第17話 翼の魔力とイメージの魔法
のえるはロザリスにいろいろと聞くことにした。
まずはこの世界の情報が欲しい。あまり世間には詳しくなさそうだが、情報はあるにこしたことはない。
そういえば私の魔力の事について何か言ってたな。
「そういえばこの世界には『魔力』があるのかな?魔力の気配が不思議とか」
「そうよ、この世界には『魔法』がある。みんなが使えるわけじゃないけどね。私は使えるわ」
なるほどね。天使と竜だったら魔法も使えるか。
「魔力は感じられるけど、のえるは使えないの?」
「あはは、使えるようになってるみたいだけど、使い方がいまいちわからなくてね」
「よし、それじゃあのえるに『魔力』の使い方を教えてあげるね!」
澄み渡る秋晴れの空の下、森の開けた広場でロザリスが嬉しそうに胸を張った。
のえるは肉体を再構築された際、脳内に「魔術回路」を組み込まれていた。身体能力も高く、魔力が体内に渦巻いている感覚自体は理解できていたものの、肝心の「どうやってそれを体外に出し、魔法として行使するか」という具体的なノウハウが一切分からずにいたのだ。
「頼むよ、師匠。宝の持ち腐れ状態だったから助かるよ」
のえるが肩をすくめると、ロザリスは背中の白い翼をパァッと大きく広げて見せた。その瞬間、彼女の全身から透き通るような青白い光の粒子が溢れ出し、周囲の空気が重厚な圧力を帯びる。
「うわっ……すごい圧力……!」
『ふふん、凄いでしょ? 私たち天翼族や竜族にとって、この翼はね、世界に満ちている魔力を吸い上げたり、体内の魔力を練り上げたりするための「源泉」みたいなものなの』
ロザリスの説明によると、この世界における魔法とは「魔力を触媒にして、脳内のイメージを現実に上書きする現象」なのだという。
『魔法で一番大切なのは、はっきりとした「イメージ」を持つこと。でもね、種族や個人によって得意なイメージと苦手なイメージがあるの。私の場合は、自然の力を借りる「自然魔法」と、傷を癒やす「回復魔法」が得意なんだよ』
言葉を示す通り、ロザリスが優しく手を掲げると、その掌の上にバチバチと蒼い火花が弾けた。
『——【ライトニングバレット(雷撃弾)】!』
チュドォン!という甲高い放電音とともに、直進した雷撃が数十メートル先の巨岩を穿ち、鋭い砕片を飛び散らせた。
さらにロザリスが空中に指で円を描くと、瞬時に大気中の水分が凍りつき、鋭利な氷の槍が形作られる。
『——【アイスランス(氷結晶の槍)】!』
ザシュッ!と音を立てて氷槍が地面に突き刺さり、周囲の草木が一瞬で白い霜で覆われた。
「雷に氷……それに土や火や風も扱えるんだな。まさに万能の自然魔法使いだ」
『えへへ、自然の力と対話するのは昔から得意なんだ。あと、怪我を治す魔法もね』
ロザリスは誇らしげに鼻を鳴らしたが、すぐに真面目な顔になってのえるに向き直った。
『さあ、次はのえるの番だよ! まずは体内の魔力を手の上に集めて、火や風の形を強くイメージしてみて!』
「よし……やってみる」
のえるは深呼吸をし、体内の魔術回路を意識の奥底で起動させた。
バイオ素子で構成された神経系を通じて、熱いエネルギーが掌へと集中していくのを感じる。
(火だ……炎のイメージ。酸素と熱の化学反応、燃焼現象を頭の中で構築して……出ろ!)
「……はぁぁぁっ!!」
気合とともに掌を突き出すのえる。
しかし——。
ボフッ。
出たのは、煙草のライター程度の貧弱な火種が一瞬チラついただけで、すぐに黒い煙となって消えてしまった。
「……あれ?」
『うーん……もう一回! 今度は氷のイメージで!』
「アイスランス……氷結、分子運動の停止……冷気よ!!」
バシャッ。
手元から弾けたのは、ただのぬるい水滴だった。のえるの顔にバシャリとかかり、虚しく地面へ落ちる。
「ダメだ……全然形にならない。火も氷も風も、全く反応してくれないや」
のえるはガックリと肩を落とした。
脳内に高度な演算能力を持つAI回路を有し、理論上は完璧な物理現象をイメージしているはずなのに、自然現象を直接引き起こす自然魔法の適性が驚くほどゼロに近かったのだ。
ロザリスは慰めるようにのえるの肩を叩いた。
『落ち込まないで、のえる! 最初に言ったでしょ? 魔法には「得意不得意」があるの。自然魔法がダメなら、別のアプローチを試してみようよ』
「別のアプローチ……?」
『うん。自分の魔力を外の自然に頼るんじゃなくて、物質そのものに働きかけたり、直接魔力をぶつけたりするイメージ!』
ロザリスのアドバイスを受け、のえるは発想を切り替えた。
(自然現象を巻き起こすのがダメなら……すでにそこにある「物質」に対して、私の得意な精密計算と構造解析を組み合わせたらどうだ?)
のえるは足元から拳大の硬い石ころを拾い上げた。
そして、体内の魔術回路から練り出した魔力を、その石ころの内部へと押し込むイメージを描く。
(——物質の分子結合を強化。表面硬度を高め、魔力の膜でコーティングする……! 『魔力付与』!)
ジーッというかすかな駆動音とともに、石ころが淡い青紫色の光を帯び始めた。
あきらかに強度が跳ね上がっている。のえるがその石を思い切り近くの大木へ投げつけると、ドカン!と大音響が響き、石は木の幹を深く抉り取って粉砕した。
「あ……! いけた!」
『すごいよのえる! 今の、完璧な魔力強化じゃない!』
ロザリスが歓声をあげる。勢いに乗ったのえるは、さらに別のイメージを試した。
(次は……離れた場所にある物体を、物理的な触手ではなく魔力の波動で直接操作する。『念動力』!)
のえるが遠くの地面に落ちている枝に意識を向けると、まるで目に見えない透明な腕が伸ばされたかのように、枝がふわリと宙に浮き上がった。のえるの指先の動きに合わせて、枝は空中を自在に旋回し、自在な軌道を描く。
(よし……これなら、弾丸や飛翔体の軌道を微修正するのにも使える!)
さらに、のえるの本領が発揮されたのは三つ目の適性だった。
地面から拾い集めた鉄鉱石の混ざった小さな岩石と、枯れ木の炭。それらを両手に持ち、脳内AIの分子構造データベースと照らし合わせながら魔力を流し込む。
(構成元素を分離、再結合……不純物を排除し、鋼鉄の分子構造へと置換……『錬金術』!)
カァッと眩い光が弾け、次の瞬間、のえるの手の上にあった無骨な岩石と炭は、精錬された一粒の小さく美しい「インゴット(塊)」が鎮座していた。
『うそ……!? 物体を形状を変えちゃったの!?』
ロザリスが目を丸くして驚愕している。
のえるは自分の手の平を見つめ、ニヤリと口角を上げた。
「なるほどね……理解したよ。私は派手な炎や雷をぶっ放す攻撃魔導士にはなれない。だけど……既存の物質を加工し、強化し、自在に操る『魔導クラフター』としての適性が高いクラスだ!」
過去に培ったオタク知識、科学技術の理論、そしてそれを支える脳内AI回路の精密演算。それらと「魔力付与」「念動力」「錬金術」という三つの魔法適性が組み合わさった瞬間、のえるの中に明確な戦術の指針が形作られていったのだった。




