第15話 異世界(裏世界)到着
異世界ゲートが放つ青白い光が、暗い地下通路と二人の姿を怪しく照らし出していた。
空間が円状に渦を巻き、まるで大気がレンズのように歪んでいる。その中心からは、地球上のどの物質とも異なる異次元の風が吹き出していた。
のえるはアサルトライフルを強く握り締め、覚悟を決めた瞳でゲートを見つめていた。その表情からは、先ほどまでの幼さは完全に消え去り、凄惨な体験を経た者だけが持つ静かな覚悟が宿っていた。
「……行こう、ヴェノム」
のえるが振り返ると、ヴェノムはゲートの数メートル手前で足を止め、首を横に振った。
「いいえ。私はここまでよ、のえる」
「……え?」
のえるは驚いて足を止めた。
ヴェノムは静かに微笑み、サブマシンガンを肩にかけ直すと、ポケットからデータ端末を取り出した。
「私は元々、この基地のメインフレームに残された情報と、表世界の通信ネットワークを調査するために残る必要があったの。ハッカーとしての私の役割は、この壊れた世界(表世界)の残骸からデータを拾い集めること……異世界の未知の領域へ行くことじゃないわ」
「でも……一人でここに残るなんて危険だ! 基地は崩壊しかけてるし、外部にはまだ暴走兵器が——」
「心配いらないわ」
ヴェノムは通路の隅、浸水を免れた大型格納庫の暗がりを指さした。
そこには、米軍が残していった重装甲の全地形対応四輪駆動車が、奇跡的に無傷のまま停車していた。
「あそこに使える装甲車があるわ。予備燃料もある。私はこれを使って基地を脱出し、表世界の地上拠点へ向かうわ。……ここからは、あなただけで行きなさい」
ヴェノムはのえるの目を見つめ、言った。
「生きてたらまた会うかもね」
「ヴェノム……」
のえるの胸に、再び寂しさと感謝が込み上げる。目覚めた時から今まで、自分を導き、共に死線を潜り抜けてくれた大切な仲間。
ヴェノムはそれ以上余計な言葉を交わさず、手際よく装甲車のドアを開け、運転席へと乗り込んだ。強力なディゼルエンジンが重低音を立てて爆発し、ヘッドライトの鋭い光が通路を照らす。
装甲車はゆっくりとバックし、のえるへ向けて一度だけクラクションを鳴らすと、基地の外へと脱出口へ向かって走っていった。
残されたのは、のえるただ一人。
ぐるぐると回転する歪んだ空間の前に、迷彩服姿の少女が立つ。
「……ふぅ」
のえるは深く息を吐き出し、胸に手を当てた。
そこには、命を落としたヴァイスの温もりと、最期の教訓が確かに残っていた。
「……俺は……異世界に行くしかないっしょ!」
のえるは迷いを振り払い、両脚に力を込めると、回転する光の渦——異世界ゲートの中心へと、躊躇なくその身体を躍り込ませた!
シュワァァァァァァン……!!
光と空間の歪みがのえるの全身を包み込み、世界が反転した。
【裏世界(フラットアースの南極)への足踏みと出会い】
浮遊感。そして重力の再構築。
光の眩しさに閉じていた目を開けた瞬間、のえるの肌を刺したのは、予想していた南極の凍てつく極寒ではなかった。
「……え?」
ここは遺跡の内部だろうか?
石の壁に覆われた部屋だった。
空気はひんやりしている程度だろうか。
正面にはおそらく岩の扉のようなものがある。
押しのけて外に出てみると・・・
目の前に広がっていたのは、見渡す限りの氷原——ではなかった。
そこは、見上げるほど巨大な「古代の巨木」が鬱蒼と茂り、紫やエメラルドグリーンに光る未知の植物群が咲き乱れる、見たこともない大広野だった。
空を見上げると、そこには太陽ではなく、空の真中央に輝く巨大な「発光結晶のリング」が描かれており、地平線は丸みを帯びず、どこまでも真平らにどこまでもどこまでも続いていた。
——裏世界(フラットアースの南極)。
地球の球体説の裏側に存在すると言われていた、未知の平坦なる広大な異次元世界。
「ここが……異世界……なのか……?」
のえるは自分の足元を見つめた。
履き慣れた軍用ブーツは、先ほどの戦闘による泥と、ロボットから吹き出たガンオイル、そして激しい硝煙の臭いに塗れていた。華奢な美少女の容姿に、泥とオイルだらけの無骨な迷彩服という異様な姿。
だが、感傷に浸る時間は与えられなかった。
サワ……
頭上の巨木の枝が揺れ、光の粒子が舞い散る。
のえるは即座に警戒姿勢を取り、アサルトライフルのグリップに手をかけた。脳内AI回路が再び戦闘モードへと移行しようとした、その時——
木々の隙間から、ふわリと見える「存在」があった。
「……ッ!?」
のえるの息が止まる。
そこに居たのは、あまりにも神秘的で、幻想的な少女だった。
絹のように滑らかな水色の髪に、透き通るような薄紫の瞳。書籍の挿絵から飛び出してきたかのような彼女の背中には、神聖な光を放つ純白の『天使の羽根』。そして、その腰元からはしなやかで力強い鱗に覆われた『竜の尻尾』が生えていた。
相反するはずの「神聖」と「幻獣」の象徴を併せ持つ存在。
(天使の羽根に竜の尻尾……?)
のえるのオタクとしての知識と感情が、激しく揺さぶられる。
そこに居た少女は、泥とオイルに塗れ、異様な鉄の兵器を持ったのえるを、珍しそうに薄紫の瞳で見つめていた。敵意はないようだったが、警戒と好奇心が混ざり合った視線だった。
(どうする? 話しかけるか? 日本語は通じないよな……)
(ワンチャン英語か? 演算回路の翻訳使えばいけるけど……)
のえるが思考を巡らせた。
自分には、この高スペックなバイオの肉体がある。
自分を支えてくれる冷徹で頼もしい脳内AI回路がある。
そして何より——前世から培ってきた「膨大なオタク知識と科学の知識」がある。
死んだヴァイスの教訓を胸に刻み、二度と油断せず、この残酷で神秘的な異世界を生き抜いてみせる。
自らの知識とAIの演算力を駆使し、この世界にない圧倒的な「鋼鉄のロボット」を作り上げ、己の道を切り拓くために!
「……私の名前は、のえる。異世界の美少女さん」
これが、『のえる』と『ロザリス』の出会いであった。
硝煙と泥に汚れた少女のえるの、オタク知識×AI演算でロボットを作る新たな冒険が、今ここに幕を開ける。
『鋼鉄の美少女』第1話・完




