第8話 秘められた真実とゲートへの道
「……よし、立ち止まっていても寒さで凍え死ぬだけだ。移動しよう」
のえるの提案に、ヴェノムとヴァイスも頷いた。
三人はバイオプラントの出口を目指し、薄暗い廊下へと足を踏み入れた。
廊下の天井からは時折、バチバチと火花が散り、予備電源の赤いランプがぼんやりと周囲を照らしている。完全に電力が死んでいるわけではないようだ。施設の一部機能は、非常用バッテリーか自動発電装置によって生きていた。
「まずは情報が欲しいな。ここがどこで、外がどうなっているのか。脱出ルートはあるのかどうか」
「同感ね。闇雲に地上を目指しても、南極の吹雪の中で途方に暮れるだけだわ」
ヴェノムが冷静に指摘する。
三人は慎重に廊下を進み、幾つかの部屋を探索した。途中にあった研究室や警備室は、どれも酷く荒らされていた。引き出しは全て引き抜かれ、ハードディスクは破壊され、重要な機器は持ち去られたか破壊されている。慌てて重要データを回収し、逃走した痕跡が明白だった。
だが、四つ目に入った大型の部屋――「中央資料管理室」と書かれたプレートが下がる部屋で、状況が変わった。
「ここは……資料室みたいだな」
ヴァイスがドアを押し開ける。
室内の床には、紙媒体のファイルや機密書類、砕けた光学ドライブが足の踏み場もないほど散らばっていた。電子データだけでなく、バックアップ用の物理書類まで管理していた部屋のようだ。研究員たちが混乱の中で資料を持ち出そうとし、途中で諦めて散らかしたのだろう。
「残った資料がないか探そう。手分けしてくれ」
三人は手分けして散らばる書類を拾い集め、奇跡的に壊れていなかった閲覧用端末に火を入れた。予備電源のおかげで、端末のモニタが鈍い光を放って立ち上がる。
「ヴェノム、端末へのダイレクト接続は可能か?」
「可能よ。端末の外部端子をこっちに。接触したらセキュリティをバイパスして、残留ログを抽出するわ」
ヴェノムは端末のポートに自分の指先を当てた。バイオ素子の肉体は、微弱な電気信号を介して直接機械と対話することができるようだ。瞬時にパスワードを解析し、暗号化されたプロテクトを破っていく。
「……出たわ。読み上げるわよ」
ヴェノムは画面に表示されたファイルを追う。のえるとヴァイスが後ろから覗き込んできた。
「やっぱり、ここは南極にある米軍の極密基地……『ディープ・フリーズ拠点』ね。そして、私たちがいたバイオプラントは、その地下最深部……地下600メートルに位置しているみたい」
「地下600メートル……ずいぶん深くに作ったもんだな。いったい何を隠していたのやら?」
のえるの問いに応えるように、ヴェノムは次のファイルを開いた。そこに記載されていたプロジェクト名と概要を見て、息をのむ。
「……なんだこれ。『プロジェクト・オデッセイ』……? おいおい、嘘だろ……貸してみろ」
「どうしたの、のえる?」
「……ここに書かれていることによるとさ。この基地が作られた最大の理由は、この地下最深部で発見された『特異点』……つまり、異世界に続く『ゲート』を秘匿・調査するためだったらしい」
「……は?」
ヴァイスが思わず素っ頓狂な声を上げた。
「異世界……? ゲートだって? おいおい、そんなファンタジーみたいな話があるわけ……」
「私も信じがたいが、米軍の極秘最高機密レベルのファイルにそう書いてあるんだから仕方ない。元々、南極の氷床下数千メートルで謎の空間歪曲空間が発見された。アメリカ政府はその事実を完全に隠蔽し、ゲートの真上にこの巨大基地を建設した……ってわけ」
のえるは画面をスクロールさせ、さらに奥の被験者記録を読み進める。
「で……おそらくだが、そのゲートの先――つまり『異世界』の環境調査、および探索・攻略チームとして生み出されたのが、私たち改造人間(適合者)だったみたいだな」
「私たちが……異世界探索用の生体兵器、ね」
ヴェノムが冷ややかな笑みを浮かべた。自嘲気味ではあるが、どこか納得したような表情だ。
「超人的な身体能力、魔法(魔力)の保持、AIによる思考補助、強化された肉体……。地球の環境ではなく、未知の過酷な環境で生き残り、戦闘を行うためのスペックだと考えれば、合点がいくわ」
「そういうことか……。俺たちがモルモットにされた理由は、異世界突入のためだったのか」
ヴァイスが自分の大きな拳を見つめながら呟く。
資料によると、2033年に発生したAIの暴走によって地球上の軍事チェーンが崩壊した際、この基地の司令官はゲートの封印を維持しつつ地上へ撤退を試みたが、途中で混乱が生じ、被験者カプセルを放置したまま基地全体が密鎖されたらしい。
地上は今、暴走AIと崩壊した文明、そして極寒の南極の吹雪という地獄だ。
地上へ逃げたところで、暖を取る場所もなければ、文明の助けも得られない可能性が高い。
「……さて、現状は把握できた」
のえるは端末から手を離し、二人の顔を見回した。
ピンク色の瞳に、どこか悪戯っぽい、そして冒険心を滾らせたような光が宿る。
「地上に出ても暴走した軍事AIあちこちにいてて、氷点下何十度の吹雪だ。装備も食料も心許ない状態で地上を目指すのは、かなりリスクが高い」
「じゃあ、どうするつもり?」
ヴェノムが尋ねる。のえるはニヤリと口角を上げた。
「決まってるっしょ。せっかくだし――その『ゲート』を目指しますか!」
「……本気か? ゲートの向こうに何があるかも分からないんだぞ?」
ヴァイスが驚いたように目を見開くが、のえるは胸を張って言い放った。
「何があるか分からないから面白いんじゃないか。それに、私たちをわざわざこんな体にしてまで送り込もうとしてた場所だ。地上でAIの無人機に追い回されるよりは、100倍面白そうな世界が広がってるんじゃないかな」
ヴェノムは一瞬呆れたように肩をすくめたが、すぐに口元を緩めた。
「ふふ……いいわね。地上で犬死にするよりは、未知の異世界に殴り込む方が私好みだわ」
「……まったく、二人とも肝が据わってるな」
ヴァイスも苦笑しながら、アサルトライフルをしっかりと握り直した。
「分かったよ。俺も付き合う。元々、元の世界に未練なんて大してなかったしな」
「決まりだな! 目指すは最下層のゲート室だ!」
のえるはダボついた迷彩服の袖を軽くまくりあげ、アサルトライフルを構え直した。
覚醒したばかりの三人の適合者は、廃墟と化したバイオプラントの暗闇を突き抜け、さらなる地下深く――未知なる異世界へと繋がる「特異点」を目指して、力強く歩み始めた。




