第18話 錬金の矢と森の中の長い日々
「錬金術で大きな物を作るのは、今の私の魔力容量とイメージだとちょっと厳しいな……」
のえるは手の中で、作り出したばかりの鉱物を転がしながらつぶやいた。
例えば、家屋や大型の車両、ロボットのフレームのような巨大な構造物を一瞬で錬金しようとすると、莫大な魔力を消費してしまい脳内回路がオーバーヒートを起こしてしまう。
だが、手のひらサイズ以下の「精密で小さな部品」であれば、驚くほどの低コストかつ短時間で錬成が可能だった。
「小さな部品……先端が鋭利で、バランスの取れた形状……」
のえるの頭の中にパッと閃くものがあった。
「そうだ……ボウガン(クロスボウ)の『矢』だ!」
弓矢やボウガンの矢は、構造自体は極めてシンプルだが、真っ直ぐ飛ばすためには重心のバランスや羽の形状、穂先の硬度など高度な精度が求められる。
通常の鍛冶屋や木工職人が作ろうとすれば時間がかかるが、のえるの錬金術とAIの精密計算を使えば、一瞬で寸分の狂いもない最高品質の矢を生産できるのだ。
「よし、試してみよう」
のえるは森で拾った硬い木材と、錬金した鋼鉄の破片を手に持ち、魔術回路を駆動させた。
(全長20センチ、重量バランス最適化、空気抵抗を極限まで減らした三枚羽構造……錬成!)
一瞬の光とともに、のえるの手の中にズシリと重みのある美麗なボウガン用の矢が完成した。
「完璧だ……! これなら、手元にボウガン本体さえあれば、弾切れを気にせずに戦うことができる!」
『のえる、それすごく強そうな矢だね!』
ロザリスが興味津々で覗き込んできた。
「でしょう? 昔のDIYの知識やオタク知識を応用すれば、折り畳み式の高精度なボウガンも作れそうだし、この世界の私にはボウガンが一番合ってるかもしれないな」
さらに、のえるは実験を重ねた。
以前、異世界ゲートをくぐる前に米軍基地の装備から入手していたアサルトライフル——その「弾丸(5.56mm子弾)」の構造を脳内スキャンし、銅と鉛、火薬成分を錬金術で再構築してみたのだ。
パッと光が収まると、の手の上には輝くアサルトライフルの実弾が数発、転がっていた。
「……よし! 弾丸の錬成も成功だ!」
いざという時の切り札である近代兵器アサルトライフルの弾薬問題も、この錬金術があれば解決できることが証明された。
それからの日々は、驚くほど穏やかで、そして長い時間が流れていった。
広大な異世界の森の中、のえるとロザリスは肩を並べてサバイバル生活を送った。
晴れた日の朝は、近くを流れる清らかな川へ出かけて魚を捕まえた。
ロザリスは持ち前の水泳能力と素早い身のこなしで魚を捕まえ、のえるは『念動力』を使って水面から魚をふわっと引き揚げるという、異色極まりない連携プレーで大量の魚を仕留めた。
「のえる、見て見て! 大きなマスが捕れたよ!」
『ナイス、ロザリス! 今日の夕飯は塩焼きと香草焼きにしよう』
昼間は森の奥深くまで分け入り、安全な果物や木の実、食用になるキノコや山菜を採集した。
知識豊富なロザリスが毒の有無を教え、のえるがAIの成分分析でそれをダブルチェックする。二人のタッグに死角はなかった。
夜になれば、二人で薪を集めて焚き火を囲んだ。
パチパチと爆ぜる火の粉を眺めながら、新鮮な魚や甘酸っぱい木の実を味わう。
「ロザリス、この果物すごく美味しいね」
『でしょう? これは「ルミナの実」って言って、秋になると一番甘くなるの。私、昔からこれが大好きなんだ』
「ふふ、口の周りに甘い汁がついてるよ」
のえるは指先でロザリスの頬を優しく拭ってやった。
ロザリスは照れくさそうに「えへへ」と笑い、背中の羽を心地良さそうにパタパタと揺らす。
元社畜として人目を気にし、理不尽な上司に頭を下げ続けていた過去の記憶。
バイオプラントの冷たいガラスカプセルの中で、機械に繋がれ虚無の時を過ごしていた恐怖。
そして、目の前で命を落とした仲間の重い記憶。
それら全てが、ロザリスと一緒に過ごす穏やかな時間の中で、少しずつ癒やされていくのをのえるは感じていた。
「……異世界に来て、本当によかったのかもしれないな」
ぽつりと漏らしたのえるの言葉に、ロザリスが首をかしげる。
『何か言った、のえる?』
「ううん、なんでもない。ロザリス、これからもよろしくね」
『うん! 私たち、同い年の親友だもんね!』
ロザリスは満面の笑みを浮かべ、のえるの手をギュッと握りしめた。
錬金術による武器や弾薬の作成、魔力付与と念動力の熟練、そして森での自給自足の生活。
二人は互いの足りない部分を補い合い、深い絆で結ばれながら、長い長い月日を共に過ごしていった。
しかし、この静かで穏やかな森の日常も、永遠に続くわけではなかった。
やがて、二人の元へ一人の傷ついた「訪問者」が転がり込んでくることによって、物語は波乱へと動き出すことになるのだった——。




