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鋼鉄の美少女  作者: のえみん
第3章 覚醒
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第30話 王都行きの準備

 ガルシア領主邸の会議室の中には、緊張を孕んだ静寂が漂っていた。

 木の机を挟んで腰掛けるのは、この地を治める領主ガルシア、そしてその向かい側に陣取るのは、異世界の少女――のえるである。彼女の傍らには、神聖な気配を湛えたロザリスと、静かに気配を断つダークエルフのダリアが控え、室内の空気を引き締めていた。


「――つまり、だ」


 ガルシアは髭を蓄えた厳めしい顔をさらにしかめ、手元に置かれた一枚の羊皮紙から視線を上げた。その瞳には、隠しきれない困惑と焦燥の色が宿っている。


「北部一帯の遺跡群で観測された魔力の暴走、そして、普段は凶暴化しないはずの魔物たちが人里へ押し寄せている異変……これらはすべて、単なる自然現象や局地的なトラブルではないと、そう言うのだな、のえる殿」


 ガルシアの声には、一国の領主としての重みと、広がりゆく危機に対する切実さが滲み出ていた。


 のえるは腕を組み、軽く息をついた。

 身にまとっているのは、サバイバルや戦闘を経て少しずつ馴染んできた機能的な衣服だ。その小柄で可憐な容姿とは裏腹に、彼女の脳内では高精度なAI回路が稼働し、これまでに収集した魔力ノイズのデータや地脈の乱れに関するシミュレーション結果を冷静に処理している。


「ええ、間違いないよ、ガルシアさん」


 のえるは澄んだピンク色の瞳をまっすぐに向け、ハッキリとした口調で答えた。


「私たちが実際に遺跡や現場を回って確認したけど、あちこちで魔力の流れが根本から狂っている。例えるなら、巨大な機械の歯車が噛み合わせを誤って、全体が摩擦で熱を持っているような状態だね。このまま放置しておけば、被害はこの領地内だけにとどまらず、王国全域、いや、この世界のインフラ全体にまで波及しかねない規模のトラブルに発展する可能性が高いよ」


 のえるの言葉に、ロザリスが心配そうに眉を下げた。


『のえるの言う通りなの……。森の動物たちや精霊たちも、いつもとおかしいの。みんな怯えていたり、急に攻撃的になっていたりして……このままだと、自然のバランスが取り返しのつかないことになっちゃうかもしれない』


 ロザリスの切実な訴えに、ガルシアは重々しく頷いた。彼女が天翼族と竜人族の血を引く特別な存在であり、魔力の流れに対する感度が人一倍優れていることは、これまでの調査ですでに証明されている。


 さらに、ダリアが冷静なトーンで補足した。


「私の見立てでも状況は深刻です。すでにいくつかの街道は魔物の活発化によって寸断されかけており、行商人や旅人たちの被害も増えています。現場の治安維持だけでは、もはやこの異変の根本的な解決には至りません」


 ダリアの引き締まった表情と、元・王立騎士団としての確かな洞察力は、ガルシアにさらなる信憑性を与えていた。


 ガルシアは深く息を吐き出し、机の上に置いた両手を強く握り締めた。


「……分かった。君たちの見解、そして集めてくれたデータの重みは十分に理解した。……だがね、のえる殿。問題は、この情報をどう扱うかなのだ」


「どう扱うって……?」


 のえるが首を傾げると、ガルシアは苦渋に満ちた表情を浮かべて説明を続けた。


「我が領地だけでこの異変に対処しようにも、もはや動かせる兵力や予算には限界がある。それに、魔力の乱れの原因が何であるのか、その根本的なメカニズムは我が領の学者たちには到底理解できん。この事態を公表し、王国全軍を動かして国家規模の対策を講じなければ、取り返しのつかない事態になるのは明白だ」


「なるほどね。つまり、ウチの領地だけじゃ手に負えないから、国全体を巻き込もうってわけね」


 のえるは額に手を当て、小さくため息をついた。


 脳内のAI回路が、直ちに政治的リスクの予測をポップアップさせる。


 ――『警告:王国の王都中央政庁への情報持ち込みおよび直接介入は、貴族間の権力闘争、予算の配分を巡る足の引っ張り合い、および未知の技術・能力に対する排斥運動などの「政治的摩擦」を引き起こす確率:91.4%』


(ほらね、やっぱりそうなる。面倒なことこの上ないね……)


 のえるにとって、王都や貴族社会というのは最も関わりたくない場所の一つだった。


 過去の記憶や社会経験からも、権力者たちがうごめく場所にはロクなことがないと相場が決まっている。自分のような「出自のよく分からない異端の存在」が、突然重大な魔力異変の証拠などを持ち込めば、面白半分に利用しようとする者や、警戒して排除しようとする者でごった返すのは目に見えていた。政治的な駆け引き、不毛な弁論、利権の奪い合い――想像しただけで頭が痛くなる。


 しかし、のえるはそこで思考を止めなかった。

 脳裏によぎったのは、あの日の地下通路で散っていったヴァイスの姿であり、目の前で命を散らした若者たちの絶望だった。


(私が面倒だからって、この情報を抱え込んで隠蔽したとするでしょ? その結果、魔力の暴走がさらに広がって、私の知らないところで何万人もの人たちが犠牲になったり、街が壊滅したりしたら……結局、巡り巡って私の生活圏もめちゃくちゃにされる。それに、何より……)


 のえるは自身の両手をそっと見つめた。

 バイオ素子で再構築されたこの強靭な肉体と、AI演算補助、そして魔導錬金術という圧倒的な力。それらは、ただ自分が生き残るためだけに与えられたものではない。大切な仲間を守り、この世界で確実に生き抜くための力だ。被害が広がるのを黙ってみているような真似は、のえるのプライドが許さなかった。


 のえるは顔を上げ、ガルシアをまっすぐに見据えた。


「……面倒な政治交渉になるのは目に見えてるけどさ。それでも、私たちが得た情報をここで隠し持っていたって、被害が拡大するだけだよね。広がってからじゃ遅いし、打てる手は早めに打っといた方がいい」


 のえるのその言葉に、ガルシアの目がパッと見開かれた。


「のえる殿……! それでは、王都へ直接赴くことを引き受けてくれるかね!?」


「逃げても後から面倒事がこっちに飛んできそうだしね。それに、この異変の裏には、もしかしたら私たちが追っている『別の問題』も絡んでいるかもしれないからさ」


 のえるは不敵に、しかしどこか吹っ切れたような笑みを浮かべて見せた。


 ガルシアは思わずといった様子で立ち上がり、深く頭を下げた。


「感謝する、のえる殿! 領主として、そしてこの地に生きる者として、君たちのその決断に心より敬意を表する。……王都セレスティアへの直訴、および国王陛下への直接報告のための正式な紹介状と通行証は、私の方ですぐに用意させよう」


「よろしく頼むよ。できるだけスムーズに済ませたいものだけどね」


「うむ。王都には、我が旧知の者や、腕の立つ者たちもいる。無駄な横槍が入らぬよう、私からも裏回しをしておこう」


 王都行きが正式に決定した瞬間だった。

 会議室の窓から吹く風が、少しだけ冷たく、しかし新たな旅立ちの予感を運んでくるようだった。


「さて、と……」


 のえるは席から立ち上がり、背筋を軽く伸ばした。


「王都に行くとなれば、それなりの準備が必要だね。ロザリス、ダリア、行くよ。面倒くさい貴族どもをギャフンと言わせるための準備と、道中の買い出しを済ませちゃおうか」


『うん! のえる、どこへでもついていくよ!』


 ロザリスが明るく頷き、笑顔を見せる。

 ダリアもまた、静かに頷いて腰の武器の固定具合を確認した。


「ああ、王都の空気は久しぶりだが……どう転ぼうと、私はお前の盾となり矢となろう」


 のえるは仲間たちの心強い言葉に小さく頷くと、テントの出口へと歩みを進めた。

 背負った折り畳み式のボウガンと、体内に宿るAI・魔導回路が微かに共鳴する。

 平穏な森の日々から一転、物語は一気に王国の中心、そして世界規模の陰謀と謎がうごめく「王都セレスティア」へと大きく動き出そうとしていた。

 少女たちの影が、夕暮れの光に長く伸びていく。それは、新たな戦いと運命の幕開けを告げる、静かなるプロローグであった。

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