第27話 遠征準備と未知の金属
領主ガルシアからの要請を受け、のえるたちは古代遺跡への遠征に向けた準備を開始した。
「数日分の野営装備に保存食、それと水袋の補給よし……っと」
冒険者ギルドの売店や街の商店街を巡り、必要な資材を手際よく買い揃えていく。のえるの身体はバイオ素子による強化人間機構で構築されているため、疲労や空腹に対する耐性は人間のそれを遥かに凌駕している。しかし、一緒に旅をする仲間たちの体調管理や、人間として社会に溶け込むためのカモフラージュとしても、しっかりとした準備を怠るわけにはいかなかった。
(出発前に宿屋で準備を済ませておこう)
街の東門を抜け、一行は目的の古代遺跡へと向けて出発した。
街道を外れ、鬱蒼と茂る原生林と険しい山道を歩むこと数日。文明の気配が薄れ、空気が次第に重く冷たいものへと変化していくのをのえるは肌で感じていた。彼女の拡張視覚センサーは、大気中に漂う「マナ」と呼ばれるエネルギーの濃度が、北へ進むにつれて異常なまでに高まっていることをデータとして捉えていた。
「この先か……」
木々の隙間から、鬱蒼とした森に半ば飲み込まれた古びた石造りの建造物が姿を現した。長年の風雨に晒され、苔や蔦で覆われた巨大な石柱群と、地中へと続く重厚なアーチ状の入口。それが目的の古代遺跡であった。
のえるは立ち止まり、視覚センサーの倍率を上げて周囲の様子を観察した。
「……おかしいな。領主の話じゃ、ゴーレムが遺跡の外まで出てきて暴れ回ってるって話だったけど」
遺跡の入り口付近には、足跡一つ動くものの気配すらない。静寂がただ周囲を包み込んでおり、風が木々を揺らす音だけが耳に届く。
「周辺に潜んでいるのかな? それとも、一旦内部へ戻ったのか……」
センサーの熱源探知および動体検知を広域展開してみたが、地表付近には危険な反応は見当たらなかった。
「うーん、外で待ってても拉致が明かないね。中に進んでみよう」
のえるたちは武器を構え、警戒を怠らないようにしながら遺跡の暗がりへと足を踏み入れた。
内部はひんやりとした湿った空気が満ちており、足音が静かに響き渡る。この遺跡は数百年前から冒険者や学者たちによって調査され尽くしており、壁面の浮き彫りや装飾の類はすでに風化しているか、価値のあるものは持ち去られた後だった。特段目新しい宝や仕掛けが残されているわけでもなく、ただの無機質な石の回廊が続いている。
長くて暗い地下通路を数分ほど進むと、突如として視界が開けた。
そこは、天井が遥か高くまで吹き抜けになった巨大なドーム状の大広間だった。かつては儀式や集会に使われていたのであろうか、広場の中心には円形の祭壇のような構造物がある。
そして、その祭壇の前に——「それ」は鎮座していた。
「……ついに見つけた」
のえるは息をのんだ。
広間の中央に佇むのは、体長4メートルを超す巨躯を持つ人型の建造物——ゴーレムだ。
しかし、一般的な土や石で出来た泥人形のようなゴーレムとは明らかに一線を画していた。その表面は、光を滑らかに反射する「青白く輝く美しい金属」で隙間なく覆われていたのだ。継ぎ目のない流線型の装甲、不気味なほどに静謐な佇まい。
「綺麗な金属……。でも、私の知っている鋼鉄やチタン、炭素繊維の複合素材とも違う。なんだろう、あの青白い光沢は……?」
のえるの疑問に応えるように、ダリアが驚愕の声を発した。
「あれは……ミスリルじゃないか!?」
「えっ? ミスリル……?」
のえるは目を丸くした。
「ファンタジーキターーーーーーッ!!」
思わず叫んでしまった。ファンタジー小説やゲームの中でしか聞いたことがなかった伝説の稀少金属「ミスリル」。実物を目の当たりにし、のえるの中のオタク心が激しく揺さぶられる。
(うわぁ、本物のミスリルだ! すごい、本当に青白く光ってる……! っていうか、あんな高価で頑丈そうな金属で全身を装甲されたゴーレムって、どんだけ贅沢なの!?)
さらに、のえるの頭の中に突拍子もない妄想が膨らんでいく。
(えっ、待って。あの金属でゴーレムが作れるなら……私でも自分でミスリル製のゴーレムを作って、中に乗り込んで操縦したりできないのかな!? 巨大ロボットに乗ってファンタジー世界を駆け巡るの、男の夢……じゃなくて、ロマンじゃない!?)
一瞬、テンションが最高潮に達しかけたのえるだったが、すぐに現実へと引き戻された。
(……いやいや、流石に無理かー。そもそもあれを動かす動力源が何なのかも分からないしね)
のえるは首を振って妄想を吹き飛ばすと、目の前の現実に視線を戻した。ミスリルゴーレムの頭部にある一ツ目が、不気味な赤い光を宿してジワリと輝き始めていた。こちらを敵対存在として認識した証拠だ。
ゴゴゴゴゴ……
重厚な金属音が響き渡り、巨大な巨躯が立ち上がる。
のえるは自身の装備を確認し、顔を曇らせた。
(待って……私、今アサルトライフル持ってきてないじゃん! 表世界の近代兵器がない状態で、あのミスリルで固められたバケモノにダメージ入るの……!?)
「あれは、私の武器では傷一つつけられないだろう」
と、ダリアは言った。
おそらくは私の槍や生身で殴りかかったところで、あの伝説の金属を貫通できるとは到底思えない。絶体絶命の緊張感が漂った、その時だった。
のえるの脳内に構築された「魔術回路」が、突如として激しい熱を帯び始めた。
『警告:脳内魔術回路に未知の外部信号が流入。古代遺跡地下のコア・リアクターと共鳴現象が発生中——』
「くっ……!? あ、頭が……熱い……!?」
のえるが頭を押さえて膝をついた瞬間、彼女の背後に控えていた少女・ロザリスの身に異変が起きた。
ロザリスの全身から、圧倒的な密度の魔力が溢れ出し、遺跡の大気を激しく震わせ始めたのだ。遺跡深部に眠る古代のリアクターが放出する高濃度マナと、のえるの魔術回路、そしてロザリスの中に眠る太古の血脈がトリガーとなり、奇跡的な共鳴を引き起こしたのだった。
ロザリスの瞳が金色に輝き、彼女の内に秘められた力——がついに覚醒の時を迎えた。




