第1話 赤土の叫びと鮮血の機体
西暦二〇四六年。
赤土の泥と乾いた砂塵が吹き荒れる不毛の平原。かつて広大な農地が広がっていたとされるその地平の先に、巨大なコンクリートと鋼鉄の防壁が延々と続いていた。
その防壁の背後には、かろうじて生き残った数十万の人間が身を寄せる大規模居住区が存在する。そして、防壁から前方へ十キロメートル突出した平地の一角に設置された武骨な前哨基地——それが、フロンティアインダストリー所属の第7前線セクターであった。
ここは、暴走した無人兵器群——人類を絶滅へ追い込もうとする自律型AI『ヒュドラ』の占領地域と、人類の暮らす町とを隔てる最後の防衛線だった。
基地の重厚な装甲天井に取り付けられた警報灯が、赤と橙の光を交互に放ちながら激しく回転を始める。
空気を震わせる重低音のサイレンとともに、ハンガー内に配置された全周スピーカーから、緊張に引きつったオペレーターの音声が響き渡った。
『警報発令、警報発令! 東北東の平原より多数の接近反応を検知! 識別シグナル、暴走AI『ヒュドラ』傘下の自律型無人戦車部隊!』
『距離十四キロ! 侵攻速度時速七十五キロ! 個体数、およそ四十! 当セクターを経由し、後方の居住区防壁を目指して直進中!』
「おいおい、四十か……またぞろぞろ湧いて出やがったなゴキブリどもめ。あいつら、どこにそんな予備の製造ラインを隠し持ってやがるんだ」
薄暗い格納庫の中央、鉄骨で組まれた整備用キャットウォークの上で、のえるは腰の拳銃ホルダーのバックルを締め直しながら吐き捨てた。
小柄で引き締まった体躯。両サイドの結び目と肩を超えたあたりで揃えられた鮮やかなピンクがかった青髪にピンクの瞳。17歳前後の容姿の可憐な少女である彼女は、フロンティア・インダストリー前線部隊の指揮官であった。
のえるが視線を向けた先には、全高およそ8メートルほどの、金属の質感を剥き出しにした人型兵器——VESPAが鎮座していた。
全高8メートルというサイズは、建造物の残骸が密集する市街地や低木林でも高い破砕力と俊敏性を両立できる、現行の人類技術における最適の兵器サイズであった。
そして、その中でものえるの愛機である『NOEL-X-02』の存在感はあまりにも異質だった。
周囲に並ぶ汎用機が赤土の泥に溶け込むダークグレーの迷彩塗料で覆われているのに対し、のえるの機体は、隠密性をあえて完全に無視した鮮烈なシアンブルーをベースに、眩しいピンクのラインが幾何学模様を描くという、強烈な色彩を身に纏っていたのである。
「機体AI、起動。システムチェックを並行して行え」
のえるが機体の脚部から垂れ下がった昇降用ワイヤーを掴み、一気にコクピットへと滑り込みながら命じた。
『了解いたしました、のえる中佐。機体システム『NOEL-X-02』、起動シークエンスへ移行します。各部油圧、アクチュエータ圧、正常。高密度バッテリー残量、九八%。メインカメラおよび全周囲モニター、正常に展開完了しました』
コクピット内部の多重装甲が閉じると同時に、全周囲モニターに鮮明な格納庫内部の映像が映し出された。
応答したのは、機体本体に搭載された中央自律制御AIの落ち着いた機械音声であった。思考を補助し会話で意思疎通を図るパートナーとして、機体AIは常に冷静に機体状態を報告してくる。
のえるは操縦桿を握り、スロットルレバーを一度大きく引いて機関の唸りを確認すると、隊内広域回線を開いた。
「おい、お前ら! 聞こえるか!」
『は、はいッ! 隊長!』
『準備できてます!』
モニターの一角に分割表示されたサブウィンドウに、ダークグレー塗装の汎用型人型兵器『MANTIS-03』5機にそれぞれ搭乗する若いパイロットたちの顔が映し出される。
「敵は思考を持たない無人戦車群だ。だが、数だけは揃っている。絶対に浮き足立つな」
のえるの強い眼光が、若い部下たちを射抜く。
「いいか、いくら私たちがVESPAに乗っていると言っても、装甲なんて戦車の一二〇ミリ砲の直撃を一発食らえば文字通り一瞬で粉砕される! コンマ一秒の慢心も起こすな!」
『了解っ!!』
「よし……ハンガー、前面ハッチ開放! 出撃するぞ!」
重厚な耐圧スライドハッチがズズズと地響きを立てて左右に開き、外の眩しい太陽光と、乾燥した赤土の風がハンガー内部へと流れ込んできた。
『ハッチ開放完了。行軍ルート、平地中央へクリアです』
機体AIの声が告げる。
のえるは機体の駆動ペダルを力強く踏み込んだ。
『NOEL-X-02』の足底プロテクターが、コンクリートの床を激しく蹴り飛ばす。
8メートルの鋼鉄の躯体が、己の脚力と関節モーターの馬力のみで、激しい地鳴りを轟かせながら平地へとおどり出た。
ドシン、ドシン、ドシンッ!
地表を力強く蹴りつけ、時速百キロを超える猛烈なダッシュで駆け抜ける『NOEL-X-02』。
そのすぐ後方を、五機のグレーの『MANTIS-03』が足音を揃えて疾走する。
機体は高炭素性の人工筋肉を採用することで、あらゆる衝撃を吸収し、人と同じ可動域を再現することができる。
これにより走る、飛ぶなどの動きは容易なのだ。
人類の居住区を守るため、前線拠点から出撃した六機のVESPAは、平原の赤土を高く巻き上げながら、迫り来る敵群へと向かっていった。




