第28話 覚醒する竜の威光と受け継がれる意志
「ガルルルル……ッ!!」
ロザリスの口から、人間のものではない威厳に満ちた咆哮が轟いた。
彼女の背中から、眩いばかりの光を放つ巨大な美しい翼が解き放たれる。身体が光の粒子に包まれ、その姿は気高き「光の竜」へと変化を遂げていった。
ドーム状の大広間が、ロザリスが放つ圧倒的な神聖な光によって黄金色に染まり上がる。
立ち上がったミスリルゴーレムが、その巨大な腕を振り下ろそうとした瞬間——光の竜となったロザリスが顎を開いた。
「——ッ!!!!」
言葉にならない超高エネルギーの「光のブレス」が、ロザリスの口元から一直線に放たれた。
ズドドドドドドドオン——ッ!!!
眩掩する光芒線が大広間を貫く。太陽の表面温度にも匹敵するかのような超高熱と聖なる魔力の奔流が、ミスリルゴーレムの巨躯を真っ正面から呑み込んだ。あれほど頑丈で、どんな物理攻撃も跳ね返すと思われたミスリル装甲が、一瞬にして赤熱し、液体化し、そして超高熱のガスとなって「蒸発」していった。
衝撃波が収まり、光が収束すると、そこには跡形もなく消え去ったゴーレムの姿と、ガラス状に溶けた石の床だけが残されていた。
「すご……い……」
のえるは言葉を失っていた。
光の竜から元の少女の姿へと戻ったロザリスは、荒い息をつきながらその場にへたり込んだ。全身から汗を流し、酷く疲弊している様子だ。
「はぁ……はぁ……のえる……私、やったよ……」
「ロザリス! 大丈夫!?」
のえるは慌てて駆け寄り、ロザリスの体を支えた。
「う、うん……。でも、これ……すっごく疲れる……。こんな広い場所じゃないと周りを巻き込んじゃうし……頻繁には使えないよ……」
「十分すぎるよ! よく頑張ったね、ロザリス」
のえるは安堵の息をつきながら、彼女の頭を優しく撫でた。驚異的な威力を誇る「竜化」だが、相応の代償と制限があるようだ。乱用はできない決戦兵器と言えるだろう。
しかし、安堵したのも束の間。のえるのAI回路が、さらなる異常事態を察知した。
『警告:遺跡最深部より、未計測の「高エネルギー反応」を検知。空間位相に深刻な「歪み」を確認』
「高エネルギー反応……? 歪み……?」
のえるはロザリスを抱え直すと、ゴーレムが守っていた祭壇の奥、さらに地下へと続く秘密の隠し扉が姿を現した。ゴーレムを倒した事が原因だろう。一行は視線を向けた。空気の振動が明らかに異質だ。まるで現実の空間に亀裂が入っているかのような、不気味な圧迫感が肌を刺す。
「行ってみよう……何があるのか、確かめないと」
一行は隠し階段を下り、遺跡の最奥部に存在する「制御室」と思われる小部屋へと到達した。
そこには、怪しく明滅する巨大な結晶体と、空間がねじ曲がったかのような黒い亀裂(次元の歪み)が存在していた。
のえるたちが部屋に足を踏み入れむと、突然、中央の結晶体が青い光を放ち、空中に鮮明な「ホログラム映像」を投射し始めた。古代の超高度な技術によって記録された立体映像だ。
そこに映し出されたのは、白衣を着た古代の技術者と、彼の周りで楽しそうに走り回る一人の小さな「幼い少女(主人)」の姿だった。
『記録再生:セクター07……起動……』
音声ノイズと共に、機械的な、しかしどこか優しさを帯びた音声が制御室内に響き渡る。
映像の中で、かつてこのゴーレムや遺跡を創り上げた古代の技師は、幼い主人に向けて温かい笑みを注いでいた。ゴーレムはただの兵器ではなく、幼い主人を守り、彼女と遊ぶために創られた「心を持つ守護者」だったのだ。膝をすりむいた少女に寄り添い、優しく抱き上げる青白いゴーレムの姿。そこには、数千年の時を超えた「温かい思い出」が刻まれていた。
『……長く暗い夜が明ける。幼き主人よ、汝の眠りは安らかであれ……』
映像の中のゴーレムは、少女が天寿を全うして眠りについた後も、ずっとこの場所で主人の遺志を守り続けていたのだった。
しかし、映像は乱れ、ノイズが混ざり始める。
『……異変を検知。遠き異空(表世界)より漏れ出せし「歪み」が、世界脈を侵食……自我回路の崩壊を確認……我は……暴走する……』
映像内のゴーレムは、最期にのえるたちの方へと視線を向けたように見えた。
『新たなる訪れし者たちよ……どうか、この歪みをとどめてくれ……世界の未来を……汝らに託す……』
温かな光と共に、ホログラム映像は静かに消えていった。古代の記憶を伝え終えた防衛システムは、全ての機能を停止し、穏やかな静寂へと入ったのだった。
「……そっか。あのゴーレムも、最初から暴れたくて暴れてたんじゃないんだね」
のえるは胸が締め付けられるような切なさを感じた。
そして、ゴーレムが蒸発した祭壇の跡地には、一つだけ消えずに残された「青く輝く球体」が転がっていた。
「ねえ、これ……何? 蒸発したミスリルゴーレムの跡に残ってたんだけど」
のえるがそれを拾い上げると、ずっしりとした重みと共に、暖かな魔力の温もりが伝わってきた。
「それは……『コア』だよ、のえる」
ロザリスが少し回復した声で教えてくれた。
「コアって……なに?」
「ゴーレムの心臓みたいなものだよ。膨大な魔力が凝縮されて固まった『魔力の塊』なの。これがあるから、ゴーレムは命を持たないのに動き続けることができるんだよ」
のえるは青く輝くコアをじっと見つめた。
そして、先ほど映像で見た古代技術者の言葉、そして領主ガルシアが語っていた「異変」の意味を脳内で反芻した。
(領主様が言っていた『世界のバランスが崩れている』っていうのは……これのことだったんだ)
脳内のAI回路が、冷徹なデータ分析結果をのえるの意識に提示する。
『解析完了:表世界(地球)における「超高度AIの暴走」およびエネルギー実験の失敗により、表世界と裏世界を隔てる次元障壁に亀裂が発生。その影響で表世界の負のエネルギーや次元の歪みが裏世界へと流入し、世界の魔力バランス(マナ・フィールド)を大きく狂わせています。本遺跡のゴーレム暴走は、その歪みによるシステム障害が原因と断定されます』
「……表世界のAI暴走のせいで、この世界(裏世界)にまで被害が出てたなんて……」
のえるは唇を噛み締めた。
自分がなぜ南極の基地で目覚め、強化人間となり、この世界へ飛ばされてきたのか。その背景には、表世界で起きた巨大な災厄と、二つの世界を揺るがす「世界の均衡崩壊」が深く関わっているのだ。
(私がこの世界で生きる意味……ただ平穏に暮らすだけじゃ済まないのかもしれない。表世界と裏世界、両方の歪みをなんとかしないと、この美しいファンタジーの世界まで壊れちゃう)
のえるはミスリルゴーレムのコアを大事にポーチへと収めると、仲間たちに向かって頷いた。
「真相が少しだけ見えてきたね。……よし、まずは街に戻って、領主様に報告しよう。このコアも見せて、何が起きているのかを伝えなきゃ」
「うん!」
古代の記憶が眠る静寂の遺跡を後にし、のえるたちは再び陽の光が差し込む地表へと向かって歩き出した。
その背中には、世界の運命という大きな使命と、新たな希望が静かに宿っていた。




