忠野家のペットな魔族
三月の初め忠野仁志はサラ・リリステレスと結婚した。
世にはジューンブライドなんて験担ぎみたいなものもあるけれど、俺は専門学校の卒業の翌日に式を挙げた。
それまでの課程で色んな事があったのだが、その大体が巻さんこと俺の補佐役である巻子真二郎さんと、サラさんの側近であるカルジンさんがとりまとめていた。
両者とも譲れないモノが多く。かなり激しい討論を繰り広げていた。巻さんなんて俺とそう変わらない実力しか無いのによくカルジンさんと渡り合っていたと尊敬必至だった。カルジンさんがその気になればその瞬間頭ボンだろうに。
巻さんとカルジンさんが活躍していた頃の俺はと言えば現実的に血を出す毎日でした。
サラさんが使える再生魔法がなければば普通にこの時を迎えちゃいなかった。
自分自身破裂するのが日常みたいな感覚になり出してて恐い。
そんなこんなあって俺達は結婚。初対面だった巻さんに紹介された都内にある一軒家を借りて日本人の生活を基本的なライフスタイルとすることになった。
新代ラスト・リリステレスのサラさんは自分の姿を公に晒さないことを決めた。
俺との新しい生活のためでもあるが、魔王の一般メディア露出はそんなに多くはない。俺が物心ついたときには既に先代色慾の魔王タァバサさんがメディアも肌も露出していたので気にもしていなかった。
一軒家の生活ではサラさんは魔王ではなく、一般の魔族女性として生活する。
サラさんが魔王だと世間に広まれば、俺達の生活は一般家庭のそれとは大きく異なるものとなるだろう。
日本政府の望みは色慾城を完全に日本の国土にすることだ。正確には日本国主体の合併をしたいのだ。
本音からすれば魔王の力を国の防衛力にしたいのだという。
現状でも色慾城は他国に対しての防衛力・牽制やくを担っている。
異世界人転移前はアメリカ合衆国がそれを担っていたらしいが、あの国は今それどころじゃない。
何より、転移前にコチラにちょっかい出してきた国らは現在強慾の魔王の領土となっている。
こちらにちょっかい出してくる構図は変わらないが、現状は魔王間での侵略は禁止らしく、実際は違うものの日本は色慾派閥の領土とカテゴライズされているため膠着状態、板挟みの中にあるとも言える。
カルジンさん達も日本側の願望は承知しているが、色慾城の中核であるヤクザからしてみればトップは魔王であることは絶対らしく。象徴天皇制である日本に入ることには反発された。
とはいえ、先代魔王と現天皇様は結構親しい仲である報道がワイドショーでもよく流れており、親族となった俺もそのことを聞くと「ちょっと働き過ぎよね~仕事大国の象徴みたいで可哀想だな~」とフレンドリーな心配をしていた事から日色はかなり友好的な関係のようである。隣国どころか内国状態なのでそうでなければやっていけないだろう。
サラさんも魔王を即位して数日後ラスト・リリステレスとして天皇様に挨拶に向かった。
それは殆ど密会に等しく、サラさんは天皇様を初めとした皇族数名と首相、外相、防衛相と言った人物以外と顔を合わせることなく短い挨拶を行ったらしい。
この前まで顔出しをしていたタァバサさんの代わりに色慾城の国政ではカルジンさんが顔を出すことになった。
元々政務はカルジンさんが纏めていたらしく、カメラを当てられることに若干抵抗を見せていたが主君であるサラさんの為に一肌脱いでくれている。
結婚式を出席したとき俺の友人や親族が色慾城の重役の存在に驚くかと思ったけれど、カルジンさんは擬態魔法なるものが使えた為結婚式中は全く違う人相の女性がラララーバラさんと歩いていたのは俺もびっくりした。
本人曰く「擬態は便利なのです」とのこと。何に使うんだよ。恐い、恐いよ。
つまるところ俺達は色んな人の努力、色んな人たちに迷惑をかけて今の生活を始めるに至った。
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「それなのに初夜でボンっ…とかなー」
もうあれから二日ほど経っているのだけれど、未だに現実から立ち直れない俺がいた。
俺達は新婚初夜にしてセックスレスになった。いや、厳密に言えばセックスレスではなくノーセックス夫婦とでも言うべきである。二十歳の男女が童貞処女を維持して夫婦生活とか、そんな頭のおかしい状況である。
心の中だからはっきり言ってしまおう。悪いのは妻である。サラさんである。色慾の魔王(笑)である!
男性器恐いとかなんですか?生娘甚だしいぞそれ?
それで身体破裂させられちゃったら夫の立場はない。
「とりあえず、性交渉は当分無しで良いのでは?」
色慾城に帰ったサラさんを迎えに行った際事情を把握したカルジンさんからそんな恐ろしい提案をされてしまった。其処にいた俺以外の誰もが満場一致。唯一の味方と思っていた巻さんも「日本政府としては穏便に」という愛国心溢れる裏切りをしてくれた次第である。
珍しく落ち込んだサラさんを見れば大きく反論も出来ない。今後サラさんには性教育を生活の中に取り入れながら時期を待つことに決まってしまった。
性教育と言っても決して厭らしい物ではない、小学校の高学年とかそれくらいの時に男女別れてやったアレである。なんで色慾を司る魔王が性教育してないんだよ?
と言った夫婦として一番重要な案件が長期的観測が必要なものになり、正直それと彼女の鎖骨が楽しみで仕方に俺にとって絶望を覚えるのに難くなかった。
それでも俺とサラさんは夫婦である。あの結婚式で誓ったようにいつ如何なる時もともに歩むのである。
大丈夫まだ鎖骨があるから!
「ダーリン、研ぐのこれくらいでいいかしら?」
ダイニングで寛いでいると対面式キッチンに立つサラさんが尋ねてくる。
「ほいほい」
俺は立ち上がり新妻の経つキッチンに向かう。
魔王だけあり、サラさんは家事全般をやったことがなかった。
まぁ俺も専業主婦の母親がいたので毎日家事をこなしていたわけじゃないが、基本的な事は出来る。
現在サラさんがやっていたのは米研ぎだ。元来米を主食とする日本人家庭。その妻となるなら当然覚えるべき作業である。
むしろ其処まで難しい作業でもない。大雑把に言えば米を水に付けてかき混ぜて綺麗にするだけの作業だ。
勿論それだけと甘く見てはいないが、やる分には包丁をもったり火を扱うよりは至極安全かつ簡単な作業と言わざるえない。
日本人家庭では主婦として生活すると決めたサラさんだったが、色慾城側で花嫁修業をさせる事になり、俺としては多くは望まず初夜明けの朝はご飯に味噌汁目玉焼きくらいは出されるだろうか?などと期待していたのだが、蓋を開ければ色慾城側で家事の勉強は一切して折らず、サラさんは「魔力を刃状に具現化できるようになった」と赤黒い魔力の刃を見せびらかせていた。
ちげーよ。バトル漫画じゃねーよ。主婦が使う刃ははさみとカッターと包丁ぐらいで十分だよ。
よくよく考えれば色慾の魔王がトップの色組という比較的ヤクザっぽい組織はそれこそ戦闘民族みたいな連中ばかりでカルジンさんが(どちらかといえば)良心的なポジションだった。そのカルジンさんが公務で忙しく他の連中がサラさんに花嫁修業なんてさせたらバトル漫画の修行にしかならないのは当然のことだった。いや、当然じゃねぇよ。
そもそも色慾城では家隷が家事を行っており、魔王であるサラさんに家のことをやらせるなど畏れ多い事なのだそうだ。
というわけで、現在四月の入社まで暇を弄ぶ俺が彼女に家事をレクチャーしている。
「ん、まぁいいんじゃないかな?」
研いで何度か水を捨て入れしたであろうボウルには白米が水に浸かっている。
俺も比較的普通の家庭に育ち、母の恩恵を受けたため家事が得意とまでは行かないけど最低限のことはできる。
サラさんは別段ドジっ子やら要領の悪いわけでもないので、教えれば普通に覚えてくれる。
「それじゃこれを炊飯器に入れようか」
「ええ」
大したことは全くしていないのだが、こうやって夫婦で作業するというのは感慨深いものがある。横目にみるとチラチラと鎖骨が見えてとても幸せだ。
俺達は数ある家庭プランの中から今の生活を選択した。俺は当初の予定通り四月から内定した中小企業の社員となる。
別段仕事がしたいわけじゃないけれど、小市民である俺は突然王族としてふんぞり返る生活をするに気が引けたのだ。
サラさんの立ち位置からしてお金の心配は皆無なのだが、男の安っぽいプライドとして養っているという自覚を持ちたかったのかも知れない。
サラさんに日本人の生活を体験して貰いたかったのもひとつある。蓋を開ければ世間知らずも度が越えていた。
何も知らずに日本滅ぼそうとしてたって先入観は本当に恐い。
「――それでこのボタンを押せばいいのね?」
「あぁ、一時間したら炊飯が始まってまた一時間くらいしたら炊けてるよ」
「なるほど、わかったわ。そこまで難しくないね」
「そうだね、最近の家電は便利だからな~。掃除も洗濯もしたしすこし寛ごう」
「えぇ。あ、お茶菓子出すんだよね?」
ご飯が炊ける頃にはお昼時だ。それまでゲームでもしながら二人のひとときを愉しもう。
そんなことを考えて板矢先だった。
家のインターホンが鳴る。
「これは…敵襲だっけ?」
「魔力出さないでお客が来ただけだよ」
リビングにあるモニターでインターホンに搭載されたカメラを確認する。
「あ、カルジンさん?」
「本当だ」
画面に映っていたのは女性擬態したカルジンさんと後ろに強面の魔族が数名何かいろんな資材をもって立っていた。
「何事?」
画面越しなのに今度はこっちが身構えてしまう。ただ挨拶に来たわけではなさそうだ。画面から見切れてわかりづらいけどなんか持ってるっぽい。
とは言えそのまま家の前にヤクザ面集団を放置するわけにも行かないので二人で玄関に向かう。
「どうも、いらっしゃい…」
玄関を開けてカルジンさん達を出迎える。
「サラ様、仁志様おはようございます。突然の訪問でもうしわけありません」
擬態という割には声も骨格も女性のそれとなっているカルジンさん。服装もレディーススーツをきっちり着こなしている。これで鎖骨が露出して美しかったら手に負えないぞ。
カルジンさんの口ぶりからみるに予定した訪問ではないらしい。後ろの連中が持っている資材、そしてモニター越しでは確認できなかったが、カルジンさんが持っている荷物が気になる。
「如何したのカルジン?」
「はい、忠野家に番犬を置くべきかと思いまして」
「は?番犬?」
カルジンさんの提案に俺が間抜けな声で聞き返す。
「はい、忠野家は日本政府が監視しているとは言え魔力による武力には対抗しきれない恐れがあります。その点我々の眷属であれば魔力に対しての対応は優秀なはずです。サラ様はともかく仁志様の防衛対策は多いことに越したことはないはずです」
「なるほど、それは確かに」
サラさんの夫になることになってから身の回りが若干恐く感じるようになった。
巻さん曰く、身の回りを警戒することは今の俺にとって良いことだという。
そう思えばカルジンさんの言うことはもっともだ。
「地球では動物を家で飼う風習が存在するそうで、異世界…魔族側では眷属や従魔といった使役仕方はありましたがペットなどという文化はなかったのですか。まぁ捕まえた人族で似たような事していたのですがね。ともかく郷に入っては郷に従えという言葉がこちらにあるので、こちらの眷属をペットとして置いてこの家を護衛させましょう。巻子さんにも了解を頂いてます」
…今さらっと異世界のダークな風習を聞いた気がするけど気のせいかな?気のせいだよね?
「な、なるほどーそれじゃその箱にいるのが?」
「えぇ、私がご用意した番犬です」
カルジンさんの手に持っていたのはドッグケージだったらしい。
手で持てるサイズと思うとそこまで大型犬でもないらしい。護衛力大丈夫?
どれどれ、今後俺を護ってくれる愛犬のお顔を拝見してみよう。
「…」
「…」
ケージを覗くと犬と目が合う。合ったのだがなんだろうか、何処かで見たことのある顔だった。というかこの犬っころ主人になる俺を滅茶苦茶睨んでるな。
睨んでるって言うかすんごい殺意籠もってるぞこれ?
「あれ、ラララーバラじゃない?」
「えぇ、ラララーバラですよ?」
「……え?ラララーバラ???」
「何を見ている下等生物」
同じくドッグケージの中を覗き込んだサラさんが聞き覚えのある名を呟き、カルジンさんが頷く。
……てか犬が喋ってるんですけど?
「ラララ…ラララーバラって、あのラララーバラさん?」
初対面で俺の首をかっ斬ろうとしたあのラララーバラさん?俺とサラさんの結婚を最後の最後までというか現在進行形で反対している獣人魔族のラララーバラさん?
「はい。そのラララーバラです。そいつを忠野家の番犬に置こうかと」
「え、いや、あれ?俺の知ってるラララーバラさんってもっと大きかったよね?」
会えば俺に牙を剥き今にも襲いかかってきそうなラララーバラさんは二メートルを軽く超え肩幅も広い獣人の大男だった。
しかし、ドッグケージにいる彼は俺の記憶とは似ても似つかない大きさに変わっている。顔は確かにそのままだけど、体格は可愛い可愛い小型犬だ。
「獣人は人型と獣型に化け分けれる個体がいるんだよ?」
サラさんが異世界の常識を教えてくれる。何でもありかっ!物量保存の法則どうしたよ!?
「ラララーバラかぁ、まぁいいんじゃない?」
「いやいや」
サラさんはなんてこと無いように納得していたが、ダメでしょ?ダメでしょこの犬は?番犬どころか狩猟犬じゃん。俺狙ってる側じゃん。見てよ、さっきから地味に魔力出して俺に嫌がらせしてくる。魔抗石付けてるから大丈夫だけど地味にちくちくする。
「仁志様への不満感こそありますが、サラ様の忠臣の中で荒事に向いています。単細胞で頑固なところもありますが、この家を護ることに身命を注ぐでしょう」
いやいやカルジンさん?最初の欠点が滅茶苦茶アウトじゃないですか?俺に不満感あったらダメでしょう?あんたそれ理解しながらの人選って。新郎側への配慮。
「お嬢とこの家はこのラララーバラが必ずや御守りいたします」
おーい、仁志様入ってないですけど?
ん~ダメだラララーバラさん百パーセント俺の害にしかならない。
ならば俺は笑顔で最善の行動をとるしかない。
「カルジンさん」
「なんでしょう?」
「チェンジで」
こんな狂犬を飼うなんて断固反対である。
俺は忠野仁志決断できる大黒柱である。
「……」
するとどうでしょう。ケージのワンちゃんは柵の前に立つと、短い前足を柵から出し、その足で器用に鍵を外すと。
「があああああああーっ!!!」
「ぎゃああああああああ!!!」
ドッグケージから飛び出し主人の俺に飛び込んできたのです。
「ぎゃあああああ番犬に殺されるううううううううう!!!」
噛みつかれてる、めっちゃ噛みつかれてる!!コイツちゃんと狂犬病注射とかしてるんだろうな!?
「ラララーバラやめなさい」
ラララーバラさんが俺の喉元に噛みつく寸前にカルジンさんが首根っこをつかんで持ち上げる。
その絵面は可愛いのだが、この犬滅茶苦茶俺の腕噛んだんですけど?
「仁志様、残念ですが現状ラララーバラ以上にこの家の番犬に適した者がおりません」
「うっそだー!そいつより適してる奴がいないわけがない」
「なんだとぅこの虫けらめがっ!」
俺の言葉に怒りを覚えたラララーバラさんが脚をバタつかせる。
「それが本当なのです。はっきり言いまして現在色組に属する獣人魔族は皆仁志様に殺意ないし敵意を向けております」
「えーっ……」
「寧ろ仁志様を良く思っている組の者は私の右手で数えられるほどしかおりません。名前を挙げましょうか?」
「あ、いえ結構です…」
マジかよ。聞きたくなかった。
「でも、こんなに敵視されてちゃ番犬もないでしょう?」
「えぇ、ご尤もです。それに関しては我々にも考えがあります」
「か、カルジンまて本当にやるのか?」
「「?」」
カルジンさんの言葉に強気だったラララーバラさんが焦り出す。
俺とサラさんは首を傾げる。
「ラララーバラ。これはサラ様の忠臣でありながら何時までもサラ様の御意志に反感を抱いている貴様への罰だ。仁志様コレを」
「はい?」
ラララーバラさんに威圧的な態度を見せたカルジンさんが俺に何かを渡す。
「…首輪?」
それは小型犬用の首輪のようだった。
「それをラララーバラの首に付けてください」
「え?」
カルジンさんの指示に俺はその首輪とラララーバラさんを見比べる。
「首輪をを?」
「はい」
「ラララーバラに?」
「がるるるるるるるるっ!」
「はい」
威嚇しとる、滅茶苦茶威嚇しとる。
「……」
「ふーっ!」
「……」
「ふーっ!」
手を近づけると面白いくらいに威嚇を強める。噛まれるだろコレ。
「や、サラさんが付けた方が…」
「それは【隷奴の首輪】といいまして、付けられた者は付けた者に危害を加えることができず、絶対服従――」
「おらあああっ!!」
「きゃんっ!」
カルジンさんの説明を聞き終えるより早く俺は自分でも信じられない速さでラララーバラに首輪を付ける。
「ぐるるるっ…おのれ…」
首輪を付けられたラララーバラさん、いやラララーバラは恨めしそうに俺を睨むが次第にその視線は大人しくなっていき、しっぽを振り出す。
「コレは反感が強ければ強いほど服従心が逆転的に強くなるのです。殺意を抱くほどなら心酔しているでしょう」
「ふふふ…、はは、はははははっ!ざまーないなぁ~駄犬が!!だははっははははは!!」
目の上のたんこぶだったラララーバラが俺に服従するなどと言われたら高笑いが止まらない。愉快痛快。ガハハハハ~っ!!
「は~いララちゃ~ん~お手~」
「……」
俺の差し出した右手にラララーバラの前足が乗る。
「あ~ははははははははっ!!」
どーしよ、笑いが止まらない!よーし、積年の恨みを遊び晴らしてくれるぞ~。
「ダーリンはおもしろいな~」
「それではサラ様、玄関の横にラララーバラの家を作りますので」
「はいはい」
俺がラララーバラと戯れている間にカルジンさんが連れてきた部下達が持ってきた資材で犬小屋を作り始めていた。
「暇な日は散歩つれてってやるからな~わははは~」
「おぼえてろよっ!」
こうして忠野家に新しい家族が加わった。




