アン。
アンは墓地に設置した魔法陣の一部を壊すと皆を振り返った。
「これで出現するまで待ってみましょう」
アンが告げ、リリア達は皆墓地の柵に寄り掛かったり、腰を下ろして待機することにした。
リリア達がたまに雑談する中、ゆっくりと星座が巡る。
「誰か燻製ソーセージ食べる?」
リリアが周りに声をかけた時だった。
鳥肌が立つというのであろうか…
墓地の地面、空中が少しザワついた。
「来たわね…」
アリスが呟くと皆警戒する。
「それほど強い念では無さそうです」アンは言うと宙に手を翳す。
墓標の下の地面が明らかに黒い霧のような物が形作られ、にじみ出るように、霧が沸き立つように地面から立ち上がり、宙に集まりだした。
それに釣られるように数カ所の墓標からも黒い霧のような物が滲め出てきて、宙に集まっていく。
ある程度は予想していたが、やはりこう言った物は普通の魔物に比べて不気味なものがある。
リリアはアリスに身を寄せている。
アリスもルナも、村長も緊張しているのが分かった。
「村長が見たというのはこのような存在でしょうか?」
柵の内側に立ったアンが村長を振り返る。
黒い霧のような塊は闇の中に紛れてはいるが、わずかに光を放っているようでもある。
「あ、あぁ…こんなに近くで見るのは初めてだが… たぶんこれだ」村長が緊張した声をだす。
アンは静かに頷く。
「悪いものではないですが… 想いが重なって不条理もこの地に留まろうとしているようですね。それに他の思念が集まってきているといった感じの様です。恐らく少し話しを聞けるでしょう。先ずは集まってきてしまっている魂たちは一度遠慮してもらって、一番想いの強い魂に力を与えてみます」
アンは言うと墓地の真ん中あたりでゆっくりと宙に舞いながら渦を巻いている霧に向かって手を翳すと何やら呪文を唱えた。
それを受けて霧は千切れるように小さな塊がいくつか分離し、中心にあった霧も少し小さくなったようだ。
少し色が明るくなったようでもある。
次にアンはペンダントを翳しながら呪文を唱える。
霧は一瞬複雑な渦を作り待機中に散りかけたようだったが、再び濃縮されるように形を取り戻した。
「… む?… おぉ…人がいる。誰かいる…」霧が声を発した。
恐ろし気な響きなどは無く、むしろ声の主の方が少し驚いているようだ。
アンは手を翳しながら短く呪文を唱えると声の主に向かって話しかけた。
「さらに人の気配が伝わったのじゃないかしら?私の声が伝わっていますか?」アンが問いかける。
リリアはちょっとビビり気味でアリスの傍にくっついている。
もっとも、経験豊富な経験者でも、レクイエミストや、鎮魂関係の技能が高い経験豊富なプリースやビショップでも無い限り、こういうケースは不慣れであろう。
さすがにリリアだけではなく、アリス達も緊張しているのが分かる。
「…あぁ、話しかけられた…のか?… 俺が話しかけられたな。俺がわかるのか?人がいるのがわかるが誰が誰だかわからない。ただ人が何人かいる…やっとだ… そこに誰かいるなら助けてくれ、そこから俺がわかるなら助けてくれ」声が言う。
霧のモヤモヤは墓地をゆっくりと移動しているので声もそれに合わせて移動している。
「お待ちなさい…あなたが落ち着いていればもう少し周りが見えるようになります。先ずは、あなたがご自分自身が何者かわかりますか?」アンが優しく言う。
「誰だ?その声は…誰かいるんだ、やっぱり誰かいるな。待ってくれ…落ち着いて答える… 何だか違っていて気分が不安定なんだ。何かしようとすると真っ暗闇に包まれるようになる… 落ち着いて… 俺は… …そうだ、俺はドトル、ドトルって言うんだ。フリート帝国のグロンダーライン卿領のゴルゴンフォレスト付近の村出身だ」
アンは声が半ば説明するのを聞きながら素早く手を翳して周りに浮遊している小さな黒い靄を持っていた魔石の入ったビンに集め取っていった。
「ドトル、あなたは思いが強かったのでしょう。あなたの周りではあなたの想いを利用しようと集まる者がいました。私はその存在を排除いたしました。そして、あなたの周りには確かに人がいます。冒険者達がここにいます」アンはビンの口を閉じながら声に応じる。
アンは口を封じたビンをベルトポーチに素早くしまった。
「冒険者か!よかった!俺も冒険者だ。フリート領のロスベルトって街で登録してそこから大陸を回っていた。助かった!やっと誰かに会えた… あんたは誰なんだい?助けてくれよ、ここから出たい、手を貸してくれ」ドトルが言う。
アンはドトルと名乗る声の説明をじっと聞いていてが一息ついた。
「冒険者ドトル、これからゆっくりと説明します、落ち着いて取り乱さず聞くと約束してください。意識が偏るように強くなるとあなたは意識を保てなくなるでしょう。私があなたを必ずそこから救い出すと約束するので先ずは私の話しを落ち着いて聞いてください」アンがやさしく語り掛ける。
「周りには冒険者がいると言ったな…あんたは違うのか?あんたは冒険者ではないのか?あんたは誰なんだ?…」ドトル。
「私は導き手となる者、とでも申しておきましょう」アン。
「… わかった。落ち着いて聞くよ。改めて言われると緊張するというか… なんか気持ちがざわつく感じだけど、とにかく今どうなっているのかさっぱりなんだよ」ドトル。
「結論から言いますわ… あなたは命を落としたのです。今は肉体を離れて魂のみの存在となって地上を彷徨っています」アンは説明する。
「… まさか… いや… やっぱり…か… お、俺… 死んでいるのか?死んでしまったのか?…」ドトル。
「ドトルや… しっかり気を落ち着けるのです。私の声を聞いてしっかりと落ち着いて考えるのですよ… 私はあなたの味方、導き手です」アンが言う。
「… あ、あぁ…だ、大丈夫だ。…いや、おかしいとは思ってた。記憶が全然ないし、最近では夜中に目覚めるようなことばかりだったし… 信じられんが…でも、その説明が一番納得いく気もする…俺も腐っても冒険者だ。何人も仲間を見送ってきた… 俺がそうなったとして不思議じゃねぇんだ… けど…こんな感じなのか…なんか…不思議な感じだ…」ドトル頻りに呟くようだ。
リリアはアリスの手を握りながら頻りに涙を拭っている。
「あなたは強い想いがあり、今の状態となっているはずです。わかるところまで現状を教えます。落ち着いてゆっくりと思い出してください。ここはルーダリア王国のリーヤという村です。あなたはしばらく前からゾンビと化していたのでしょう。村の近くで発見されましたが救える肉体が残っておらず…墓地に葬られたのです。夜通し何者かが墓地に出現しているという話しになり、私のような者がここに来たのです」アンは静かに語り掛ける。
「ちょっと待ってくれ… 色々… 色々ありすぎて混乱するよ… あっはっはぁ… 俺がゾンビだとか… さすがに… いや… 待てよ… ダニヤ王国の村からキシャスの地に渡って… そ、そうか… ルーダリアか… ルーダリアのリーヤはわからんが、確かにルーダリアの入国管理所を通過して… あぁ、国境だ!国境を越えたところで小競り合いが起きていたんだ。薪沿いになりたくない俺達は迂回して村を目指そうと森の小道を迂回したんだ、そしたらゾンビ群に襲われて… あぁ…俺も一緒にいた連中も死に物狂いで応戦したんだ… そうか…思い出したぞ… あの時だ…あぁ、俺も… 腐っても冒険者だなんて…本当に俺は腐った冒険者になっていたとはな… ははは… 気がついたらあっちもこっちもゾンビだらけ… 日は落ちて来るし山道は見失い皆散り散りになって… それでも俺はスタバを守りつつ… そうだ!!スタバ!スタバだ!!… はぅ!! あぁ!!…」
「ドトル!しっかりしなさい!私の声に集中するのです… 落ち着いて… ここで壊れてしまっては連中の餌食です。 …そうです… 気を落ち着けて…気を確かに… 私の言葉を一つ一つ聞きながら… 私は必ずあなたを最後に導きます。あなたは何かがあってこの地に漂っているのです。それを援助します。ですから落ち着いて…思い出すのです。そうです…落ち着いて… さぁ、続きを…」アン。
「… 落ち着いてきた… 大丈夫だ… 確かに俺はゾンビ群に襲われたんだ。落ちる夕日、山の斜面、覆いかぶさってくる影、俺達は樹々の間から現れるゾンビやスケルトン兵を倒しながらまだ夕日が当たる左手の斜面に向かって逃げたんだ。俺もスタバも必死になって逃げていた。だけどよ、一緒に国境を越えて来た連中もゾンビ群に飲み込まれ、斜面を転げ落ちる奴、倒木で足を折る奴… 気が付けば夕日の光が届くのはもう背後の山頂だけ、目の前は真っ暗な渓谷だけになってたぜ。もう目の前の渓谷を抜けるしか無くてな、気づけば俺とスタバだけになっていた… もう少し冷静でいたらな… ゾンビの数は減っていたけど、闇の中から、すぐ傍の樹々から今にもゾンビが出てくる気配が怖くてな、ランタンをつける事も忘れて必死に逃げていた。そしたらスタバがちょっと立ち止まって灯りを取ろうと… 俺もみっともないくらい慌てていたんだとその時に少し冷静になってな、その時に気が付いた。だいぶ斜面を下ってきて川の音が近いとな。とにかく川まで出て落ち着いて対応を考えようと思った時だ。何かに足をひっかけてな、転んで岩肌の斜面を転げて、途中で木にひっかかったんだ。俺は岩場と木の間に頭を逆さまにした変な恰好で引っ掛かっていて… 足は痛いし、肩と腕は変な隙間にはまったしで全然出れないんだ。スタバがランタンを手に俺がいる場所まで降りてきてくれたが… 胸のプレートが完全に落ちた勢いでハマっていて全然抜け出せないんだ。スタバも何度も斜面に足を取られながら俺をひっぱり出そうとするんだが… 俺がもしあの十歩手前で冷静になっていれれば… それから俺はスタバの手を借りながら必死になってアーマーを脱いだ。これがまた…頭が重いせいか、腕が挟まって自由が無いせいか全然脱げなくてねぇ… 気が付けば、俺達の気配に気が付いたゾンビがダラダラと斜面を落ちてきてな… 俺はようやくアーマーから抜け出せたんだが、ちょうど落ちて来たゾンビとスタバが… 俺達は落ちて来た奴を振り払うと持っていたポーション全てをガブ飲みして、覚悟を決めて斜面を下ったけどな… 俺もスタバも結局斜面を川そばまで転げ落ちてな… そこも…そこもゾンビだらけだった… 必死に抵抗したが先ずは俺が奴らに捕まり齧られ… あぁぁ…」ドトルは再び震え声をあげ始める。
「落ち着きないさい。話はわかりました。もう無理に話す必要はありません。スタバの事が気になるのですね?あなたは強く彼女の事を想っている。その想いがあなたを苦しめている…間違いはありませんね?」アンが言う。
「そうだ、俺達は最後まで離れなかった… だけど、そこからは記憶がほとんどなく、気がついたら夜な夜なこの墓地で目を覚ますようになっていた」ドトル。
「この地に葬られて浄化されてからある程度正常な思念が強く残ったのでしょう。もともとの体質等もございます。それとあなたのスタバへの想いが重なった結果です。しかし、今の形でこの地上に留まることは、あなたの魂が近いうちに腐っていくことを意味します。また、あなたのその強い想いに惹かれ、利用しようとする魂が集まってくるでしょう。それらもあなたも人に危害を及ぼす意思は無くても、一度我を失った意識は簡単に壊れていくものですよ」アンは優しく諭すように言う。
アンは言葉をかけながら手を翳して空を撫でるような仕草をみせた。
何となく漂っていた霧はアンの存在を認識したのか明らかにゆっくりとアンの方に接近してきた。
「あぁ…俺も仲間を失ってきた。恐らくあんた… あなたが正しい気がするよ。だけど…俺はスタバが…どうしても彼女が…」
「わかっております。スタバは恐らく、この地には眠っていないでしょう。この辺りにいるのであればとっくに出会えているはずです。私を信用して心静かにいれるのであれば出来る限りのお手伝いはするつもりです」
アンはドトルの言葉を遮って話しを続ける。
「約束するよ。約束する!万が一の時は俺をどうにでもしてくれ。だから、何とかスタバを探してくれ!た、頼むよ。あなたが救いなんだ」
「…わかりました。出来る限りで良いの、あなたとスタバ、二人の楽しかった時の思い出、スタバへの想いを念じてください。できれだけ強く…深く… 思い出を…二人の時間を…」
アンはドトルに声をかけながら少し感覚を空けるとアイテムを翳して呪文を唱えた。
アンの翳す腕、アイテムが鈍く渦を巻くように輝くと、ゆっくりと空中に放たれるように黒い霧を螺旋に包み込む。
「おぉ…これは…」
空を見上げていた村長が呟くように言葉を発した。
空中の霧は少しずつ形を取りながら、少しずつ色を取り戻すかのように徐々に姿を現す。
「こう言う魔法もあるのか…」村長は素直に目を丸くするような、少し緊張するような表情をして呟く。
「おぉ…これは… 見える、見えるぞ。フードを被ったあなたが…声の主?… それと、冒険者達がわかる」
ドトルの言葉にアンは静かに頷くとドトルの言葉に答える。
「あなたの想いにさらに力を少し与えました。あなたから我々が見えるように、我々からもあなたが見えるようになっています」
ドトルはアン、リリア達と、自分の腕、姿を見比べるようにしている。
鈍く光るバイザー付きのヘルメットを被っているが、顎髭の似合うがっしりとした骨格、厚いアーマー、逞しい腕。良く鍛えられた体型の持ち主の好青年の姿が形作られた。
リリア達は固唾をのんでドトルを見上げている。




