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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第8章 かぐや姫
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8-1

 桜子が朝顔の姫君に榊を譲られてから、三日三晩がすぎた。

 この三日間というもの、京都の町は雨が降りつづいた。山間部にある鞍馬では市内よりも雨脚が強く、鞍馬堂を訪れる客は、いつにもまして少なかった。

 だが、桜子にとっては充実した三日間だった。店内の大机のまえに座り、鞍馬堂の白い包装紙の表側に、源氏物語の場面を水彩色鉛筆で思うぞんぶんに描いたのだ。これまでの素っ気ない包装紙が、可憐な若紫餅を包むにふさわしいものになった。

 特別感を与える包装紙にしよう。手書きの絵を描きくわえるのはどうだろうか……。そういうアイデアを、悠斗が桜子と祖父母に提案したのだ。

「わしは餅を作るだけや。悠くんの思うとおりにしたらええで。さっちゃん、頼むわな」

 一治はそう言ったあと、春恵とうなずきあったのだった。


 月曜日の明け方に、ようやく雨が止んだ。桜子と悠斗が吉田神社へ出かけることにしていた当日である。

 ふたりが外出の身支度(みじたく)をおえて店先に姿を現すと、春恵がタターッとかけよってきた。春恵は桜子の両手を握り、上下に振った。

「さっきのお客さんが、さっちゃんの絵を喜んでくれはったえ」

 一新された包装紙の評判を伝える春恵の言葉に、桜子は口もとをゆるめた。

 桜子が悠斗の顔をうかがうと、悠斗もふりむき、ふたりの目が合った。切れ長の悠斗の目は、〈ありがとう〉と語っている。頼るだけでなく頼られる存在になったことが、桜子にはもっともうれしいことだった。桜子にとって鞍馬堂は、すっかり、気が置けない居場所になった。


「雨が上がって、ますます寒うなったから、風邪ひかんようにな。ここんとこ、ほんま、へんな天気やわ」

 気遣いの言葉をかける春恵に見送られ、桜子と悠斗は鞍馬駅へむかった。ふたりが駅へつづく丁字路を右におれて春恵の姿が見えなくなると、すぐに白スズメが桜子の左肩に留まった。

 冷たい雨がつづいたこの三日間、大陰は、日中(ひなか)はスズメ姿で桜子の部屋の窓手すりですごし、夜は、安倍晴明がいる地下洞窟で体を休めていた。

「今日は吉田神社へお詣りに行くんだよ。シロもいっしょに行く?」

 桜子の問いかけに、スズメは、

『チュン』

と鳴きながら、その両目をますます赤くした。


 桜子と悠斗は、京都大学のキャンパスで、はやめのランチをとることにした。正午まえに吉田神社へむかい、境内で、速仁が現れるの待つつもりだった。

 悠斗は、大学の正門横にあるカフェテラスに桜子を誘った。大学のシンボルであるクスノキの大木と時計台をまぢかに仰ぎ見ることができるので、悠斗のお気にいりの場所だ。

 桜子が椅子に座るとすぐに、スズメは桜子の肩から飛びさった。そして、テラスと時計台のあいだの広い空間をなんどか旋回したあと、クスノキの梢に身を隠した。

 ――今日はようやく晴れたが、それにしても、冷えこむな。羽毛をまとっていて、ちょうど良いくらいじゃ。なにか、よからぬことが天地で起きているのじゃろうか……。

 大陰は、不順な天候に気をもみながら、クスノキの枝葉のあいだから桜子の周囲に監視の目を光らせた。


 白スズメの目が、また赤みを増した。高田が正門に姿を現したのだ。

 高田は、悠斗と桜子がカフェのテラス席で談笑しているのを遠くから確認すると、顔をそむけて店内に入った。そして日替わりランチを注文した。

 運ばれてきたパスタに高田が手をつけようとしたとき、ガラス窓のむこうの桜子と悠斗が席を立った。桜子はクスノキにむかって手をふりながら、テラスから離れていく。

 高田はあわてた。ふたりのあとをすぐに追おうか、それとも、食べてからにしようか……。

 ――うまそうだし、一口だけ……。

 高田はスマートフォンの画面に目をやりながら、結局、ランチを全部たいらげた。


 悠斗たちから五分ほど遅れ、ようやく高田もカフェを出た。そして、スマートフォンの画面で悠斗の位置を確認しながら、ゆっくりと大学正門へむかった。

 スズメ姿の大陰は、高田が正門を通りぬけようとしたとき、クスノキの梢から時計台の屋上へ飛びうつり、その場で大型のハクタカに変化(へんげ)した。屋上からは、吉田神社が一望できる。ハクタカは頭毛を逆立て、鋭い眼光を高田に注いだ。大陰は、高田が桜子と悠斗のあとを追おうとすれば、力づくでもじゃまだてする覚悟だった。

 この吉田神社こそ、千年有余の昔、新帖の秘匿を寺社に祈願する紫式部が、最初に参詣した場所だったのだ。そのとき大陰は、ハクガンの姿で、式部を見守っていたのである。

 桜子が吉田神社で異界への扉を開き、新帖につながる品を得ることを大陰は願っていた。新帖の手がかりが隠されている異界の存在を高田に気取らせるのはまずい。ましてや、高田が桜子たちといっしょに異界に紛れこみでもすれば、だいじな品が高田の手に落ちるかもしれない。


 大陰が懸念していたとおり、高田は大学正門からまっすぐ吉田神社へむかっていく。

『ピイッー』

 ハクタカは、鋭い鳴き声をあげると、時計台から飛びたち、高田の背中をめがけて一直線に滑空した。一の鳥居をくぐるまえに高田を止めなければならない。晴明神社以外の寺社の境内は、式神の大陰にとって禁断の地なのだ。


『ピイッー』

 高田が、奇妙な声のした背後をふり返ると、目のまえにハクタカが迫っていた。

「うわぁぁ、フンはかんべんしろよ!」

 高田はあわてふためき、一目散に鳥居へ走った。

『ピピイッー』

 大陰もあせった。鳥居がすぐそこなのだ。


 ゴォォー

 とつぜん大風が吹いた。高田は、転がるようにして背をかがめた。するとハクタカは、突風に流され、高田の頭を越えて、まっすぐ鳥居へ突っこんだ。

 ピカッ、バキッ

 せん光と爆発音が、鳥居の真下で同時に起こった。


 高田は、おそるおそる立ちあがった。数メートルさきの地面で、白い小さな紙がチラチラと燃えている。

 また一陣の風が、地面を掃くように吹きぬけた。焼けのこった紙片は風に運ばれ、高田の視界から消えさった。

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