ゴブリン戦
「ルルクさん、少しお話が……」
人だかりが少し落ち着いた頃、サラさんが少し眉をひそめながら歩み寄ってきた。表情を見る限り、魔物の出没場所が判明したのだろう。僕はすぐさま彼女の元へ駆け寄る。
それを見たココちゃんが、すかさず茶化してきた。
「なに?デート?デートなの!?」
絶対にそういう色っぽい話じゃない!僕は背後からの声を全力でスルーした。
「ルルクさん……魔物の出現場所が分かりました。ここから北へ向かい、山が見えてくるあたりにある『小さな祠』……どうやらその周辺に出没しているようなのです」
「小さな祠、ですか。北へ行くには歩きで?」
「そうなります。一本道ですから、そのまま進んでもらえれば祠が見えてくるはずですよ」
そう言って、サラさんは広げた地図を指さした。
「現在地はここ、シュナイゼルの街です。ここから北の山へ向けて畑が広がっていまして……この道をまっすぐ進んだ先に祠があります」
僕は地図を覗き込み、ふむふむと頷く。
「この周辺には、どんな魔物が出るんですか?」
「ゴブリンです。一匹一匹はそこまで強くありませんが、とにかく数が多くて……」
「なら、一気にまとめて掃討したほうが良さそうですね」
僕が私見を述べると、サラさんは心配そうに顔を曇らせた。
「本当に大丈夫ですか……?ギルドの冒険者たちですら手こずっているのですよ?」
「頑張りますよ。最初に一網打尽にしておけば、後が楽になりますから」
「ですが、決してご無理はなさらないでください」
僕をじっと見つめるサラさんの瞳が、不安げに揺れている。心配させないよう、僕は己の胸を強く叩いて見せた。
「魔物は夜になると活発化します。向かうなら今が好機ですが……危険ですから、絶対に夕方までには戻ってきてくださいね」
「了解です。さっそく行ってきます!」
地図をもらい、街の北口までサラさんに送ってもらう。
彼女の硬い表情は相変わらずだ。いくら言葉で「大丈夫」と伝えても安心させられないのなら、手っ取り早くゴブリンを討伐して実力を証明するしかない。
「私が案内できるのはここまでです。……ご武運を」
「はい!いってきます」
街を出て、北へと続く一本道を歩く。
道の周囲には広大な畑――茶葉だろうか。この畑を守るためにも、サクッとゴブリンをやっつけるとしよう。
以前のギルドでもゴブリンの群れと戦ったことがあるが、とにかく数で押し切ろうとしてくるのが厄介だ。油断は禁物だな。
しばらく進むと、目印の小さな祠にたどり着いた。
周囲に気配はない。だが、どこかに潜んでいる可能性は大だ。僕は祠の前に座り込み、隙だらけの「うたた寝」を装ってみる。
――キキーッ!
狙い通り、野卑な鳴き声が響いた。
すぐさま起き上がった僕は、抱えたリュートの弦を弾く。
響き渡る音色とともに魔界の扉が開き、三頭の三つの頭を持つ幻獣・ケルベロスが姿を現した!
ケルベロスたちは灼熱の炎を吹き散らし、僕の奏でる旋律に合わせてゴブリンの群れへ襲いかかる。想像以上の化け物の出現に、ゴブリンたちは悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
だが、ここで逃がすつもりはない。
逃げるゴブリン、それを猛追する僕とケルベロス。完全に狩る側と狩られる側が入れ替わった。僕はリュートで力強い戦闘の唄を奏で、ケルベロスたちを鼓舞しながらしつこく敵を追い詰めていった。
「ここが根城というわけか」
追い詰めたゴブリンたちが雪崩れ込んだのは、大きな洞窟の入り口だった。
僕はリュートをさらに激しく奏で、ケルベロスたちに『戦闘の唄』を送り届ける。一段と威力を増した音色に応え、ケルベロスたちは容赦なく洞窟内へ突入し、激しい業火を吹き荒れさせた。
巻き添えを喰らうのは御免なので、僕は洞窟の前に留まり、少し距離を保って後方支援に専念する。
――ギャァァァッ!
暗闇から聞こえる叫び声が次第に小さくなっていく。
もう全滅したか――そう油断した、まさにその瞬間だった。
「ギギャッ!」
死体と煙の影から、生き残りの一匹が血走った目で僕へと飛びかかってきたのだ。
弾くのをやめた僕は、すぐさまリュートを背負い直して剣に手を掛ける。
しかし、僕が剣を抜く前に、主の危機を察したケルベロスが跳躍した。巨大な顎が空中でゴブリンを捉え、地面へと叩きつける。
「ふう……助かったよ」
間一髪で危機を脱した僕は、胸を撫で下ろしながらケルベロスの頭をポンと叩いた。
ケルベロスがすっと近づいてきて、僕の足元に頭をすりすりと寄せてきた。三つも頭がある獰猛な幻獣のはずなのに、こうしてじゃれつかれると普通の大型犬にしか思えないから不思議だ。
その後、洞穴の奥まで調べて回ること数時間。ようやく一匹残らずゴブリンを全滅させたことを確認した。
僕は「お疲れ様」と声をかけ、ケルベロスたちに甘いキャンディを差し出す。意外かもしれないが、この恐ろしい幻獣は大の甘党で、これが大好物なのだ。
キャンディを頬張ったケルベロスたちは満足そうに目を細め、光の粒子となって魔界へ戻っていった。
「よし、僕も帰ろう」
洞穴を出ると、外の空気が心地いい。僕はサラさんが待っているシュナイゼルの街を目指して歩き出した。
「ただいま戻りましたー」
「ルルクさん!」
僕を見つけるやいなや、サラさんの瞳がウルウルと潤みだす。ちょっと待ってほしい、その表情で上目遣いは反則すぎないか?罰金を取っても罰が当たらないレベルだ。年齢=彼女いない歴の男なんて一瞬で落ちるぞ。
「ゴブリンの群れは掃討しました。根城も潰しておいたので、少なくともしばらくは、この辺りに出てくることはないと思います」
僕の言葉に、サラさんは両手で口を覆い、堰を切ったように涙を零した。相当恐ろしかったのだろうし、それ以上に無事で嬉しかったのだろう。
「今まで……ギルドの猛者たちが何人挑戦しても解決できなかったのに……!本当に、本当にありがとうございます、ルルクさん……!」
「いやいや、大したことじゃないですよ!」
何度も深くお辞儀をするサラさんに、僕は手を横に振って謙遜してみせる。
「何とかやれちゃいましたし、幸いかすり傷ひとつありませんから」
「ルルクさん、あなたはお強いのですね」
彼女は目元を拭った。
「いやいや、僕なんて大したことないです。召喚魔術が使えるだけの楽士ですから」
……と言ったのだが、サラさんはぽつりと呟いた。
「ルルクさんは、勇者様ですか……」
げ。サラさんの口からその言葉が出るとは。僕はブンブンと首を横に振る。
「僕はただの楽士……吟遊詩人です。勇者なんて大層なものじゃないですよ」
否定したけれど、届いていただろうか。彼女はただただ涙をこぼしている。
「勇者でなくとも、ルルクさんはこの街にとっての英雄です」
それも大げさすぎる気がする。僕はただの一楽士でいたいのに。
「少なくとも……私のヒーローです、ルルクさん」
サラさんが涙交じりに微笑む。その笑顔があまりに美しくて、背景に花はもちろん、天使や可愛らしい生き物たちまで見えてくるようだ。
「少なくとも……私のヒーローです、ルルクさん」
サラさんが涙交じりに微笑む。
その瞬間、胸の奥が大きく跳ねた。
サラさんのヒーロー。
その言葉は、どうしようもなく甘美だった。
勇者になんてなりたくない。
英雄と呼ばれるのも柄じゃない。
それでも――。
彼女にとって、僕がそんな存在になれたのなら。
……正直、ちょっとだけ嬉しい。
ダメだ、調子に乗るな。
これは街を救ったことへの感謝であって、決して特別な意味なんかじゃない。
そう自分に言い聞かせる。
けれど、サラさんの笑顔を見ていると、どうしても頬が緩んでしまう。
――困ったな。
僕はどうやら、思っていた以上にこの人のことが好きになり始めているらしい。




