第20話 地竜の巣窟と鋼鉄の連射音
山脈の麓にぽっかりと開いた、巨大な漆黒の洞窟。
一歩足を踏み入れれば、陽の光は途絶え、湿った冷気と、耐え難い腐臭が立ち込めていた。
「ここだ……。この奥に、地竜が潜んでいる」
ダリアが長剣を抜き、低く静かな声で告げる。
その横顔には、二度目の死線をくぐる覚悟と、先ほどまでの絶望を振り払った鋭い剣士の顔があった。
洞窟の壁面には、ランタンの灯りに照らされて不気味な影が浮かび上がる。
進むにつれて、足元に転がるものの数が増えていった。
押し潰された銀色の兜、へし折れた槍、そして血の海に横たわる兵士たちの物言わぬ遺体。
「……酷い……」
ロザリスが口元を押さえ、痛ましさに目を背ける。
のえるは無言で唇を噛み締めた。
過去の記憶、そしてバイオプラントで目覚めてから見てきた数々の死。目の前で守れなかった命の光景が脳裏をよぎる。
(二度と……自分の無力さで誰かを死なせたくない。勝てる装備と計算があるなら、確実に叩き潰す……!)
『——警告:前方百メートル地点に極めて高密度の生命反応および魔力反応を検知。巨大質量生物が接近中——』
脳内AIの無機質な音声がのえるの視界に警告を赤く明滅させる。
グォォォォォォオオオン……!!
洞窟全体を震わせる地鳴りのような咆哮。
奥の闇から、ぬっと現れたのは——悪夢を具現化したような巨獣だった。
体長は十メートルを超え、翼を持たない代わりに極太の四肢と、岩盤のように重厚な黒鉄色の鱗が全身を覆っている。血走った黄色い瞳が、侵入者であるのえるたちを睨みつけた。
『地竜』。
「来ます……! ロザリス、のえる、下がって!!」
ダリアが地を蹴り、鋭い突進とともに長剣を地竜の首元へ打ち込んだ。
ガキィィィン!!
火花が激しく散り散りになる。だが、渾身の一撃は地竜の硬質な鱗に阻まれ、刃は傷一つ付けられずに弾き返された。
グォォン!
地竜が巨木のような尾を横なぎに振るう。
「くっ……!」
ダリアは咄嗟に剣で受け止めたが、圧倒的な質量差に吹き飛ばされ、洞窟の岩壁へ激しく叩きつけられた。
「ダリアさん! 『ライトニングバレット』!」
ロザリスが空中から蒼い雷撃の弾丸を撃ち込む。
ドカァン!と爆発が弾けたが、地竜はうっとうしそうに頭を振るだけで、皮膚がわずかに焦げた程度だった。自然魔法のエネルギーすら、その強靭な魔導耐性の皮膚によって半減されているのだ。
「ダメ……魔法が効かないよ!」
「落ち着け、ロザリス! どんな硬い装甲にも、必ず継ぎ目と弱点がある!」
のえるはアサルトライフルを構え、安全装置を解除した。
脳内AIが即座に地竜の全身をミリ単位でスキャンし、ワイヤーフレーム構造の3Dモデルをのえるの視覚へオーバーレイ表示する。
『——スキャン完了。全体装甲厚:極厚。有効打撃可能部位:右眼球、および首根っこの鱗の重複部分(隙間約1.2センチ)——』
「見つけた……!」
のえるは引き金を引いた。
タタタタタタタタタンッ!!
洞窟内に響き渡る、異世界の住人たちが誰も聞いたことのない連続射撃音。
錬成された5.56mmフルメタルジャケット弾が、超音速で地竜の顔面へ叩きつけられる。
ギャァァァオオン!?
不意の連続衝撃に地竜がのけ反り、咆哮を上げた。
弾丸は極厚の頭蓋の鱗までは貫通できないものの、圧倒的な運動エネルギーが巨獣の体勢を大きく崩す。
「ダリアさん! 今だ、右へ飛べ!」
「な、なんだ今の音と衝撃は……!? だが、理解した!」
ダリアは持ち前の敏捷性を活かし、地竜の死角となる右側へ跳躍。
地竜がのえるの連続射撃に気を取られている隙に、その右眼へ向けて短剣を突き刺した。
グギャァァァァァッ!!
右目を潰された地竜が狂乱し、巨体を乱暴に振り回して洞窟の天井を崩し始める。落石が降り注ぎ、視界が土煙で遮られた。
「ロザリス、アイスラスで落石を逸らせ! ダリアさんは足を狙え!」
「わかった」
のえるは冷静に指示を出しつつ、アサルトライフルのマガジンを素早く交換した。
次の一発に、自らの持つ魔法性能を全て注ぎ込む。
(——【魔力付与】! 貫通力極限強化! 弾頭硬度超増幅!)
のえるの手元で、アサルトライフルの薬室に装填された一発の弾丸が、禍々しいまでの青紫色の光を放ち始める。
さらに、狂乱してのえるへと突進してくる地竜に対し、のえるは一歩も引かずに銃口を固定した。
(——【念動力】! 弾道干渉、空気抵抗ゼロ補正! ターゲット:首根っこの装甲の隙間!)
十メートル、五メートル、三メートル——。
地竜の巨大な顎が、のえるを噛み砕こうと眼前に迫る。
「喰らい……やがれぇぇぇっ!!」
ダンッ!!
一際高い全自動小銃の射撃音が洞窟を切り裂いた。
魔力で超強化され、念動力でピンポイントに誘導された一発の弾丸は、地竜の首根っこにある僅か1.2センチの鱗の隙間へと寸分違わず着弾した。
ズドッ……チュドォォォォン!!
弾丸は装甲をやすやすと破り、地竜の体内深くへと侵入。内部の肉と内臓をズタズタに破壊しながら暴れ狂った。
「グ……ガ……ッ……!?」
地竜は突進の勢いのまま横転、黄色い瞳から光が消えていった。
ドシャァァァァン!!と重厚な音を立てて、巨獣の身体が洞窟の石畳の上に崩れ落ちる。
静寂が、洞窟を包み込んだ。
硝煙の匂いの中、のえるはゆっくりと銃口を下げ、息を吐き出した。
「……討伐……完了」
ダリアとロザリスは、崩れ落ちた巨獣と、その手前に立つ小さな迷彩服の少女を、言葉を失って見つめていた。




