シュナイゼルという町
「ええと、今日はひとまず勝てましたけど、明日からは……」
「今日は酒場へ情報を聞きに行きます!」
「そんな! サラさんが酒場だなんて、僕が行きますよ」
「え?でも……」
サラさんに酒場は似合わない。確かに妖艶な魅力はあるけれど、あの独特な酒場の雰囲気とはまた違うのだ。
「僕が酒場で情報を集めて、サラさんに教えますね。次の目的地を」
「いいんですか?そんなことまでしていただいて……」
サラさんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「これでも色々な街を渡り歩いてきた旅人ですから。どの街に行っても、酒場での情報収集は必須なんです」
「そうなんですね。では、ルルクさんにお任せします」
そう言って、サラさんは再び深々とお辞儀をした。本当に丁寧な人だな、サラさんは。
「もういい時間ですし、そろそろ家に戻りましょう、ルルクさん。夕飯が待っていますわ」
サラさんが柔らかく微笑む。
こんなに綺麗な人に「私のヒーロー」なんて言われたら、どうしても少し期待してしまう。
「ルルクさん?」
「あ、いえ!夕食ですね。わかりました、サラさんの家に戻りましょう」
僕とサラさんは並んで歩きだし、帰路に就いた。
「お帰りなさいませ、サラ様、ルルクさん」
出迎えてくれたのは、エミリーさんとは別の、髪をポニーテールにした若いメイドさんだった。
「メアリー、ありがとう」
サラさんが彼女に声をかける。ポニーテールの彼女はメアリーさんというのか。
メアリーさんは僕に向き直ると、親切に微笑んだ。
「ルルクさん、シャワーはいかがですか?さっぱりしますよ」
「あ、助かります。……あの、できれば明日は新しい服を着たいので、洗濯場所をお借りできたり……」
僕が恐縮しながら尋ねると、メアリーさんはパッと手を振った。
「お客様にそんなことさせられません!私たちがやりますから、後で服を出しておいてくださいね」
「ルルクさんは、今日の疲れを癒やしてください」
テキパキと言われてしまう。サラさんの家にはお世話になりっぱなしなのに、ここまで至れり尽くせりでいいのだろうか。
そんな僕の様子を察したのか、サラさんが優しく声をかけてくれた。
「ルルクさんには、私たちの方こそお世話になっているんです。申し訳なく思う必要なんてありませんわ」
頭をポリポリとかく僕に、サラさんはクスリと微笑み、言葉を付け足した。
「だって、ルルクさんは私のヒーローですから」
破壊力満点の笑顔付きで放たれた殺し文句。僕は思わず顔を赤く染めながら、メアリーさんの後をついて行った。
「ルルクさん、こちらがシャワー室です。ゆっくり汗を流してくださいね」
案内を終えると、メアリーさんは一礼して去って行った。
二日ぶりのシャワーだ。町長の館だけあってシャワー室も広々としている。
――わあ、石鹸がある!これがあると汚れの落ち方が全然違うんだよな。さすがは商業と文化の国リオウ、その一角をなすシュナイゼルの街だ。町長の恩恵に授かって……いいのだろうか。
僕が貴族だった頃、スチュアート家の屋敷には普通にあったけれど、石鹸は庶民の家ではまず見かけない贅沢品だ。名もない一楽士の僕が気軽に使っていい代物ではない気がする。ひとまず使用は控えておこう。シャワーを浴びられるだけで十分ありがたい。
しかし、今日の魔物は数が多いだけのゴブリンだったが、これから酒場に情報を聞きに行くような相手は、そう甘くないかもしれない。気を引き締めないと。
シャワーを浴び終えて服を着直した僕は、玄関の方へと戻った。
「ルルクさん、そろそろお食事の用意が整いましたよ」
出迎えてくれたメアリーさんに案内され、僕は食堂へと向かった。
「ルルクさん!今日は凄かったようですな。サラから聞きましたぞ!」
食堂の席に着いていたダグ町長が、声を弾ませて出迎えてくれた。
サラさんに話を聞いたのか……もしかしてかなり誇張されて伝わっていないだろうか。少し不安になる。
「本当に、ルルクさんがいらしてくださって良かったですわ」
サラさんまで微笑みながらそんなことを言い出す。
「これで街の人たちが、少しでもやる気になってくれればいいのですけれど……」
――やはり、問題はそこなのだろう。
「それこそ、有名な役者やパフォーマーを呼んだり、豪華な楽団を招いたりもしたのですがね。その時だけ盛り上がるだけで、どうにも街全体に活気が戻らなくて……。街をあげたイベントも開催しましたが、それでもダメでした」
「ですが、街を脅かす魔物たちが居なくなれば話は別でしょう。彼らもきっと、立ち上がる意欲を取り戻してくれるはずです」
「そうですわね、お父様。私もそれに賭けておりますの」
この街、想像以上に根深い問題を抱えていそうだ。サラさんがこれほど躍起になっているというのに、どこか街全体が冷めている。……まあ、ギルドの冒険者が到着するまでの間、僕は僕にできる魔物退治に勤しむとしよう。
僕は出された夕食のパンを一口かじった。
「ルルクさんがこれまで見てきた街では、どのようなことで盛り上がっていましたの?」
サラさんがふと僕に問いかけた。僕は旅の記憶を手繰り寄せる。商業の国リオウの街々や、僕がかつて居たセリンの国の記憶――。
「そうですね……商業を中心とした街では、商人たちが活発に商いをして活気がありましたし、港町では市場がいつも賑わっていましたね。たまに街全体を巻き込んだ大きな祭りもありました」
「お祭り、ですか……。それならシュナイゼルでも何度も催してきたのですが……」
サラさんは悲しそうに俯いてしまう。
「すみません、あまりお役に立てるようなことが言えなくて……」
「いいえ、ありがとうございます。やはり、まずは街の安全がしっかりと確保されないことには始まりませんわね……」
――そういう結論になるか。
確かに、活気のある街は例外なく治安が良かった。中心街の裏路地のような治安の悪い場所もあったけれど、それも『魔物に脅かされていない』という前提があってこそだ。人間同士のいざこざは各地で見かけたが、魔物の脅威とは訳が違う。
「その点は任せてください!明日も頑張ります!」
僕が勢いよく胸を張ると、サラさんはふんわりと優しく微笑んだ。……くっ、その笑顔だけで僕の心臓は警報並みに跳ね上がる。
「期待しているぞ、ルルクさん」
町長からの期待も背負い、俄然やる気が出てきた。
僕は一気に夕食を平らげると、勢いよく立ち上がった。
「サラさん、さっそく酒場に行って情報収集をしてきますね!」
「ですが、街の地理もお分かりでないでしょう? ……そうですわ、庭師のサムに案内を頼みましょう」
「うむ、サムなら酒好きだから二つ返事で引き受けるはずだ」
庭師のサムさん。暗い夜道にメイドさんを連れ出すのは流石に気が引けていたので、男性の案内人がついてくれるのは助かる。
「では、サムを呼んでまいりますね、サラ様」
メアリーさんが一礼して食堂を出て行った。
どんな人物なんだろう、サムさん。
――酒好きだということだけは、今の話でよく分かったけれど。




