第10話 硝煙と鉄の嵐
ドドドドドドドッ!
激しい銃声が地下通路を揺るがした。
のえるが引き金を引いた瞬間、マシンガンの砲口から巨大なマズルフラッシュが咲き誇り、激しい反動が腕へと伝わる。だが、その強烈な跳ね上がりは、のえるの華奢に見える両腕によって完璧に抑え込まれていた。
「へっ、軽いじゃねえか!」
アサルトライフルから吐き出された大口径弾が、迫り来る警備ドローンの先頭を直撃する。バチバチッと激しいスパークを散らし、ドローンが空中分解して水面へと叩きつけられた。
だが、敵の数は尋常ではない。天井近くをホバリングする小型ドローンが、小口径のガトリングを掃射しながら迫り、水深数十センチの床を力強く押し分けて進む人型防衛ロボットが、その腕部に固定された機関砲を向けてくる。
(AI、敵の攻撃予測と射撃弾道を表示しろ!)
のえるは言葉に出さず、脳内の神経系を通じて思考コマンドを送った。
——『脳内演算補助回路、アクセス要求を受理』——
脳の奥底から、冷徹で感情を持たないデータ処理システムが覚醒する。
のえるの脳裏に、鮮やかな網目状のホログラムデータがレイヤーとして重ね合わされた。
視界全体が立体的なグリッドで覆われ、迫り来るドローンと防衛ロボットの銃口から、赤く点滅する無数の「弾道予測線」が伸びる。そして、その緻密な弾丸の網目を縫うように、鮮やかな青い「最小抵抗の回避ルート数値」とベクターが視界内にリアルタイムで計算・表示されていく。
「見え見えなんだよ……ッ!」
のえるの身体が動いた。
まだ魔法という未知の力の使い方は分からない。だが、今の彼女の肉体は、人類の最高峰とも言える高スペックな生身の身体能力を誇っていた。それに加え、脳内AI回路による圧倒的な先回り演算が組み合わさることで、戦闘はもはや一歩的な「狩り」へと変貌する。
ズババババッ!
壁や水面を穿つ敵の銃弾。
のえるはその数ミリ横を、最小限の身体の捻りとステップだけで軽やかにすれ違っていく。水煙が舞い上がり、迷彩服の裾が激しい風圧で翻る。
「右から三番目、メインカメラの装甲値低下……射撃!」
トトトトンッ!
正確な三点限連射。
マシンガンの弾丸は吸い込まれるように人型ロボットの首元——接合部の隙間へ穿たれ、内部の油圧パイプを破壊する。激しいオイルを吹き出しながら、数トンの鉄の塊が膝から崩れ落ちた。
ガンオイルの独特な酸っぱい匂いと、空薬莢が吐き出されるたびに立ち込める甘く焦げ臭い硝煙の匂い。
それらが混ざり合った死の臭気の中で、のえるはまるでダンスでも踊るかのように舞っていた。跳弾の雨を紙一重でかわし、必要最小限の動きで敵の弱点だけを的確に撃ち抜いていく。
「な……なんだ、あの動きは……!?」
少し離れた位置でカバーに入っていたヴァイスが、目を疑うような光景に息を飲んだ。
「すっげー身体能力……さすがだな……!」
ヴァイス自身も、強化された男性体としてのスペックを存分に発揮していた。
背後から忍び寄る蜘蛛型砲台に対し、アサルトライフルを構えて引き金を引く。フルオートで叩き込まれた弾丸が敵の装甲を破り、内部バッテリーを誘爆させる。炸裂音とともに炎が上がり、波紋が水面を大きく揺らした。
(くそっ……腕の長さも、視線の高さも、筋肉の収縮の仕方も全部違う……!)
ヴァイスは引き金を引き直し、空になったマガジンを排出しながら己の体に意識を向けた。
元は女性だった。しなやかで小柄だった自分の体が、今は肩幅の広い、骨太で無骨な「男の肉体」になっている。手に伝わる衝撃の受け止め方、踏み込みの重心の位置、すべての感覚が変貌している。
だが、戸惑っている暇はなかった。
死が目の前に迫っているのだ。ヴァイスは長年の軍事訓練と実戦経験によって培われた本能を呼び覚まし、新しい肉体の出力を極限まで引き出す。重いアサルトライフルを片手で保持し、接近してきたドローンをストック(砲床)で叩き落とすと、そのまま零距離で頭部装甲を撃ち抜いた。
「ハッ、なんとか慣れてきたぜ……!」
ヴァイスが息を吐きながら、のえるの背中を守る位置へと滑り込む。
ふたりの銃火が交差し、暗闇の通路に圧倒的な防衛線を形成していく。弾丸の雨が暴走兵器たちを次々と鉄屑へと変え、激しい水しぶきと黒煙が空間を満たしていった。
敵の第一波が途絶え、つかの間の静寂が訪れる。
カチャン、と空になったマシンガンのドラムマガジンが水の中に落ち、重い音を立てた。のえるは予備のマガジンを素早く装填すると、チャージングハンドルを引いて薬室に初弾を送り込む。その一連の動作には一切の無駄がなく、機械的な美しさすら漂っていた。
「ふぅーっ! たーのしー!」
のえるは迷彩服の袖で額の汗をぐっと拭うと、振り返ってヴァイスにニッと笑いかけた。
「おいおい、凄すぎるだろこれ! 魔法なんて使えなくても、この身体スペックと脳内AIがあれば余裕じゃん! 正直、この女性の体になったときは『ネトゲでキャラメイク大失敗したわー』とか思ってたけど、案外悪くないかもな!」
軽いノリでマシンガンを肩に担ぎ上げ、のえるは鼻歌でも歌い出しそうな調子で続ける。
「AI回路の予測線が丸見えだしさ、ぶっちゃけこれ、無双ゲームのイージーモードだろ? これならこの基地脱出どころか、外に出ても楽勝で無双できるんじゃね?」
その言葉を聞いた瞬間。
ヴァイスの表情から一切の温度が消えた。
ガツンッ!
ヴァイスは歩み寄ると、の手でのおえるの胸元——迷彩服の襟ぐりを力任せに掴み上げ、近くの濡れたコンクリート壁へと押し付けた。
「……な、なんだよヴァイス……?」
のえるの笑顔が引きつる。
ヴァイスの瞳には、冷酷なまでに鋭い、本物の戦士の光が宿っていた。その顔はのえるの目と鼻の先、呼吸が触れ合うほどの至近距離にある。
「調子に乗るな、小僧」
ヴァイスの声は低く、地底の底から響くように重かった。
「……キャラメイク失敗? 無双ゲームだと……? ふざけるのも大概にしろ」
「っ……! 離せよ、冗談だって——」
「冗談で済むか!!」
ヴァイスの一声が、通路の壁にバチコンと響き渡った。
「お前が今立っているそこを見ろ! 足元を見ろ!」
ヴァイスに促され、のえるは思わず足元に視線を落とした。
暗緑色の水面に浮かんでいるのは、破壊されたロボットのパーツだけではなかった。数年前、あるいはこの基地が崩壊した際に命を落としたであろう、旧軍の研究員や警備兵たちの「死体」——半ば骨と化し、水に腐食した無惨な無数の残骸が、暗闇のあちこちに沈んでいたのだ。
「ここはゲーム画面の向こう側じゃない。画面を閉じれば終わる世界でもない! 一口でも弾丸を食らえば血を流して苦しみ、二発目を食らえば二度と目を覚まさない……死体が転がる本物の戦場だ!」
ヴァイスは襟ぐりを掴む手にさらに力を込め、のえるの目を突き刺すように見つめた。
「そのAI回路も、その強化された肉体も、お前を生かすための道具に過ぎない。『無双できる』だと? そんな慢心を持った奴から順番に、頭を撃ち抜かれて泥水の中に転がっていくのを、俺は嫌というほど見てきたんだよ!」
「…………」
のえるの喉がゴクリと鳴った。
脳内のAI回路がいくら冷徹な数値を弾き出そうとも、ヴァイスの全身から溢れ出る生々しい「死の威圧感」までは計算しきれなかった。
ヴァイスはかつて女性だった。だが、彼女がくぐり抜けてきた地獄の数々は、性別などという枠組みを遥かに超えた本物の「生存者の経験」だったのだ。男の体へ改造された困惑を抱えながらも、彼女は命のやり取りという現実の重みを誰よりも理解していた。
「……すまん。言い過ぎた」
ヴァイスはふっと息を吐き、のえるの襟ぐりを離した。のえるの体がズサッと水面に着地する。
「だが、覚えておけ。この体になったことも、その能力も、浮かれるためのものじゃない。生き残るための足掻きだ。油断した瞬間、お前は死ぬぞ」
「……ああ。……悪かったよ、ヴァイス」
のえるは息を整え、照れ隠しのようにアサルトライフルのグリップを握り直した。軽いノリを完全に消し去ることはできなかったが、その瞳からは先ほどまでの軽薄な浮つきが消え、一人の「兵士」としての引き締まった光が宿っていた。
その時、暗闇の深層から、第一波を遥かに凌ぐ無数の重金属音が響き始めた。
ドシン……! ドシン……! ドシン……!
浸水した水面が、激しい波紋を描いて跳ね上がる。
壁の影から現れたのは、装甲を二重に強化された大型の三足歩行型防衛メカと、天井を埋め尽くすほどの小型自爆ドローンの群れだった。赤色灯が狂ったように点滅し、基地全体が侵入者の完全抹殺へと最終シフトを敷く。
「……来るぞ! 第二波だ!」
ヴァイスが叫び、アサルトライフルを構え直す。
「了解だ……ッ!」
のえるは再び脳内AI回路をフル稼働させた。
視界に広がる赤と青の予測線。だが今度は、そのデータを見るのえるの心境は異なっていた。全能感に酔いしれるためではない。ヴァイスの言う通り、この冷たい水の中に引きずり込まれないため——「生き残るため」の精密な計算として、彼女はAIの解を全身の神経へと落とし込んでいった。
ドドドドドドドドッ!!
ズババババババッ!!
再び、銃炎と鉄の暴風が地下基地を吹き荒れた。
のえるは跳弾の雨の中を滑り込み、自爆ドローンの群れを最小限の弾丸で空中撃墜していく。弾丸が弾ける火花が迷彩服の少女のシルエットを鮮烈に浮かび上がらせ、ヴァイスの正確無比なカバー射撃が大型メカのセンサーを打ち砕く。
二人の息は、いつしか言葉を超えて完璧に同調していた。
死線の渦中で、異形体へと変貌した二人の魂が、硝煙の匂いの中で強く噛み合っていく。




