ワインを残したくないので、酒の神を召喚しました
やがてメアリーさんと共に現れたのは、短く整えた金髪に眼鏡をかけた青年だった。どこか猫背で、頼りなさげな雰囲気を漂わせている。
「サム、ルルクさんを街の酒場まで案内して差し上げておくれ」
次の瞬間――。
「酒場」という言葉を聞いた途端、サムさんの目がカッと見開かれた。
「おおおっ!? 酒場ですかっ!? 行きます、行きます! 喜んで!!」
な、なんだこの人!?
一瞬で劇的なビフォーアフターを遂げたぞ!?
「任せてください、旦那様にお嬢様! 酒さえもらえるなら、地獄の底まで案内してみせますとも!」
ちゃっかりダグ町長から金貨を受け取る手つきだけは素早い。
「頼んだぞ、サム。……羽目を外して飲みすぎるなよ?」
「言われずとも! さあさあルルクさん、善は急げです! 参りましょう!」
すっかり一人でハイテンションになっているサムさん。
……ただ酒が飲めるというだけで、ここまで人が変わるとは。
*****
「このあたりですね。シュナイゼルの酒場は」
サムさんが指し示した先には、ぽつぽつと灯りが点いていた。どうやら酒場は二軒あるらしい。
「こっちの店は看板娘が可愛くて、いかにも大衆酒場って感じ。で、あっちは珍しい銘酒を取り揃えた、高級感のある店ですね」
「情報収集なら、どちらが良いんでしょうか?」
「俺は酒さえ飲めりゃ、どこでもいいですよ! でも、せっかくの機会だし、珍しい酒のある方にしましょう!」
「え、えぇ!? せっかくの機会って……」
僕の制止も聞かず、サムさんはさっさと店の中へ入っていってしまった。
……完全に自分の飲みたい酒で選んでるよね?
僕はため息をつきながら、その後を追った。
――って、もう飲んでるし!
高級店というだけあって、店内は豪華な装飾品で彩られている。だが、客の姿はまばらだった。
これでは肝心の情報収集ができないじゃないか。
僕は渋々テーブル席につき、やってきたバーテンダーに声をかけた。
「ご注文は」
「ええと、白ワインを……それと、このあたりに出没する魔物の情報を探しているのですが、何かご存じありませんか?」
「かしこまりました。シュナイゼル産の白ワインでいかがでしょうか」
「あ、はい。それでお願いします。……で、魔物の情報なのですが――」
見事にスルーされた。
これじゃあ来た意味がない。
サムさんには申し訳ないけれど、このワインを飲んだら、もう一軒の大衆酒場へ移動しよう。
「お待たせいたしました。シュナイゼル産白ワインでございます」
運ばれてきたグラスを傾けると、内側をゆっくりと雫が垂れ落ちていく。
もしかして、これ……かなりアルコール度数が高いのでは?
僕はそれほど酒に強いわけではない。
サムさんに視線をやると、彼はすでに二杯目に突入していた。
……ペースが早すぎる。
意を決して、ワインを一口。
(甘っ!)
アルコールが強いというより、糖度が高いのだろうか。
――と思った次の瞬間、みるみる顔が熱くなっていく。
(いや、やっぱりアルコールも強い!)
一気に飲み干さなくて本当に良かった。
しかし、グラスにはまだたっぷり残っている。
バーテンダーの目の前で残すのも気が引けるし……。
(そうだ。召喚術で酒好きの魔物を呼び出して、飲んでもらおう!)
だが、酒好きの魔物……。
少し考えて、僕はある存在を思い出した。
魔物ではない。
酒の神――バッカスだ。
神を降ろすには一定の儀式が必要になる。
僕は席を立ち、トイレを借りると、その中でパンパンと手を打って拝んだ。
そして、小声で歌を紡ぎながら、持参したリュートの弦をそっと弾く。
酒神を讃える歌を最後まで歌い切り、僕は両手を合わせた。
「おいでませ、我らが酒の神バッカスよ!」
これで召喚は成功。
あとは交渉だ。
今回の願いはただ一つ。
――僕の代わりに、このワインを飲んでほしい。
僕は降臨したバッカス様に祈りながら、残ったワインを飲んでほしいと切実に頼み込んだ。
するとバッカス様は、ニヤリと満足げに笑った。
『ほう……酒とな?』
どうやら交渉成立らしい。
バッカス様は空中をふわふわと漂いながら、僕の後についてきた。
そして――。
「お待たせしました」
僕がバッカス様を連れてトイレから戻ると、バーテンダーは目を丸くして固まっていた。
『ふむ。なかなかに乙な味わいのワインじゃな!』
バッカス様はグラスを手に取ると、豪快に一気に飲み干した。
『うむ! 満足じゃ!』
そう言うと、満足そうに姿を消してしまう。
あとに残されたのは、呆然とするバーテンダーと僕だけだった。
「あ、あ、あんた一体……何者なんだ!? 魔術師か何かなのか!?」
「い、いやぁ……あまりに美味しいお酒だったので、残すのは勿体ないかなぁと思いまして……」
僕は引きつった笑みを浮かべる。
……あちゃあ。
僕、何か壮大にやらかした!?
「と、とにかくお代は結構ですから、お願いだから帰ってください!」
「は、はい……」
半分追い出されるような形で、僕は店を後にした。
……うん。
大失敗だ。
魔物の情報を聞きに来たはずなのに、情報は一つも得られず、なぜか酒場から追い出されてしまった。
「……気を取り直そう」
僕は肩を落としながら、もう一軒の大衆酒場へ向かって歩き出す。
今度こそ、ちゃんとした魔物の情報をゲットするぞ!
……あれ?
そういえば、サムさんは?
まさか、あの店に置いてきてしまったけど……大丈夫だろうか。
いや。
あの人なら、むしろ喜んで飲み続けていそうな気がする。
僕は一抹の不安を抱えながら、次の酒場へと向かった。
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