第12話 大型防衛兵器の起動
地底の静寂を破り、重厚な油圧が抜ける可動音が浸水した通路に鳴り響いた。
ハッキングを完了させた制御端末からエメラルドグリーンの光が溢れ出し、ヴェノムの指先を通じてシステム全域のロックが次々と解除されていく。長年閉ざされていたゲート室の超重量級耐圧扉が、重々しく左右へと滑り出していった。
扉の隙間から漏れ出してくるのは、太古の氷床と異次元の歪みが混ざり合ったような、形容しがたい冷気と光だった。
「解読完了……! ゲート室へのパスが完全に通ったわ!」
ヴェノムが端末から手を離し、傍らに立てかけてあったサブマシンガンをその手で力強く掴み取った。彼女の青黒い髪から汗が滴り落ち、濡れた迷彩服の肩が荒い息で上下している。
のえるとヴァイスもまた、弾丸を打ち尽くしかけていた武器を引き寄せ、胸を撫で下ろそうとした。周囲を埋め尽くしていた小規模な自爆ドローンや警備ロボット群は、ヴェノムのハッキングによって機能を停止し、ただの鉄屑となって水面に転がっている。
しかし——脱出の喜びが三人の胸に満ちるよりも早く、その希望は冷酷な絶望によって破砕された。
ウゥゥゥゥゥン……ガコォォォォンッ!!
開きかけた耐圧扉の奥、光が漏れ出すゲート室の正面通路から、地鳴りのような重低音が鳴り響く。
それはこれまでの軽快な小型兵器の駆動音とは一線を画す、圧倒的な質量感を伴った「死」の音だった。
「……なになに!? まだ何か残ってんの!?」
のえるがアサルトライフルの予備マガジンを叩き込みながら、警戒の眼差しを向ける。
扉の向こう、立ち込める冷却ガスを押し分けて現れたのは、巨大な鋼鉄の影だった。
全高は四メートルを超え、浸水した水面を力強く踏みつけるたびに、激しい水しぶきと衝撃波がのえるたちの足元を襲う。
——基地最終防衛ユニット『A-00-ギガント・ガード』。
その機体は、戦車並みの超高密度チタン複合装甲に覆われ、右腕には二連装の五〇ミリ機関砲、左腕には巨大な高振動ブレード、そして胸部中央には不気味なレンズ状の光学兵器発射口を備えていた。機体全体から吹き出す高圧蒸気が、赤い警告灯の光に染まり、まるで血を吐く悪魔のように浮かび上がる。
ギギギ……侵入者……最重要防衛領域への到達を確認……
レベル5・最終完全排除モード起動……
機械的な音声がスピーカーから打ち鳴らされた瞬間、巨体がその重厚な右腕を持ち上げた。
ドババババババババッ!!
五〇ミリ機関砲から解き放たれた大口径弾の嵐が、通路の壁や天井、そして水面を砕き割る!
弾丸の一発一発が手榴弾並みの威力を持ち、着弾するたびにコンクリートの破片と水柱が炸裂した。
「伏せろッ!!」
ヴァイスが叫び、のえるの襟ぐりを掴んで近くの極太の耐圧柱の影へと飛び込んだ。ヴェノムも素早い身のこなしで対角上の鉄骨の影へ滑り込む。二人が直前まで立っていた水面が耕されるように爆破され、激しい衝撃波が全身を叩いた。
「ハッキング完了したんじゃないのかよ、ヴェノム!」
のえるが柱に背を預け、飛び散る破片に顔を背けながら叫ぶ。
「無駄よ! あれはスタンドアロンの最終防衛兵器……基地の中央ネットワークから遮断された独立ハードウェア回路で動いてるわ! 外部からのダイレクト・ハックを受け付けない、文字通りの『最後の壁』よ!」
ヴェノムはそう叫ぶや否や、サブマシンガンのコッキングレバーを引き絞り、鉄骨の影から身を乗り出した。
「ハッキングが効かないなら、力尽くで潰すまでよ!」
ズババババババッ!
ヴェノムが構えたサブマシンガンから、正確無比な連射が吐き出される。同時にヴァイスも柱から飛び出し、熟練の射撃で大型ロボットの関節部と光学カメラを正確に穿った。
二人の射撃ノイズが重なり合い、集中的な弾丸の雨が『ギガント・ガード』の装甲へと叩きつけられる。のえるもアサルトライフルを構え、脳内AI回路の照準補正をフル稼働させて加勢した。
しかし——
キン! キン! キン! キンッ!
甲高い跳弾音が空しく響き渡る。
三人が放った軍用徹甲弾は、厚さ二十センチを超えるチタン複合装甲の表面に不快な傷をつける程度で、ことごとく弾き返されてしまった。ロボットはダメージすら感知していないかのように、のっそりと踏み込んでくる。
のえるが弱点である関節の隙間やレンズ部を狙っても、大型ロボットは精密射撃を察知すると、即座に巨大な腕装甲で弱点を防ぎ、弾丸をすべて弾き飛ばした。
「ダメだ……! 通常の弾頭じゃ装甲の塗膜すら破れねぇ!」
ヴァイスの額から冷や汗が流れる。
ヴェノムも次々と弾倉を打ち尽くし、悔しそうに歯を食いしばった。
「私の射撃でも装甲の表面を削るのが限界ね……硬すぎるわ!」
どんなに優れた回避運動を行おうと、どんなに正確な射撃を行おうと、相手に通る攻撃が存在しなければ、ただのジリ貧だ。徐々に回避スペースは奪われ、五〇ミリ砲の爆風と跳弾によって三人の肉体は徐々に削り取られていく。
のえるは引き金を押し込み、空になったマガジンを水の中に叩き落としながら、乾いた叫びを上げた。
「いや、さすがにあれは無理だろ! そんなうまくいかないかー!!」
迫り来る巨体。壁を粉砕する機関砲。
手持ちのアサルトライフルやマシンガンの通常弾頭が一切通用しないという絶対的な現実の前に、脱出目前の絶望が、冷たく喉元へと突きつけられていた。




