【449.5話】 燻る馬車と生存者
「ティグレの隊は周囲を見張って。あたし達で馬車と生存者確認するわよ」
リリアが指示を出すとリリア達は素早く馬車を囲んで輪を縮めていく。
ティグレ達は道や散開して森の中を警戒する。
「ゴブリンの仕業だな」ティグレ隊の誰かが言う。
周囲の痕跡、木や馬車に残っている矢の種類から見てもどうやらゴブリンの襲撃にあったようだ。
静かな森の中に馬車の燃え残りが燻るとブーツと鎧の金属音だけが耳に着く。
馬車は辛うじて車輪とシャシー部分が燃え残っているのみで、馬も外されて、積み荷は全て奪われた後のようだ。
「ダカット、周囲を見ていてよ」
リリアはダカットに警戒させながら矢を弓にかけて馬車を回り込む。
「う… うぅ…」
微かなうめき声を背後に聞いてリリアが振り返ると木陰に足が見えていた。
「生存者!生存者!やっぱりさっきの商人さんだよ!アリス!ルナ!」
リリアが声を上げる。
リリアが駆け寄ると先発した初老の馬車主と護衛が木に寄り掛かるようにしている。
「二人とも脈がある!」
リリアが声を上げると同時にアリスとルナが滑り込むように入ってきた。
「リリア、変わるわ。私がこちらの男性を診るからルナは護衛を診て… こっちは傷は大きいけど致命傷にはなってないわ。リリア、服を脱がせて…傷口を確かめるわよ… 水で傷口をあらって… 出血が多いけど、治療をして安静にしていたら問題無さそう。ルナの方は?」
「こっちも、傷は重大ではないみたい。慎重に矢を抜かないと…」
アリスとルナが男達を診る。
どうやら命に別状はないようだ。
「ゴ、ゴブリンだ… 突然道の両側から沸いてきて…」護衛の男が言う。
「状況の確認は後でしましょう。こちらは冒険者が十人以上いる。もうゴブリン達が戻って来ることもないわ。安心して今は治療に専念」
アリスが護衛の男をなだめる。
「こちらの男性はヒールをかけるわよ。そっちの方はリリアとルナで慎重に矢を抜いてあげてから治癒を始めて」
アリスが指示を出しながら馬車主にヒールの呪文を唱え始めた。
「に、荷物が… 荷物が…」馬車主は呟いている。
「とりあえず、旅の家族はティグレ達の馬車に移ってもらって、馬主のトールさんと護衛のロンドさんは、あたし達の馬車に乗ってもらって治癒しながら戻ろう」
アリスとルナである程度治癒が済んだら、後は車内で村に戻りながらヒールをすることになった。
トールと名乗る馬車主もロンドと名乗る護衛も出血が多いものの傷が完治するのは時間の問題のようだ。
しかし、荷物と馬車を失ったトールはかなり取り乱している。
「俺の全財産が!荷物が!必死に貯めて来た財産だったんだ!全部を失うだなんて…もうだめだ!俺は生きていけない!…あぁぁ!」
個人で商売をしている商人にとっては馬車や積み荷の損失は生活に直結するものだ。
このような場合、命が助かっても生計が立てられなくなってしまって…というケースもよくある。
「トールさん、保険は入っていませんでしたか?」コトロが尋ねる。
「入ってたよ…だけど保険を払うのも楽なことじゃないんだ。荷物も馬車も全額負担されない。それに保険が下りるまで三カ月以上かかることもあるだ。馬車も荷物も何もなくなった… 必死に貯めて来たんだ…この辺は戦争が終わって景気が上がってきてると聞いて、大きく商売を動かしていたんだ、もう終わりだよ… 保険が出るまで生活できやしない… うぅ…」
トールさんはボロボロと涙を流している。
「襲撃強盗にあったのは本当ですから、私達も書類に証言しますよ。所属の商人ギルドからも保証は多少でるはずです。たしかギルドや王国、街もこのような場合に生活保障金を一時はらって、保険が下りた時に返済する制度等があったはずです」コトロ。
「一時保障を貰うにはまず保険ギルドから盗難認定をだして貰う必要があるんだ。その認定が出るまでが長いんだよ。しかも出たところで生活が出来る最低限だよ。商売になるわけではない。何度も苦い思いをしながら今度こそとコツコツ貯めてきた財産が…」
トールの嘆きももっともだ、リリア達は何と声をかけたものかという思いだが、いつまでもここにいて日没を迎えるわけにもいかない。
「おっさん、いつまでも泣いていてもしかたないぜ、村まで戻らないと始まらん。切り替えも大事だぜ」ティグレ隊の誰かが言う。
「ちょっと!誰よ!黙っててよ!もともとあんた達が酔っぱらって動けなかったから護衛できなかっただよ!」リリアがそれを聞いて怒鳴り返す。
「予定通り次の村に向かっていれば… リーヤ村に変更したばかりに…」トールが嘆く。
「…今後の事は対応を考えましょう。とにかく村に戻って立て直しを考えましょう。私達も手伝うので、今は馬車に乗って治療に専念しましょう」
「待ってくれ…せめて馬車だけでも持って帰りたい。馬車がなくなったら商売あがったりだ」
リリア達はだんだんと夕暮れ近くなる森の中で未だに燻る馬車を眺める。
気持ちは痛いほどわかるが…
車輪とシャシー部分が残っているだけの状態。
「トールさん、残念ですが、この車体を持って帰っても…」
今度はペコが口を開きかけたがリリアが被せて言う。
「うん、わかった。ロープでつないで牽いて帰るよ。準備をするからトールさんとロンドさんは馬車に乗って休んで」
リリアは言うと馬車から長いロープをいくつか取り出し始めた。
「リリア、あなたが責任感じる事無いわよ。もし私達がトールさんの護衛をしていたら、旅の親子には出会っていなかっただろうし、親子が野垂れ死にしていたかも知れないのよ」
馬車を牽く準備をしながらオフェリアがリリアに言う。
「そうよ、それにこの状態じゃ買った方が早いし安いわよ。牽いて帰るなら日没までに村につけなくなるリスクが高まるし、正直に伝えて諦めた方が良いわよ」ペコもリリアに言う。
「そうです。気持ちは分かりますが、正直感情的に個人的な物事まで責任持つ必要はないです。事前に会話をしてしまってリリアがリーヤ村に向かうように誘ったのは確かですが、これは襲撃直後の現場に到着して二人の人命を救ったと考えればよい話なんですよ」コトロもリリアに言う。
「わかってるよ…だけど気の毒だし、これで本人が納得して村に向かう気になるなら、それでいいじゃない…」
リリアは言うとロープの一端と一端で馬車をつなぎ合わせている。
「牽いて帰るならしっかりと鎮火しないと危ないぜ」
ティグレ達は馬車に取り置きの水を燻る車体にかけ始めた。




