第13話 魔力の覚醒
ドドドォォォンッ!
耐圧柱の一部が爆破され、巨大なコンクリートの塊が水中に崩れ落ちた。
三人の逃げ場は急速に失われつつあった。大型防衛ロボ『ギガント・ガード』は着実に距離を詰め、その左腕の高振動ブレードをキィィィンと高らかに回転させ始めている。
(くそっ……どうすればいい!? 弾丸が効かないんじゃ、いくらAI回路が回避ルートを教えてくれたって勝ち目がないぞ……!)
のえるの脳内で、思考が高速回転する。
その時だった。
——『警告:通常弾頭による貫通確率0%。外部物理攻撃の効果は望めません』——
脳奥に深く埋め込まれたAI補助回路の、感情のない冷徹な音声が鳴り響いた。
——『代案を提案。個体名『のえる』の肉体内部に存在する、未計測の生体高エネルギー(概念コード:魔力)のバイパス開放を推奨します』——
(……え? 魔力……?)
のえるは一瞬、思考を停止させた。
バイオプラントから目覚めた時、自分の肉体についてAIから得ていた情報——「バイオ素子の肉体」「莫大な魔力保持」。
しかし、目覚めてから今に至るまで、銃撃戦と物理的な運動能力だけで乗り切ってきたため、「魔力」の使い方も、それが何なのかも全く理解していなかったのだ。
——『現在の肉体は高密度のバイオ素子で構成されており、神経系を通じて体内の魔力を保有・伝導する能力を有しています。手にしておられる火器および装填された弾頭へ、生体エネルギーを励起し『伝導・付与』させることが可能です』——
(弾丸に……魔力を込める……!? そんなネトゲのエンチャントみたいなことができるのかよ!?)
——『思考によるコマンド要求、および全身のバイオ回路への意識集中を行ってください』——
のえるの目が鋭く光った。
根拠のない理論かもしれない。だが、今はこれに賭けるしかなかった。
「ヴァイス! ヴェノム!」
のえるは柱の陰から叫んだ。
「ちょっと私に考えがある! 少し時間を稼いでくれ!!」
「なに……!? 考えって、あんな装甲に何をするつもりだ!?」
ヴァイスが叫び返すが、傍らのヴェノムが即座にサブマシンガンを構え直して言った。
「余計な質問をしている暇はないわ、ヴァイス! のえるを信じるのよ!」
「……チッ、分かった! 死ぬなよ小僧!!」
ヴァイスとヴェノムが同時にカバーを飛び出した。
ヴァイスは元女性とは思えないたくましい跳躍で、水面を激しく蹴り上げながら大型ロボットの右側角へ走り込む。ヴェノムもまた、反対側の壁面を巧みに利用しながら左側角へと滑り込み、挟み撃ちの形でサブマシンガンを連射した。
「ほらよッ! こっちだ鉄屑! 男前になった俺の姿を拝んでいきな!!」
「ターゲットをこちらに固定させるわ……引きつけて!」
二人は息の合った巧みな連携運動で、大型防衛ロボのセンサーレンズを集中的に狙い、火花を散らした。ダメージは通らないものの、視界を塞がれた大型防衛ロボのAIが脅威ターゲットをふたりへと切り替える。
ギギ……ターゲット変更……排除を開始……
巨体が鈍い音を立てて旋回し、五〇ミリ機関砲の砲床をヴァイスとヴェノムへと向けた。
ふたりは狭い通路の障害物をフルに活用し、コンクリートの破片や崩れた鉄骨の間を紙一重の差で疾走し、射線を巧みに誘導していく。死と隣り合わせの、命懸けの時間稼ぎだった。
その間に、のえるはアサルトライフルを両手で強く握り締め、深く息を吸い込んだ。
(呼吸を整えろ……意識を内側に……自分の体の深層に集中するんだ……!)
目をつむる。
脳内AI回路が、のえるの視床下部と神経系へ向けて特殊なパルスを送信する。
次の瞬間——のえるの体内で、何かが「爆発」した。
「ッ……! ぐ、あぁぁぁ……!?」
全身の血流が沸騰したかのような激しい熱気が、脊髄を通じて両腕へと流れ込んでくる。
滑らかな滑らかな少女の肉体。その皮膚の表面に、幾何学模様のようなシアンブルーとピンクの光のライン(バイオ魔力ライン)が鮮やかに浮かび上がった。
それは、身体の中に眠っていた莫大な「魔力」の覚醒だった。
熱狂的なエネルギーは、のえるの掌を通じて、握りしめたアサルトライフルの金属フレームへと伝導していく。
黒くくすんでいたアサルトライフルの銃身が、超高熱を帯びたかのように青白い神秘的な光を放ち始め、ドラムマガジン内部に装填された大口径弾丸へと、高密度の魔力粒子が重密着して付与されていく。
「……できた……! これが……魔力……!!」
のえるが目を開いた。
そのピンクの瞳は、今や圧倒的なエネルギーの粒子を撒き散らして輝いていた。
「二人とも、下がれぇぇぇぇ一ッ!!」
のえるの声が地下通路に轟いた。
誘導を続けていたヴァイスとヴェノムが、のえるの尋常ではない雰囲気を察知し、水面へとダイブするように左右の崩れた壁の影へ身を投げ出す。
ターゲットを見失った大型防衛ロボが、ゆっくりと首をのえるへと向けた。
胸部の高出力光学兵器のレンズが、赤く怪しく発光し始める。
だが、遅い。
のえるは脳内AIのアシストによる絶対的な照準補正のもと、魔力の光を撒き散らすアサルトライフルの銃口を、大型防衛ロボの巨大な胸部中央——装甲の最も厚い「コア」へ向けて固定した。
「吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
引き金が、力任せに押し込まれた。
ズドババババババババババババババババババッ!!!!
放出されたのは、もはや従来の「銃撃」ではなかった。
魔力を纏った弾丸は、青白いエネルギーの光線と化して砲口から解き放たれ、連続する衝撃波が地下通路の水面を左右に大きく押し開いた。
光の弾頭が、大型ロボットの超高密度チタン装甲に衝突する。
チュドゥゥィィィィンッ!!
弾丸に付与された魔力が、着弾と同時に物質の分子構造を崩壊させながら内部で爆発を起こす!
あんなにアサルトライフルの弾頭を弾き返していた最強の装甲が、まるで乾燥したクッキーのように脆く砕け散り、内部の複雑なメカニズムと高圧油圧ラインが次々と露出・破壊されていった。
ドバババババッ! チュドォォォン! ズドォォォンッ!!
わずか三秒間の連射。
魔力強化射撃の圧倒的な貫通力と破壊力は、四メートルの巨体を完全に貫通し、背後のコンクリート壁に巨大な大穴を開けた。
「ガ……ギギ……システム……回復不能の不全……」
大型防衛ロボットの動きが完全に止まった。
胸部中央にぽっかりと開いた大穴から激しいスパークと黒煙、そして炎が吹き出し、高振動ブレードと五〇ミリ砲が力なく水面へと叩きつけられる。
ズゥゥゥゥォォォン……!
鉄の塊が、大量の水しぶきを上げて沈黙した。
静寂が、再び通路を支配する。
のえるは光の収まったアサルトライフルの煙を吐く銃口を見つめ、自分の引き締まった華奢な手と、身体に残る微かな熱感に目を見開いた。
「……俺が……やったのか……?」
自分の手で引き起こした、信じられないほどの絶対的な破壊力。
脳内AIのアシストと、体内に眠っていた「魔力」の融合。その圧倒的なパワーに、のえるの胸は再び熱い興奮と全能感で満たされていった。
「はは……はははっ! すごいじゃんこれ! 魔法使えるとか聞いてたけど、銃に込めて撃てるなんて反則だろ!」
のえるはロボットの巨体が完全に動かなくなったのを確認すると、完全に警戒を解いた。
冷たい水の中に沈んだ屍や、先ほどヴァイスから釘を刺された「ここは戦場だ」という戒めも、圧倒的な勝利の快感の前に、一瞬で頭から吹き飛んでしまっていた。
のえるはアサルトライフルをクルリと片手で回すと、背中のストラップへと納め、カツカツと胸を張ってポーズを決めた。
「はいクリア〜! 楽勝楽勝! なーんだ、大層なボスだと思ったけど、結局私の相手じゃなかったね!」
太陽のような笑顔を浮かべ、ヴァイスとヴェノムの方へと振り向いた。
「見た二人とも!? 私のこの力! これならどんな敵が来ても余裕——」
——その時だった。
のえるの背後、沈黙したはずの大型ロボットの胸部の奥深くで、生き残っていた独立非常予備回路が、最期のプロトコルを起動させたのは。




