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鋼鉄の美少女  作者: のえみん
第3章 覚醒
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第31話 ダリアの告白

 王都セレスティアへの出発を翌日に控え、ガルシア領の拠点に用意された宿泊棟の一室。窓の外には夜の帳が下り、静まり返った街の明かりがぽつりぽつりと灯っている。旅立ちの荷造りを進めるのえるやロザリスの傍らで、ダリアは一人、窓枠に手をかけながら複雑な表情で夜空を見上げていた。


 その背中からは、いつもの冷静で凛とした佇まいとは異なり、どこか言いようのない重苦しい影が漂っている。


「……どうかしたの、ダリア?」


 手を止めたのえるが、心配そうに声をかけた。

 ロザリスもまた、片付けの手を止めてダークエルフの女性を振り返る。


『ダリアさん、さっきからずっと難しい顔をしているけど……何か心配事でもあるの?』


 ダリアは小さく息を吐き出し、ゆっくりと二人のほうへ向き直った。その紫色の瞳には、隠しきれない躊躇と、過去の呪縛に囚われたような揺らぎが浮かんでいた。


「のえる、ロザリス……。出発の前に、君たちに伝えておかなければならないことがある」


 ダリアは覚悟を決めたように、重い口を開いた。


「私たちがこれから向かう、アルセリア王国の首都――王都セレスティア。そして、その中枢に座する『王立騎士団』……。実はその組織こそ、かつて私が所属し、そして自らの意志で泥を被って飛び出した場所なのだ」


「えっ……?」


 ロザリスが目を丸くし、驚きの声を上げた。


『ダリアさんが、王立騎士団に……!?』


「ああ」


 ダリアは自嘲気味に唇を歪めた。


「私は元々、ダークエルフという種族の出身だ。人間や他の種族との間に根深い歴史的対立がある中で、自分の剣の腕と実力だけで這い上がり、あの王立騎士団で『騎士団長』という立場にまで上り詰めた。だが……組織の内部は、外から見えるほど綺麗なものじゃなかった」


 ダリアの言葉には、かつて組織の中で彼女が味わった深い絶望と疲弊の色が滲んでいた。

 王国の中枢である王立騎士団は、一見すると国の守護者として誇り高く正義を体現しているように見える。しかしその実態は、人間中心の政治体制や古い因習、そして異種族に対する根強い偏見が渦巻く巨大な柵の檻だった。同族であるダークエルフたちが不当な扱いを受けたり、辺境で虐げられたりしていても、組織はそれを「必要悪」として黙殺するか、むしろ助長するような空気ですらあったという。


「私は、同族への偏見を放置し、保身と権力争いに明け暮れる組織のあり方に耐えられなかった。……そして私は騎士団を捨て、すべてを投げ出して逃げ出したのだ。私をよく思っていなかった者たちからは『組織を裏切った異端者』として扱われ、今でも手配書こそ出ていないものの、かつての同僚や上層部にとって、私は不都合な過去の亡霊にすぎない」


 ダリアは自らの両手を見つめ、苦しげに拳を握りしめた。


「王都に戻るということは、そのかつての古い仲間たちや、私を追う立場にあった者たちと再会するリスクを孕むということだ。……もし私がかつて所属していた騎士団の者に見つかれば、面倒な詮索を受けるだけでなく、君たちの旅路にも余計な火の粉が降りかかるかもしれない。最悪の場合、私一人の過去のせいで、のえるたちの足かせになることだって……」


 そこまで言いかけて、ダリアはぐっと言葉を飲み込んだ。

 彼女がこれまで自分の過去を頑なに語らなかったのは、単に思い出したくなかったからだけではない。のえるやロザリスという大切な仲間たちを、自分の個人的な因縁や政治的なトラブルに巻き込みたくないという、彼女なりの強い配慮からだった。


 部屋の中に、重い沈黙が落ちる。

 パチパチと室内の魔導ランプが微かに音を立てるだけだった。


 だが、その沈黙を破ったのは、のえるの軽やかで、しかし確かな芯のある声だった。


「なんだ、そんなことか」


 のえるはクスッと笑いながら、ダリアの目の前まで歩歩み寄った。

 そのピンク色の瞳は、疑念も恐れも無く、ただ真っ直ぐにダリアの瞳を捉えていた。


「のえる……?」


「ダリア、あなたはバカだな。そんなことで一人で悩んでたわけ?」


「バカとはなんだ、私は真剣に……」


「真剣だからこそバカって言ってるのよ!」


 のえるは呆れたように肩をすくめると、小さく息をついてから、ダリアの肩に両手をポンと置いた。


『脳内AI回路、生体・感情データの解析完了。対象ダリアのストレス値、極めて高値。心理的防衛反応を確認』


 ――脳内のAIが静かに告げる中、のえるは自分の言葉でしっかりと想いを伝えた。


「聞いてよ、ダリア。私たちがここまで一緒に旅をして、生死を共にしてきたのはどうして? あなたが過去にどんな組織にいて、どんな肩書を持っていて、誰に追われてようがそんなの今の私たちに関係ある?」


「……しかし、それは……」


「関係ない。絶対にないよ」


 のえるは言葉を遮り、さらに強い口調で言い放った。


「私はね、過去の経歴とか、どこの組織に所属していたかなんてどうでもいいの。今、目の前にいる『ダリア』という人間が信頼できる仲間かどうかがすべてだもん。それをさ、過去に何があったからって、それを理由に仲間を見捨てるような薄情な真似、私がすると思う?」


「のえる……」


 ダリアの胸が、熱いもので満たされていくのを感じた。

 ロザリスもまた、心配そうな表情を解き、ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべてダリアの手をそっと握りしめた。


『そうなの、ダリアさん! 私たちはみんな仲間だもん。過去がどうあれ、今のダリアさんが私たちの大切な友達で、頼もしい相棒であることに変わりはないよ!』


 ダリアの喉がキュッと締め付けられた。

 これまで一人で背負い込み、誰も分かってくれないと思っていた過去の重荷が、この二人のまっすぐな温もりによって、スッと軽くなっていくような気がした。組織の冷酷さに絶望し、人間も異種族も信じられなくなっていた彼女の凍てついた心に、のえるたちの優しさが染み入っていく。


「……君たちは、本当に……どこまでもお人好しだな」


 ダリアはこぼれそうになる涙を隠すように、ふっと自嘲気味に、しかし心からの安堵を込めて笑った。


「まさか、年下の少女たちにこうやって励まされるとはね……私の負けだ。これ以上、自分の過去を言い訳にして弱音を吐くのはやめにしよう」


「そうこなくっちゃ!」


 のえるは満足そうに頷き、腰に下げたボウガンの手入れ用クロスを放り投げた。


「過去がどうとか、追う者がどうとか言うなら、返り討ちにしてやればいいでしょ。私たちには、この世界の物理法則を無視した錬金術と、最強の魔法があるんだからね!」


『うん! 私たちがついているから、何も心配いらないよ!』


 ダリアは深く息を吸い込み、迷いの消えた紫色の瞳で二人を見据えた。


「ああ、頼もしいことだ。……よし、決めた。私はもう過去の亡霊におびえたりしない。かつての組織がどう出ようと、私は私の意志で、今の仲間たちと共に歩む」


 こうして、ダリアの胸の内にあった蟠りは氷解した。

 だが、彼女が抱えていた過去の因縁は、単なる個人的な感傷にとどまらない。王都セレスティアに足を踏み入れるということは、王国の中枢に巣食う闇、そしてかつての同僚たちや、ダークエルフの同族を巡るさらなる大きなうねりの中へと自分から飛び込むことを意味していた。


 ダリアの過去の告白は、単なる秘密の共有ではなく、これから彼女たちが挑む王都編、ひいてはこの世界全体の運命を揺るがす戦いにおいて、見逃すことのできない重大な「主軸の一つ」として組み込まれていく。


 窓の外の夜空には、二つの世界を繋ぐ運命の星々が、冷たく、しかし鮮烈な光を放ちながら輝いていた。

 過去のしがらみを振り切り、覚悟を新たにした三人の少女たちは、いよいよ明日に迫った王都セレスティアへの出発に向けて、静かな闘志を胸に眠りにつくのだった。


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