第2話 土煙に蠢く殺意
出撃からおよそ三分。
開けた地平の向こう側から、巨大な土煙の帯が迫ってくるのを視界に捉えられた。
頑丈なキャタピラの無人重戦車群——『ヒュドラ』の尖兵、四十機。
生物的な感情の一片すら持ち合わせず、ただ眼前に現れた人間とその兵器を効率的に殺戮することだけをプログラミングされた、鉄と砲身の怪物たちである。
「機体AI、敵影のカウントと配置の更新を維持しろ」
『了解。敵無人戦車四十機、前方四千メートル地点で乱雑に展開中。照準レーザーの照射を検知しました』
直後、敵群の先頭に立つ戦車たちが一斉にその一二〇ミリの砲身をのえるの機体へと向けた。
「マスター。敵の砲撃が来ます」
機体AIが淡々と警告を発する。
「……わかっている」
のえるは一瞬だけ目を閉じ、脳奥に眠る特殊な処理能力へと意識を意識的に集中させた。
——『脳内演算補助回路、アクセス要求。敵の砲弾軌道および回避ベクトルの瞬時算出を命令』——
言葉には出さず、脳内の神経系を通じて思考命令コマンドを送る。
この回路は、のえるが自発的に演算を依頼した時、あるいは死線に直結する突発的な危機が発生した緊急時のみ稼働する、純粋なデータ処理システムである。脳内で親しく喋りかけてくるような情緒的な対話機能など存在しない。ただ、圧倒的な速度で解を叩き出す冷徹な思考エンジンである。
次の瞬間、のえるの脳内に鮮やかな網目状のホログラムデータが重なって展開された。
赤く点滅する数十本の弾道予測線。そして、その間を縫うように表示される、青い最小抵抗の回避ルート数値。
ズドォォォォォンッ!!
平原の空気が破裂した。
射程距離に入った十数機の無人戦車から放たれた一二〇ミリ徹甲弾、そして重機関砲の掃射が、空を黒く埋め尽くしながら押し寄せる。
「見え見えなんだよ!」
のえるは『NOEL-X-02』の操縦桿を疾風のごとく捌き、背部にマウントされた高出力ブースターを瞬間噴射させた。
ドババッ!
全高8メートルの機体が、滑るような低姿勢ダッシュから一転、右斜め前へと鋭くステップを踏む。
直前までNOEL-X-02が踏みしめていた大地に、数十発の砲弾が突き刺さり、爆炎と赤土の巨大な噴柱が立ち昇った。
「なっ……!? あのスピードで、敵の集中砲火を全部かわしたのか!?」
通信越しに、部下のパイロットの声がひっくり返る。
「驚いている暇があったら足を動かせ! 私の機体にヘイトが集まっている! 敵の砲塔がこっちを向いている間に、側面から叩け!」
鮮烈なシアンブルーとピンクの機体色は、自動目標識別を行う無人機のセンサーにとって、格好の「最優先攻撃対象」として認識される。
それこそが、のえるの狙いだった。
のえるは右腕にマウントされたアサルトライフルを構え、走行しながら敵の右翼へと躍り出た。
「演算回路、最適照準データのオーバーレイ」
脳内に一瞬で敵戦車の弱点位置——装甲の継ぎ目と弾薬庫の座標が緑色のサークルとして投射される。
ドッ、ドッ、ドッ!!
NOEL-X-02のアサルトライフルの光弾が、滑走する動きを一切止めないまま、正確に三機の無人戦車を射抜いた。
超高熱の光線が装甲を易々と溶かし、内部の動力を破壊。ドカンッ! ドカンッ! と連鎖的な大爆発が巻き起こり、敵の陣列に大きな穴が開く。
「隊長に続けーっ!」
「左右から回り込め!」
MANTIS-03の5機が、のえるが作り出した隙を突いて果敢に突入する。
実体弾のアサルトライフルを叩き込み、混乱する敵戦車を次々と撃破していった。
戦況は完全にこちらのペースに思えた。
だが、のえるの眼光はより一層鋭さを増していた。
「三号機! 右前方の敵、砲塔は潰したが履帯が生きてるぞ! 撃破確認を怠るな!」
『えっ……!?』
言われたパイロットが慌てて照準を戻した瞬間、大破したように見えた無人戦車の砲塔が三号機へと向いた。
「コンマ一秒の慢心が命取りになると言ったはずだ!」
のえるの機体が地表を滑るように割り込み、腕内部にマウントしていた投擲用ダガーを左上で掴み、そのまま近距離で投擲。衝突と同時に爆風がNOEL-X-02の装甲を揺らしたが、痛打には至らない。
『す、すみません、隊長……!』
「謝るな、撃て! コンマ一秒の慢心が命取りになる! 叩き込め!」
のえるは厳しく怒鳴りつける。
「いいかお前たち! いくら私たちが作ったこのVESPAが強いと言ったって、無敵のバリアを持ってるわけじゃない! 戦車の本気の一二〇ミリ砲の直撃だけで、装甲なんて簡単にぶち破られて中の人間は即死だ! 絶対に死ぬな! 生きて帰るまでが戦いだぞ!」
のえるは容赦ない声で叱咤しながら、次なる獲物へと機体を旋回させた。
『『『了解っ!!!』』』
部下たちの声に緊張感が戻る。
そう、これはゲームの戦闘画面ではない。一度死ねば、セーブデータからやり直すことなどできない、現実の戦場なのだから。
のえるはかつて、過酷な崩壊の世界を生き延びてきた。
泥をすすり、硝煙を吸い込み、仲間が鉄くずのように破裂する瞬間を何度も見てきた。だからこそ、自分の部下にそんな思いは絶対にさせたくなかったのだ
「残数、十五! このまま押し切るぞ!」




