第32話 街道の襲撃
青空の下に整備されたアルセリア王国の主要街道を、のえる、ロザリス、ダリアの一行は軽快な足取りで進んでいた。王都での政治交渉や面倒事を控えているとは思えないほど、道中の空気は比較的穏やかだった。バイオ素子で再構築されたのえるの肉体は長旅の疲労を一切感じさせず、ダリアも周囲の警戒を怠りながらもスムーズに歩みを進めている。
しかし、その平穏は突然破られた。
「――きゃあぁぁっ! 護衛を立てろ、魔物だッ!!」
前方から、男の絶叫と女の悲鳴、そして馬車の車輪が激しく軋む音が聞こえてきた。
のえるたちが急ぎ足で木々の切れ目を抜けると、そこには凄惨な光景が広がっていた。王都へ向かう途中だったと思われる商人の馬車列が、突如として現れた凶暴な魔物の群れに襲撃されていたのだ。
街道を取り囲んでいるのは、牙を剥き出しにした狼型の魔物『ワイルド・ファング』、そして一際巨大な体躯を持ち、異様な外骨格を纏った『オーガ・ハウンド』の混成群だった。商人を守るべき護衛隊の男たちはすでに何人かが地面に倒れ込み、残った者たちも恐怖に顔を引きつらせながら必死に剣を振るっているが、数と圧倒的な質量の差の前に、防衛線は崩壊寸前だった。
「――っ! 商人の護衛隊がやられてる!」
ロザリスが青い瞳を大きく見開き、悲鳴のような声を上げた。
ダリアは瞬時に腰から長弓を抜き、鋭い眼光で戦場全体を睨みつける。
「ただの野良の群れではないな……。統率されている。あの中心にいる、一回り大きい個体が指揮をとっているぞ」
ダリアが指し示した先には、群れの奥で不気味に赤黒い眼を光らせ、低く唸り声を上げながら部下たちに指示を送るような動きを見せる特異な個体――『オーガ・ハウンドの指揮個体』が陣取っていた。ただ力任せに暴れているのではなく、人間の護衛隊の死角を突くように群れを巧妙に誘導している。
「なるほど、厄介なタイプだね。……よし、役割分担で行くよ!」
のえるは一瞬で戦闘モードへと切り替え、腰の折り畳み式クロスボウを展開し構えた。
それは、本来なら王都への持ち込みを避けるために古代遺跡へ隠した近代火器に変わり、道中で必要性を感じ、のえるがさらに改良を加えて連射式にした秘密兵器である。
『――戦闘シミュレーション開始。前方敵性個体の弾道計算、完了しました』
脳内でAI回路が冷徹なアナウンスを響かせる。
「いくよ……! 前方は私に任せて!」
のえるが踏み込み、矢を掃射した。
タタタタタタタタタタンッ!!
乾いた、しかし圧倒的な高音が街道の空気を引き裂いた。
のえるの華奢な両腕は、凄まじい反動をミリ単位のブレすらなく抑え込んでいる。脳内AIによる軌道予測と、バイオ素子の超人的な反射神経が組み合わさった射撃は、ただの乱れ撃ちではない。
放たれた矢は、突撃してくる狼型の魔物『ワイルド・ファング』たちの急所を正確に穿ち、次々と地面へと叩き落としていった。
「なっ……あんな小さな少女が、あんな凄まじい武器を……!?」
生き残っていた護衛隊の男が、その圧倒的な制圧射撃に度肝を抜かれてへたり込んだ。
のえるの正面制圧によって、魔物の群れの勢いは止められ、正面からの突破口は見事に塞がれた。
「さすがはのえるだな。……ならば、私の仕事はあちらか」
ダリアはのえるが作り出した正面の混乱と隙間を利用し、音もなく街道わきの森林の影へと身を滑り込ませた。
彼女の目的は、群れの混乱に乗じて背後や側面から部隊を統率している「指揮個体」を狙撃することだ。
ダークエルフとしての隠密能力を極限まで高め、ダリアは気配を断ちながら木の枝へと飛び乗る。
「逃がさないよ」
ダリアが構えた長弓の矢には、彼女自身の濃密な魔力が纏わせられ、黒い光を帯びて禍々しく輝いていた。
人間の武器では硬い外骨格に弾かれてしまう相手でも、魔力を凝縮したダリアの精密射撃であれば、魔法耐性のない装甲など紙のように貫通できる。
シュウッ!!
空気を切り裂く音とともに、光の矢が側面の木陰から放たれた。
一直線に飛翔した矢は、群れの指示を出していた『オーガ・ハウンドの指揮個体』の左目を射抜き、脳天まで深く突き刺さった。
「ギャオオオオッ……!?」
指揮官を失った魔物の群れは、一瞬にして統率を失い、パニックに陥って右往左往し始めた。指示系統が崩壊したことで、個体ごとの勝手な動きになり、脅威度は一気に半減する。
「今だ! 動きが止まった!」
前方を制圧し続けていたのえるが、残弾を確認しながら周囲の状況を把握する。
しかし、戦闘の激化によって、すでに数人の護衛隊員が魔物の牙や爪に引き裂かれ、出血多量で地面に倒れ伏していた。
「みんな、下がって! 怪我人を診るよ!」
その声とともに、戦場の空気がふわりと温かな光に包まれた。
ロザリスが素早く負傷した護衛たちのそばへと駆け寄っていたのだ。彼女は現在、人間の街に入るために自身の翼や竜の尻尾を体内に隠し、魔力をあえて制限している状態だったが、それでも持ち前の高い治癒魔法の腕前は健在だった。
『――光よ、傷ついた命を包み込み、痛みを癒やせ。【セイント・ヒール】!』
ロザリスの両手から溢れ出た優しい聖なる光が、倒れていた護衛隊員たちの深い傷口を瞬く間に覆っていく。引き裂かれた皮膚が繋がり、失われかけていた生命力がみるみるうちに回復していくのを見た護衛たちは、あまりの奇跡に目を見開いた。
「うそ……嘘だろ……あんな重傷が一瞬で……?」
「ありがたい……光の女神様だ……!」
負傷者たちが次々と息を吹き返し、自力で立ち上がれるようになっていく。前線で戦闘を継続する必要がなくなったことで、護衛隊の全滅という最悪の結末は回避された。
前方を圧倒的な射撃と演算で制圧し尽くす、司令塔としてのえる。
側面から死角を突いて敵の指揮官を正確に撃ち抜き、戦局を根底からひっくり返すダリア。
そして、後方で素早く負傷者を救助し、パーティーの継戦能力を維持するロザリス。
敵の奇襲という突発的な危機の中で、三人の少女たちは言葉を交わさずともコンビネーションを発揮し、瞬く間に魔物の群れを壊滅へと追い込んでいった。
最後に残った数匹の雑魚魔物は、混乱のあまり森の奥へと逃げ出していく。
静けさを取り戻した街道には、獣の血なまぐさい匂いと、ロザリスの魔法による清らかな余韻だけが残されていた。
「ふう……これくらいなら、準備運動にもならないね」
のえるは連射式クロスボウの使い心地に満足そうに微笑んだ。
ダリアが音もなく木の上から飛び降り、軽やかな着地をきめながら歩いてくる。
「見事な連携だったな、のえる。私の出番を奪う勢いの制圧力だったぞ」
『みんな怪我はない? よかったぁ……すごく危なかったけど、無事にみんなを治せて安心したよ!』
ロザリスがパタパタと駆け寄り、のえるの腕にぎゅっとしがみついた。
(これよ、癒やされる〜)
生き残った商人と護衛隊の男たちは、目の前で起きた出来事が信じられないといった様子で、ぽかんと口を開けたまま三人の少女たちを見つめていた。あんな若い、しかも可憐な少女たちがあっという間に凶悪な魔物の群れを沈黙させてしまったのだから、無理もないことだった。
「お、お前たち……いったい何者なんだ……? 助けてくれて、本当にありがとう……!」
代表らしき男が深々と頭を下げて感謝の言葉を述べる。
のえるは軽く手を振って笑ってみせた。
「いいよ、通りすがりの親切な冒険者だからね。それよりも、街道のあちこちでこんな魔物の襲撃が増えてるみたいだから、王都までの道のりは気をつけてね」
「あ、ああ! 分かった……!」
商人の一団を見送り、のえるたちは再び王都セレスティアへ続く街道へと足を向けた。
今回の戦闘を通じて、三人の間には言葉以上の確固たる信頼関係と、実戦における見事な「役割分担」が明確に形作られた。それぞれの得意分野を最大限に活かし、どんな困難をも突破していくその姿は、まさに盤石のパーティーそのものだった。
トラブルを鮮やかに乗り越えた三人の足取りは軽く、彼女たちの旅はいよいよ王国の中枢――王都セレスティアの巨大な城門へと近づいていくのだった。




