第11話 解凍される道筋
「……ハック完了まで、あと五秒……三、二、一……!」
凄まじい銃砲撃の音の中、ヴェノムの静かな、しかし確信に満ちた声が響いた。
彼女の指先から制御端末の深層回路へと叩き込まれた最終ハッキング・コードが、凍結されていた防衛プロトコルのコア・セキュリティを貫通した。端末の画面が激しい赤色から、鮮やかなエメラルドグリーンへと一変する。
『オーバーライド成功。緊急管理権限を取得しました。全防衛システムの作動を停止します』
機械的な女性のアナウンスが、ノイズの消えたクリアな音響で基地内に響き渡った。
直後。
シュン……シュン……シュン……
襲いかかってきていた大型三足歩行メカの胸部センサーの赤光が、一斉に光を失った。
空中を滑空していた自爆ドローンたちが浮力を失い、バラバラと音を立てて水面へと落下していく。廊下を埋め尽くしていた無数の暴走兵器たちが、まるで魂を抜かれた巨人のように、その場で完全に沈黙した。
硝煙の漂う通路に、不気味なほどの静寂が戻ってくる。
残されたのは、壊れた機械から立ち上る細い煙の匂いと、のえるとヴァイスの荒い息遣いだけだった。
ブワァァァァン……!!
重低音の振動が、足元の床から伝わってきた。
端末から送信された信号により、バイパスラインを経由して予備電源ジェネレーターが力強く再起動を開始したのだ。
消えかかっていた天井の非常灯が、不快な赤から、脱出プロトコルの正常稼働を示す鮮やかな緑色の点灯へと切り替わる。それと同時に、壁面に埋め込まれていた大型の排気ファンが重々しい音を立てて回転を始め、通路を満たしていた硝煙と黒煙を勢いよく吸い上げていった。
ガチコン……! カシャン……!
二人の目の前に立ちふさがっていた巨大な耐圧ゲートから、数年間噛み合っていた重厚な油圧ロックピンが引き抜かれる金属音が響いた。
「ハァ……ハァ……やったか……?」
のえるがアサルトライフルの砲口を下げ、膝に手をついて荒い息を吐く。
脳内AI回路の演算処理が通常モードへと移行し、視界を覆っていたホログラムの網目と予測線が静かに消えていった。激しい戦闘が終わった途端、全身の筋肉にずっしりとした疲労感が押し寄せてくる。高スペックな肉体とはいえ、集中力を極限まで高めた連続戦闘は生身の精神に確かな負荷を与えていた。
「ふう……助かったな、ヴェノム」
ヴァイスがアサルトライフルの安全装置をかけ、肩の力を抜いた。彼の迷彩服も水と油煙で汚れ切っていたが、その瞳には危機を脱した安堵の色が浮かんでいた。
ヴェノムは端末から指先を抜き取った。彼女は涼しげな顔で立ち上がり、二人のほうへと振り返る。
「予備電源のバイパス立ち上げ、およびゲート・セキュリティの無効化完了よ。防衛システムは完全に沈黙させたわ。……これで、いつでもゲートを開けられる状態になったわよ」
ヴェノムが端末の開閉レバーに手をかける。
その向こう側——耐圧ゲートの先には、この不気味な地下基地の外へと続く道、そして未だ見ぬ「新しい世界」が広がっているはずだった。
のえるは自分の小さく華奢な手を見つめ、それから力強く拳を握りしめた。
キャラメイクの失敗でも、ゲームの無双でもない。この肉体と、この仲間たちと共に、現実の死線を生き抜いたという確かな実感が、胸の奥で熱い炎となって燃え上がっていた。
「行こうぜ」
のえるはヴァイスと視線を合わせ、力強く頷いた。
「ああ。外に何が待っていようと……叩き潰して進むだけだ」
ヴァイスが不敵に笑い、アサルトライフルを強く握り直す。
ヴェノムが静かに開閉レバーを引き下げた。
ゴゴゴゴゴ……という重厚な地鳴りとともに、数年間閉ざされていた巨大な鋼鉄のゲートがゆっくりと上方へと持ち上がり始め、漆黒の暗闇の向こうから、かすかな外の風が三人の頬を撫でた。




